帰宅と来訪と密談と、センリツには丸聞こえです
寮に着くと、門前に黒塗りのオートモービルが停まっていた。
下3層ではよく見かけるが、中層では珍しい。
ミコトさんが来るときくらいじゃないだろうか。
この世界の車――オートモービルは、基本的には蒸気機関で動く。
タイヤで地面を走るのはもちろん、ごく低空ではあるが、飛ぶこともできる。
僕がもともと暮らしていた世界と比べると、技術が進んでいるのか、遅れているのか、いまいちよく分からない。
まあ、大本に魔法なんてものがあるせいだろう。
文明レベルだけ見れば、昭和初期くらい……なのかな?
携帯電話はもちろん、スマホなんてものも存在しない。
一般家庭にあるのは、交換台を介して繋ぐ手廻し電話機。
いわゆる黒電話より、もう一つ古いやつだ。
なのに、軍や潜行者なんかが使う超小型通信機は存在する。
耳につける小さな受信機と、胸元につけるそら豆くらいのマイク。
それだけで、離れた相手と普通に通信できたりする。
なんというか、すべてがチグハグなのだ。
そして、寮の前に停まっているオートモービルも、その一つ。
見た目は完全にクラシックカーなのに、多分、こいつも空を飛べるタイプである。
「玉のおいちゃんも来てるんだ」
僕の呟きに、
「俺が来てるんだから、オヤジも来てて当然でしょうが」
ダンマが、ため息まじりに律儀に答えてきた。
お前が来てるのと、おいちゃんが来てるのは別に関係ないだろうが!
つか、僕の独り言にいちいち反応するなよ!
見れば、庭には黒服たちがずらりと並んでいる。
寮を囲う塀のあちこちにも、金将会配下の銀将会や桂馬会なんかの組員が立ち、警護にあたっていた。
えらく大所帯で来たんだな。
「オヤジの気遣いですよ。あんたらが中層なんかに来るから、こっちにも事務所を作ったんだよ」
ダンマは面白くなさそうに言った。
「まあ、本家を下から動かす気はないみたいなんで。分家の生え抜きを、いくらかね」
中立地区である中層に、下3層の大手潜行者組織が事務所を構える。
それなりに軋轢もあるのだろう。
けれど、コイツが渋い顔をしている理由は、多分そこじゃない。
僕らのせいで、いらん手間が増えた。
そう言いたいのだ。
テオなんかは、
『そんなもん、頼んでねーよ』
とか言いそうだけど。
玉のおいちゃんがわざわざそうしたのなら、それなりに意味も意義もあるのだろう。
***
寮の中へ入る。
まるで分かっていたかのように――いや、実際分かっていたのだろう。
僕が扉を開けるのと同時に、センリツが深々と頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
そして、そのまま流れるように、
「ご飯になさいますか? お風呂になさいますか? センリツになさいますか?」
と聞いてくる。
いつものことである。
もはや様式美だ。
「ただいま帰りました」
スズが恭しく頭を下げた。
「ただいま、センリツ。おいちゃん来てるの?」
僕は尋ねる。
この程度のフル無視では、もはやセンリツも動じない。
「応接室にいらっしゃいます。テオ様との密談の真っ最中が、ちょうど終わったところでございますね」
色々ツッコミどころが多い。
けれど、センリツにいちいち突っ込んでいると日が暮れてしまう。
そもそもセンリツが居るところで密談なんて、拡声器を使って喋っているようなものである。
「なら、入っても大丈夫かな?」
僕の問いに、センリツは静かに頷いた。
僕は後ろを振り返る。
「スズもおいで。お小遣いをもらえますよ、きっと」
「いえいえ。私は外で待たせていただきます」
スズはそう言って辞退したが、玉のおいちゃんが僕と同じくらいスズを可愛がっていることを、僕は知っている。
顔を見せてあげた方が喜ぶはずだ。
「坊っちゃん、アホ……失礼。噛みました」
後ろから、ものすごく失礼な声が飛んできた。
「無知なのは知ってますが、あまりオヤジに失礼のないよう頼んますよ?」
アホと無知で、どれほどの差があるのか。
コイツ、噛んだら何を言ってもいいと思ってるだろ。
「直系二百八十人。分家まで合わせて二千人。枝まで入れりゃ、その七倍はいる大所帯の潜行者組織です。オヤジは、その神輿だってことをお忘れなく」
……いや。
そもそも、なんでお前、当たり前のように寮の中までついてきてんだよ!?
「ダンマのおじちゃん、もういいですよ。ここにはセンリツもテオもいますし」
僕はにっこりと笑った。
「護衛の人が逆にやられちゃったら、格好つかないでしょ?」
プリティスマイルである。
ダンマは、ものすごく面倒くさそうに顔をしかめた。
「アホの子守はこれで仕舞いでさぁ」
一拍置いて。
「もちろん、坊っちゃんのことじゃないですよ?」
絶対、僕のことだろ。
「いやいや、坊っちゃんもお疲れ様で。俺なんかの護衛で恐縮ですよ。お疲れでしたら、お布団でお休みになったらどうです?」
「お気遣いどうも」
「俺はここから、オヤジの護衛なんで」
そう言って、ダンマは僕の横を抜けると、スタスタと応接室の方へ歩いていった。
……護衛対象を置いて、先に行くなよ。




