獅子と狛犬。 アゲハは最大の敵です?
「アゲハは生きている」
そう告げたのは、白い髪の――女とも男ともつかない槍使いだった。
その言葉に。
黄金の鎧をまとった男は、鼻で笑った。
「あの腕なし魔導師の世迷言か」
「世迷言かどうかは知らぬ」
槍使いは淡々と言った。
「アゲハが生きていたら、どうする?」
その瞬間。
黄金の鎧の男――シシオウは、手にしていた杯を乱暴に叩き割った。
「今度こそ冥府に送ってやるわ!!」
怒号が響く。
「骨を砕き! 身を砕き!」
握りしめた拳が震える。
「あの軽薄な顔面を!」
さらに声を張り上げる。
「あの無責任な口を引き裂き! 顔ごと潰し!! 二度と女遊びなどできぬような醜悪な面に変えて、地獄へ叩き落としてやる!!!」
「はは」
槍使いは、わずかに笑った。
「シシオウは荒ぶっているね」
「貴様とて、あれが生きておれば正気ではおれまい!!」
でかい声が、暗闇の中へ反響する。
ここにいるのは、天元に与する信徒だけだ。
とはいえ。
もう少しくらい隠す努力をするべきではないだろうか。
槍使い――コマイヌは、表情を崩さない。
兄であるシシオウの怒号を、いつものことだと言わんばかりに聞き流していた。
これほど苛烈な激情家であるからこそ。
あの地獄のような戦いを、生き抜くことができたのだろう。
「アゲハは生きている」
コマイヌは、もう一度言った。
「確かな情報だ」
シシオウの目が細くなる。
「そして、それを――あの赤が」
一拍置く。
「振袖が、匿っている」
次の瞬間。
シシオウは激高し、自らの拳を地面へ叩きつけた。
轟音。
地面が砕ける。
無数の礫が宙を舞い。
周囲にいた天元の構成員たちへ襲いかかった。
悲鳴が上がる。
何人かが吹き飛び。
誰かの血が、床へ飛び散った。
ただ一人。
コマイヌだけは、何事もなかったようにそこに立っていた。
飛んできた礫を。
ひとつ。
また、ひとつ。
まるで道端の小石でも拾うように受け止める。
拾い集めると。
とん、とん、と。
丁寧に地面へ並べた。
周囲には、傷ついた同胞たちが倒れている。
血を流している者もいる。
呻いている者もいる。
けれど。
コマイヌが、それを気にすることは一切なかった。
同胞の血が、ゆっくりと床を伝っていく。
「シシオウ」
コマイヌは言った。
「兄上よ」
血だまりを踏まないようにするでもなく。
かといって踏みつけるでもなく。
ただ、そこに立ったまま。
「いかにする?」
その問いに。
シシオウは、自らの胸を殴りつけた。
先ほど地面へ拳を叩きつけた時よりも。
なお強く。
ドン、と。
ただそれだけで、大気が揺れた。
壁に、細かな亀裂が走る。
「八つ裂きじゃ!!」
咆哮が響く。
「いや、足りぬ!!」
さらに息を吸い込み。
「木っ端微塵にしてやる!!!」
暗闇そのものが震えた。
それだけで。
人が死にかねないほどの、咆哮だった。




