の乃かとお別れ
お母さんは部屋から出てこないことがふえた。
ごはんはレンジでチンするから大丈夫だったけど、お母さんのためにいい子でいることがつらかった。
お母さん優しくしてほしいけど、お母さんに優しくしなければいけないことがくるしかった。
でも、の乃かには友達がいた。
学校では変わらずケイくんとアンナちゃんとショウくんが優しくしてくれた。それで、の乃かはまだの乃かでいられた。
目を閉じると、眠る前なのに布団の中で夢を見ることがあった。夢の中で、の乃かは色んな世界へ旅をした。きれいな世界も汚い世界も、楽しい世界も怖い世界も色々あった。
どの世界でも、少し歩くと仲間が見つかった。ケイくんやアンナちゃんやショウくん、たまにブー太も。
カーテンの隙間から朝日が入って、の乃かの世界に戻ると、何だか胸の下がねじられたようにきゅんとした。
お父さんは帰ってこなかった。マヤちゃんとも話さなくなった。教室で時々マヤちゃんは、の乃かの方をじっと見ていることがあった。怒っても笑っても泣いてもいない、それでも何か言いたいようや変な顔だった。
ある日の帰り道。四人で歩いていた。
の乃かの家に帰るには、いつもパチンコ屋の前を通る。の乃かはそれが嫌だった。嫌な匂いと音がするし、お父さんがいるかもしれなかったから。
足早に過ぎ去ろうとすると、自動ドアが開いた。
お父さんが出てきた。
の乃かは顔を合わせないようにして走った。
「おい、の乃か!」
ショウとアンナも後を追いかけるようにして走った。
「の乃か!」
アンナの声が響く。それをかき消すような大きな音。
トラックだ。
クラクションがなってる。横断歩道の信号は赤。無我夢中で飛び出しちゃっていた。
「の乃か!」
の乃かは頭を抱えてしゃがんだ。目をつぶった。そうすることしかできなかった。
大きな音がした。何かが何かにぶつかった音。聞いたことのない音。悲鳴。悲鳴。悲鳴。誰の悲鳴かも分からない。
目を開けた。顔を上げた。
トラックはの乃かを避けるようにして、ガードレールにぶつかっていた。その先。視界の端っこには、見たことない姿の見たことある人がいた。
アンナとショウが。
人形のように崩れて。
真っ赤な人形のように。
倒れてた。




