お祝いはすき焼きに限ります、魔女はどこかに消えました
リノは結局、それから丸一日眠っていた。
しばらくは、カナタの寮で療養することになった。
金銭的な問題もあって、体調が戻り次第、元の学校寮へ戻るらしい。
それは、リノ自身が決めたことだった。
あれから、上級生の一部が、僕たちのクラス――そしてリノのところへ謝罪に来た。
あくまでも、一部だ。
これですべての蟠りが消えたわけではない。
これまで『指導』を受けてきた生徒たち全員が、彼らを許したわけでもなかった。
それはきっと、仕方のないことなのだろう。
上級生たちが、優秀な教授陣から指導を受けたいと望んだこと自体は、間違っていない。
だからといって、僕たち一年生の退学を望んで良いことにはならない。
謝罪に来た上級生たちの中には、ソニアの姿もあった。
彼女は謝罪した。
けれど、それでも最後には、僕たちを真っ直ぐ見て言った。
「潜行者養成学校のモデルケースとなるのであれば、無様は許さない」
相変わらず厳しい。
けれど、その言い分も、きっともっともなのだろう。
そんなこんなで。
久しぶりに、みんなでシドの部屋に集まっていた。
ちゃぶ台の上では、ぐつぐつとすき焼きが煮えている。
お祝いは、やはりすき焼きに限るのだ。
「じゃんじゃんむさぼり食うと良いのですヨ」
えのきとしらたきを鍋へ投入しながら、センリツが楽しそうに笑う。
「なんで、俺の部屋にメイドがいるんだ……」
シドが、何か恐ろしいものでも見るかのようにセンリツを見ていた。
確かに。
シドの部屋にセンリツがいるという光景は、めちゃくちゃ違和感がある。
しかも窓際では、テオが気持ち良さそうに日向ぼっこしている。
僕は、言うべきかどうか少し迷って。
やっぱり、言うのをやめた。
伝説ともいうべき三英雄のうち、二人がこの六畳そこそこの部屋にいるなどと言っても、誰も信じないだろう。
それに、無用な混乱は避けるべきである。
僕は焼き豆腐をよそい、その上にお肉を乗せる。
焼き豆腐ウィズお肉。
直接、お肉に卵をつけるのではない。
豆腐に卵が染みているのが良いのである。
白ご飯も良い。
良いのだが、僕は豆腐派である。
ヘルシー思考なのだ。
「アゲハ様、お肉が良い感じです!」
「スズがお食べ。僕はたくさんあるから大丈夫」
「ありがとうございます!」
そう言って、スズが容赦なく肉をかっさらう。
食べ盛りだから仕方がない。
「待て! お前! それは俺のだ!」
「やかましい! アゲハ様が下さったのだ! 一欠片もやらん!」
ぎゃいぎゃいと言い争うスズとシドを横目に、
「仲良しだね」
と、リノが笑う。
その横から。
ノラが、ひょい、ひょい、と肉をさらっていた。
抜け目のない女である。
スズの目を盗んで肉を取るとは。
やりよる。
つうか、こいつ。
普段はめちゃくちゃうるさいくせに、すき焼きが始まった瞬間から、ほとんど喋っていないではないか!
肉に対する集中力がすごい。
僕が春菊をしんなりさせ、いそいそとお豆腐の上に乗せていると。
「それにしても」
カナタが言った。
「アゲハ君の、あの杖は……その、何なんだ?」
えのきを食べながら、神妙な面持ちで尋ねてくる。
ずっと気にはなっていた。
でも、聞いて良いものか分からなかった。
そんな顔だった。
「何なんでしょうね?」
とはいえ。
僕にも、いまいちよく分からんのである。
テキトーに魔力を込めて。
あれと、あれと、あれ。
という感じで念じて引き金を引けば、その辺へレーザーをぶっ放す。
そんな、やばい兵器である。
杖なのかどうかすら、ちょっと怪しい。
シトロさんが力技で押し切ったから良かったものの、普通に考えれば反則なのではないだろうか。
セヴァルだって、アウダルド先生だって言っていた。
光弾は、実弾よりもはるかに個人差によるぶれが出る。
いかに集中し。
いかに正確に狙いを定めるか。
それが肝要であると。
「あの杖は、魔力を込めると勝手に飛ぶんですよ」
みんなの箸が、少しだけ止まった。
「だから……もしかしたら、杖じゃないのかもしれない」
言ってしまった。
まあ。
勝負はもう終わったのだ。
今更、良いだろう。
「……勝手に?」
カナタが聞き返す。
「はい。なんか、こう。あそこに飛んでけー、って思うと」
僕は箸を持ったまま、適当に指をくるりと回した。
「勝手に、ぐいーんって」
カナタが黙った。
シドも黙った。
ノラだけは、その隙にまた肉を取った。
いつの間にか、僕の横まで来ていたテオが、
「ふあ……」
と、大きく欠伸をして伸びをした。
「テオ、もう行くの?」
僕が尋ねると。
相も変わらず人目も憚らず、テオは僕のことをぎゅっと抱きしめた。
「ちょっと魔女狩り」
そう答えた。
魔女狩り。
試合が終わってから、シトロさんは姿をくらませていた。
テオが探しているらしいが、いまだに足取りは掴めていない。
さすがに。
めちゃくちゃやりすぎたという自覚があって、逃げたのだろうか?
……いや。
ないな。
シトロさんに、そんな殊勝な心があるとは思えない。
たぶん、面倒くさいから、ほとぼりが冷めるまでどこかでバカンスでもしているのだろう。
きっと。
「いってらっしゃい」
僕が言うと。
テオはもう一度だけ僕を抱きしめてから、何事もなかったように部屋を出ていった。
残された僕たちは、しばらくその背中を見送る。
「……魔女狩り?」
シドが呟いた。
僕は、お豆腐を口に運んだ。
「いつものことです」
そう答えるより、ほかない、テオとシトロさんの喧嘩など気にしていてはきりがないのだ。




