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テオの庭と偽物の僕。 なぜだかとても落ち着きます

試合が終わり、僕は少しばかり抜け殻のようだった。


いつもの庭。


テオとアゲハの楽園。


昔の――本物のアゲハとテオの楽園。


今の僕は異物だ。


分かってる。


はじめの頃は、バレやしないかと冷や冷やしたものだが。


今は、なんだろう。


これが当たり前になっている。


テオが、僕の腕の中にすっぽりと収まっていた。


いつからか、僕とテオの位置は逆転した。


単純に、僕の方が大きくなったから。


それだけのこと。


いや、別にこの体勢である必要はないのだけど。


テオとくっついているのは、ぶっちゃけ落ち着くのである。


なんだか、とても落ち着くのである。


一日の終わりを、こうしてテオと過ごす。


いつの間にか、それが僕の日課になっていた。


「テオー……僕はダメなやつだ……」


僕は項垂れた。


目を覚ましたリノは……怒っていなかった。


むしろ、お礼を言われた。


謝罪までされた。


どころか、感謝しているとまで言われた。


僕は、リノが思い悩んでいる間、何もしなかったのにである。


呑気にランニングをして。


それから、瞑想して。


考えてみれば、そもそも、あれは鍛錬などではなかった。


いや。


結果として心身ともに充実し、最高のコンディションで試合に臨めたわけだから、良かったと言えば良かったのだが。


結局、試合に勝ったのは僕ではない。


あのチートアイテムの杖である。


徹頭徹尾、僕はダメダメだった。


「良いじゃねーか。駄目で」


テオは少し身体を揺らしながら、僕を振り返った。


長いまつ毛の下。


大きな緑の瞳が、僕を見ていた。


最近は、仙石楼のキツい香の匂いがしない。


正直、僕はあの匂いが嫌いだ。


本物のテオの匂いを覆い隠してしまうような。


あの匂いが。


「でも、みんなあんなにボロボロになるまで頑張ってたのに、僕はなーんにもしてないもん」


「なんかしても、負けたらおしまいだろ? 別にボロボロになって頑張るのが目的でもあるまいし。アホらしい」


いや、そりゃあそうさ。


結果は重要だ。


勝てるなら、勝てるに越したことはない。


そもそも僕は、あんなに大ごとになるとは思っていなかった。


所詮は学校なのだ。


本当にどうにもならなくなれば、先生たちがいる。


ガルム校長だっている。


それでも駄目なら、シトロさんに頭を下げるなり。


最悪、全部終わってから大人同士でなんとかするなり。


いくらでも逃げ道はあると思っていた。


だから。


あんなに必死になる必要なんてないと思っていた。


でも。


リノは、眠れなくなるほど追い詰められていた。


カナタは、自分が何とかしなければならないと思っていた。


シドは、僕が思っていたよりずっと周りを見ていた。


ノラだって。


あんなにいい加減そうに見えて。


弟たちや家族のことを考えて。


自分の生活を背負って、ここに来ていた。


みんな、僕よりずっと子供なのに。


ちゃんと、それぞれの場所で考えていた。


たぶん。


僕が思っていたより、ずっと真剣に。


僕は、なんとなくカナタの言っていたことを思い出す。


傷つかなければ、分からないことがあるのだと。


苦しまなければ、届かない場所があるのだと。


そんなようなことを、カナタは言っていた気がする。


僕は、人の気持ちが分からない。


いや。


痛みが分からないのかもしれない。


ジャンク商会で、大事に、大事に守られて。


ぬくぬくと育ってきた。


リノが、眠れないくらい追い詰められていたことも。


カナタが、自分の失敗を恐れて視野を狭くしていたことも。


シドが、ちゃんと周りを気にしていたことも。


ノラが、負けたら終わりの場所に立っていたことも。


分かっていたつもりで。


きっと、分かっていなかった。


僕は、リノを助けますと言った。


それなのに。


リノのことなら、カナタが一番よく分かっているから。


カナタなら、きっとなんとかしてくれるから。


そう思って。


任せて。


それで、安心していた。


たぶん。


ちゃんと見ようともしていなかった。


テオは身体を反転させると、僕の首に手をかけた。


抱きつくように顔を埋め。


僕の首筋に、吸いつく。


「お前はお前で良いんだよ。人のことなんか気にするな」


テオがぎゅっと僕を抱きしめ、背中に爪を立てた。


「お前が傷つく必要なんて、何一つない。頑張らなくて良い。犠牲にならなくて良い」


テオの声は、いつもより少しだけ低かった。


言ってることと、やってることはチグハグだけど。


というか。


キスマークをつけるのはマジでやめて。


痛いし。


「心配するな。なんかあったら、俺が守ってやる」


……そして。


そういうことじゃないんだよなー。


確かに、今回の件だって。


テオに頼れば、そりゃあすぐに解決しただろう。


シトロさんに泣きついたって良かった。


きっと、どうとでもなった。


僕は最初から、どこかでそう思っていた。


だから。


こんなに頑張らなくても良いんじゃないか、と。


そんなに真剣にならなくても良いんじゃないか、と。


けど。


みんなは、真剣だった。


だったら僕も。


もう少しくらい、ちゃんと向き合うべきだったんじゃないのか。


僕が頑張らなくて良いことと。


僕が何もしなくて良いことは。


たぶん、違う。


なら。


僕は、僕をもっと上手く使えば良かったんじゃないのか?


テオも。


シトロさんも。


あの杖も。


使えるものは、全部使って。


僕自身も、その中に入れて。


そうすれば。


もっと早く。


もっと簡単に。


誰かの役に立てたんじゃないのか?


ふとよぎった思いに。


また、胸の奥の方が、ジクリと痛んだ。


痛んだのに。


その考えを、僕はすぐには否定できなかった。


綺麗に咲いたアセビの花が、風に揺れていた。


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