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珈琲と旧友。 玉のおいちゃんが遊びに来ました

寮の談話室。


使い込まれた革張りのソファに、二人の男が向かい合って座っていた。


一人はテオ。


もう一人は、髪を短く切りそろえ、ノーネクタイでスーツを着た男。


彼の名は玉。

金将会の山主、その人だった。


柔和な表情とは裏腹に、その眼光は恐ろしく鋭い。


二人の間にあるのは、膝より少し高い程度の低いテーブル。


センリツが淹れていった珈琲から、細い湯気が立っている。


テオはそこへどぼどぼとミルクを注ぎ、氷砂糖をひと掴み、乱雑に放り込んだ。


「こんなところまで来るなんて、珍しいじゃねぇか。玉」


テオが言った。


玉はカップへ口をつけ、喉の奥で笑う。


「はは。引退旅行かな」


「引退すんのか?」


「いや、違うけどさ。オイラも、まあ、良い年だしさ? こんな仕事だろ。いつ何があるか分かんないから、その辺のことは、ちゃんとしておこうと思ってね」


そう言って、また珈琲を口へ運ぶ。


それから何かを考えるように、一度、言葉を飲み込んだ。


「福《ふく》のこととか、頼めねーかな?」


一拍置いて、言った。


テオは顔をしかめる。


「勝手に寄越すんじゃねーぞ?」


「あちゃあ、バレちゃったか」


玉は困ったように頭を掻いた。


「センリツちゃんにはお願いしてんだ。実はもう」


「ふざけんなよ」


「苦いね、この珈琲」


何事もなかったように、ミルクを少し。

それから砂糖を一つ入れる。


「アゲハちゃんも大きくなったしさ。煩いジジイが一人いると、何かと便利だぜ?」


「お前が福爺から逃れたいだけだろ」


「ありゃ、それもバレちゃうかんじ? まいったな」


玉は悪びれもせずに笑った。


「新しいおねーちゃん囲ったんだけどさ、ジジイがうるせぇんだよ。かみさんを大事にしろって。もう嫌になっちゃってさ……」


カップをテーブルへ戻す。


「兄貴んところで、引き取っちゃくんないかな?」


へへへ、と。


いつものように人懐っこく笑いながら、その目だけはまっすぐにテオを見ていた。


テオは一つ、ため息をつく。


「あの爺さんが、うちに来るのか……」


人間復興の戦いでは、玉よりも福と肩を並べていた時間のほうが長い。


小言が多く、生真面目な男だ。


玉はしばらく黙っていた。


「……天元も動いてるけどさ。その裏で、天使どもも何か始めてるってよ」


珈琲の表面を眺めたまま言った。


「なるほどね」


「天元だけなら、どうとでもなるんだけどさ」


「まあな」


「兄貴らが出れば、もっと早い」


「だったら、潰すか?」


玉は笑った。


「だから、出てくんなって話だよ」


テオはカップを持ったまま、玉を見る。


「兄貴らが表に出りゃ、向こうも出てくる」


「天使か」


「そ。人間同士で済む喧嘩を、また戦争にしたくはねぇんだ」


「……シトロは、相変わらずかい?」


「今、魔女狩りの真っ最中だよ。帰ってこねー」


「んじゃあ、まあ、心配ないかな」


「クソ魔女だしな。上で何かやってんだろ。帰ってきたら、ぶっ殺してやる」


「はは。相変わらずだね」


玉が笑う。


テオは珈琲を一口飲んだ。


「お前、ジジイになったな」


「そりゃあ、なるさ」


「今からでも、人造天使になれるぞ?」


玉は一瞬だけ目を丸くした。


それから、心底嫌そうに顔をしかめる。


「……勘弁してくれよ。俺は俺のやりたいようにやるよ」


「そうか……」


テオは、何でもないことのように言った。


玉はスプーンで珈琲をかき混ぜる。


小さく、カップの縁に触れる音がした。


「なあ、兄弟。もう、なんていうかさ……」


言いかけて、やめる。


「……いや、いいや。あんたが好きでやってんだ」


「お前ごときに心配されたくねーよ」


「はは。そりゃ、ごもっともだ」


玉はソファへ深く背を預けた。


テオが初めて会った頃の玉は、抜き身の刃物のような男だった。


触れれば、そのまま指まで斬り落とされそうな危うさがあった。


その眼光も、纏う空気も、今なお変わってはいない。


今のアゲハを連れて帰った、あの日。


小さな身体を初めて腕に抱いた玉は、寂しそうに、それでもどこか嬉しそうに笑った。


『そうかい。アゲハの旦那は、いっちまったか……』


あのときの目だけは、ひどく優しかった。


玉は窓の外へ目をやった。


「時代は変わってくよ」


遠くで、一輪蒸気機関の低い音が響いていた。


しばらく、その音を聞いてから。


「あの馬鹿のこともさ。頼めねーかな?」


テオは答えなかった。


珈琲へ口をつけ、顔をしかめる。


「苦いな」


「もっと砂糖、入れりゃいいじゃん」


「いらねーよ」


「相変わらず、面倒臭ぇなあ」


「お前に言われたくねー」


玉は、いつものように笑った。


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