旅の支度と持ち物と、スズだけあれば十分です
シトロさんがいなくなって、数日が経っていた。
担任は代理として、カザミ先生が請け負ってくれている。
本当にセヴァルとか、例えばセヴァルとか、あるいはセヴァルなんかじゃなくて良かった。
まあ、もっとも、シトロさんが担任というのも、違う意味で最悪なのだが。
もう二、三日したら帰る。
そう連絡があったのは、先日のことだった。
シトロさんが言う二、三日である。
一週間ほどしたら帰ってくるだろう。
なんか、上層のなんとかという街にいるらしい。
僕に会いたくて仕方ないが、赤い悪魔の心が狭いせいで、なかなか帰れないのだとか。
……こないだの対抗戦で僕をぶっ放そうとしたことを、テオは相当怒っていたから、まあ、仕方ないだろう。
帰りのホームルーム。
カザミ先生は、来週行われる校外学習の資料を、僕たちに配布した。
ルオンの言っていた、あれである。
「基本的には、セル単位での行動となります。二泊三日のテント泊です。必要なものについては栞に記載していますので、各々、忘れ物がないように用意してください」
必要な備品については、各自で用意しなければならない。
自前でも構わないし、必要な手続きをすれば、学校からの貸し出しもある。
ただし、栞に記載された持ち物をきちんと自分で用意し、管理することも含めて、内申点に響くらしい。
そのため、カザミ先生は、しつこいほどに忘れ物がないよう繰り返していた。
いやぁ、こういうの苦手だなー。
昔から、遠足とか学校行事で、忘れ物をしなかった記憶がない。
むしろ、忘れ物をしてこその僕みたいなところがあるのである。
僕たちは次の休日、必要なものの買い出しに出かけることとなった。
中層の商店街には、潜行者養成学校や魔法学園などで使う道具が、一通り揃っているのである。
久しぶりに一輪蒸気機関車に乗って、中層二区を目指す。
「テントにストーブ、それから応急手当セット……それから、それから」
栞を見ながら、指折り数える。
数えている端から、最初の方が怪しくなってきた。
「なんか、覚えられる気がしません」
僕の呟きに、スズがずずいと前へ出る。
「心配には及びません。アゲハ様は、スズ一人をお持ちなれば、それで事足ります!」
胸を張るスズに、リノが苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、アゲハくんの内申が……」
「そんなもの、私の分をアゲハ様に差し上げれば良い」
「お前、ほんと、アゲハ周りのことになるとアホだよな」
シドが、呆れたように言った。
僕も全面的に同意である。
ぎゃいぎゃいと言い争いを始めた二人を横目に、僕は窓の外へ目をやった。
きらびやかな、キャニオンのショッピングモールが間近に迫っていた。
中層自然区へ来たばかりの頃、センリツに連れられて来て以来である。
あれから色々とごたついていて、ゆっくり買い物になど来られなかった。
駅を降りると、自然と商店が一体になったような光景が広がっている。
谷のようになった左右の壁に、張り付くように店が並んでいた。
上を見上げれば、何層にも重なった通路と店舗が、崖沿いにどこまでも続いている。
ここから、学園地区と観光・宿泊地区へ、モノレールは分岐している。
中層最大の商店街であり、他層の雑誌などに紹介される人気店も多いらしい。
おしゃれな雑貨屋さん。
自然区で採れた素材を加工したアイテムショップ。
それから、人気のジェラート屋さんなどもあるそうだ。
右を見ても楽しそう。
左を見ても美味しそう。
「アゲハくん、観光は後にしよう。まずは必要なものを買い揃えないと」
右にふらふら、左にふらふらする僕を、カナタが呼び止める。
そうだった。
まずは、校外学習用の買い物を済ませねばならない。
センリツかスズに頼めば、必要なものなど完璧に揃えてくれるだろう。
けれど、それでは、どんどん僕は駄目になってしまう。
そもそも僕は、自立したいから潜行者養成学校に来たのである。
それなのに、ついついいつもの調子で流されて、全部、二人に任せきりになっていた。
ここはひとつ、自分のことくらい自分でできる男であると、証明しなくてはならない。
学生向けの店は、本通りではなく、もっと下の方にあるらしい。
ところどころに設けられた階段から、下へ下へと降りていく。
ただ、計画的に増設されたわけではないため、道は複雑に入り組んでいて、非常に分かりづらい。
僕なら一人で五分も歩けば、二度と地上へ帰れなくなる自信がある。
スズもカナタも、慣れた様子で進んでいく。
カナタはともかく、スズは四六時中、僕と一緒にいる。
こんなところへ来た経験など、ほとんどないはずだ。
「スズは、道が分かるんですね?」
僕が尋ねると、スズは当然のように答えた。
「アゲハ様とのお出かけですからね。しっかり下調べしております」
地図はすべて、スズの頭の中に入っているのだという。
時々、当たり前のように、とんでもないことを言い出すよな、こいつ。
僕は改めて、スズの能力に恐れ慄いた。




