黒いスーツと野良犬と。目は合わせてはいけません
会計を済ませたら、お待ちかねの観光――そして、キャニオンでの昼食である。
どうやらカナタが、おしゃれなガレット屋さんを予約してくれたらしい。
そば粉のクレープと、自家製のソーセージが美味しいのだとか。
普通のクレープもあるらしく、木苺のやつが良さそうだった。
……そんなに食べられるだろうか?
わくわくしながら、そんなことを考えて店を出ようとした、そのときだった。
隣を歩いていたスズが、ふいに足を止めた。
僕は必死に見て見ぬふりをしていたのに……。
あーあ……止まっちゃった。
「すーずー……」
ため息まじりに僕は言って、その視線を追う。
ああ、やっぱり。
その先にあるのは、ひどく巧妙に隠された気配。
まあ、有り体に言えば――ジャンク商会が僕につけた護衛のいる方を、スズは見ていた。
スズがいるときまで護衛がついてくるのは珍しい。
けれど、今日は駅を一つ越えるのだ。
どうせ、過保護な英雄の誰かがつけさせたのだろう。
いつもの護衛とは違う。
けれど、見知った気配ではある。
だから僕は、そういうことにして無視しようと思っていたのだ。
そう、思っていたのだが!
スズが反応してしまった……。
「はぁ~……」
僕はもう一度、ため息をつく。
「スズさん……の、知り合いだろうか?」
僕らの様子から、カナタも気配に気づいたらしい。
そちらへ目を向けると、眉をひそめた。
「なんというか……危ない感じがするが」
カナタの目から見れば、スズは警戒している。
敵意を向けているのに、攻撃する意思はない。
なんとも微妙な距離感に映るだろう。
物陰に立っている男は、ジャンク商会の商会員と同じような黒服を着ていた。
ただし、胸につけているバッジが違う。
将棋の駒を象ったバッジに、金の文字。
――金将会。
その構成員。
いや、構成員というか。
ダンマである。
……まあ、蒸気一輪に乗った辺りから、僕もスズも気づいてはいたんだけどさ。
全力で無視してたんだぁ……。
なんでアイツが、僕の護衛についてんだよ。
僕が完全にガン無視しているからって、出てくんなよ!
つうか、無視されていることに気づいたもんだから、わざわざ少し目につくところまで出てきやがったんだろ、コイツ!!
「アゲハさま」
「目を合わせてはいけません。無視です、無視。あれは野良犬です。黒いスーツを着た野良犬なのです」
僕が言い聞かせるように告げると、
「野良……えっと……」
スズは困惑したように、もう一度ダンマを見る。
あとでテオにチクってやる!
多分、護衛をつけたのは玉のおいちゃんだろう。
下3層で何か問題が起きたのだ。
ダンマのやつ、僕の護衛を名目に、実働隊から体よく遠ざけられたのだろう。
そうに違いない。
「まあ、あれが馬鹿犬であることは否定しませんが……しかし、あの馬鹿、一瞬アゲハさまに殺気を向けました」
「言ったところで、どうせ『僕の後ろに何かいた気がした』とか言って、のらりくらりと誤魔化すだけです。絶対に認めません。放っておくのが一番です」
ここでスズと話し込めば、やつが寄ってきかねない。
というか、もうこの会話をしてしまった時点で、手遅れな気もする。
ほら。
だんだん近づいてきている。
こっちへ寄ってくる気配がする。
ジャンク商会の護衛には、あくまで気づかれていない体で尾行するという暗黙の了解がある。
こいつは、それすら守らないのだ。
『わざと』。
僕はあえて目を逸らした。
怖くはないが、面倒くさい。
「おやおや。これはこれは、アゲハのぼっちゃん。ご無沙汰してますねぇ」
聞き覚えのある、妙に馴れ馴れしい声がした。
「尾行にもすぐ気づかれたようで。さすがというか、なんというか」
なんて白々しい。
それに、さすが以外なら何だというのだ。
いちいち癪に障るやつである。
短い黒髪をオールバックに撫でつけ、眼鏡の奥にある目は鋭い。
背はそれほど高くない。
それなのに、ほかの構成員よりも遥かに大きく見えるのは、その態度のせいだろう。
態度がでかいのである。
ぼっちゃんと言いながら、頭を下げる様子もない。
ポケットに両手を突っ込んだまま、斜に構えている。
この男は、ダンマ。
金将会の紅棍。
ヤクザでいうところの若頭のような役職に就く男で、本来なら個人の護衛につくような地位ではない。
それなりの地位も実力もあるのだが、なんせ性格と素行に難がある。
だから下層で何かが起こると、実働隊から外され、こうして僕の護衛につけられるのだろう。
要は厄介払いである。
少なくとも、僕にはそうとしか思えない。
スズと一緒にしたくはないが、こいつも狂犬というか……いや、馬鹿犬なので扱いづらいのだろう。
誰彼構わず噛みついて回る。
ぶっちゃけ、正直に言うと。
僕はコイツがキライである。




