あの方は、更なる高みを望みます
***《スズ》***
スズは、木剣を握りしめたまま立ち尽くしていた。
胸の奥が、ざわついている。
アゲハの言葉が、頭から離れなかった。
――テオの足手まといになりたくない
覚悟の籠もった真っ直ぐな瞳。
三英雄に溺愛されるだけのことはあったのだ。
守られて満足するような奴じゃなかった。
いや、守られて満足するような『方』じゃなかった。
そもそも強くなるなど当たり前、彼はさらにその先を見ていた。
三英雄に少なくとも比肩するだけの実力を求めていたのだ。
それはとんでもないことだった。
考えてもみれば、誰よりも優しく、誰よりも強く清廉で潔白だった人。
英雄アゲハの生まれ変わりなのだ。
当たり前だとも言える。
スズは最初に今のアゲハを見たとき、きっと嘘だと思った。
ただただ甘やかされ、若い女にデレデレし、ケーキやジュースをむさぼり食うだけの木偶の坊だと、スズは思ったのだ。
見目は麗しい英雄アゲハそのものだ。
だから中身が入れ替わっているとか、そもそも姿形だけを複製したものではないのかとすら疑った。
尊敬する人の姿をしているがゆえに、憎悪が募った。
だが、それはスズの思い違いだった。
誇りも体面すらもかなぐり捨て、自分より彼女たちを優先して。
三英雄に合わせながら、こうして彼女らの目を盗み、鍛錬に励める機会を伺っていたのだ。
スズは唇を噛む。
自分はどうだ?
ただ、表面上のものに囚われて疑い、見下し、自分のほうがアゲハより優れていると慢心していた。
スズは木刀を振り下ろす。
「アイツの……いや、アゲハ様の目を見たか」
誰に言うでもなく、自分に語りかけるようにスズは言う。
そして、鬼気迫った様子で木刀を振り下ろすアゲハの姿を思い返した。
常に戦場にあるような、死を覚悟したような素振り。
いつ殺されてもおかしくない、そんな雰囲気を纏った姿を。
「ぬるい」
木刀をもう一度振り下ろす。
「なんて、ぬるいんだ、私は……!」
違う。
こんな覚悟では追いつけない。
木刀を振り下ろす。
汗がにじむ。
手のひらから血がしたたる。
違う。
あの人はもっと、もっと高みにいる。
何が鍛錬だ、ただの練習だと思っていては追いつけるはずもない。
アゲハは修練の中ですら死地に立っていた。
誰かに殺されかねないという危機感を持っていた。
こんなただの素振りで、英雄たちの隣には立てるわけがないのだ。
「……次は、もっと厳しくいこう」
スズはそう決めた。
アゲハのために、そして自分のために。
アゲハが今の怠惰な演技をするというのなら、それに付き合おう。
そして、彼の力にならねば!
スズは心に、深く、深く誓ったのだった。
——その決意が。
確実に、彼にとって最悪な方向へ進んでいるとも知らずに。




