の乃かの名前
それからの毎日は、よくわからないままにすすんだ。
警察で話をしたけど、なにを聞かれてなにを話しているのか、の乃かもよくわからなかった。
お母さんは変なままで、家にいても何もしないことが多かった。
スーツを着た大人の人が来ることが増えた。お母さんは少し話をして泣いたり笑ったりしてたけど、最後はいつも無理やりに追い返していた。
の乃かは学校に行かなくなった。アンナちゃんとショウくんがいない学校に、どんな顔をしていけばいいかわからなかった。ケイくんは学校に行ってるのかな。気になったけど、わからなかった。
冷蔵庫の中に食べ物がなくなったけど、お母さんを起こすのも怒られそうだから我慢してた。二回寝てもお母さんが起きてこなくって、お腹が空いてどうしようもなくなった。
仕方ないからお外に出ようと思った。何か食べられるものがあるかもしれないと思った。
起こしちゃいけないから静かに玄関のドアを開けようとした。その時お母さんがむくりと体を起こした。
「どこに行くの」
お母さんの声は掠れてほとんど聞こえなかった。の乃かは何も答えられなかった。
「の乃か」
「あなたまで、どこかに行っちゃうの」
お母さんの声は冷たかった。の乃かの体は震えてた。
「いいわ。どこにでも行けば」
その一言で、お母さんは自分の変なスイッチを入れたようだった。お母さん壊れたおもちゃみたいな音で叫んだり、泣いたりした。の乃かはお母さんが怖くなった。今までも怖かったけど、お母さんが知らない生き物みたいになったのが、もう戻らないのがわかって怖かった。
「いいわ!どこにでも行って!もう知らない!その代わりね。の乃か、あなたにあげたもの全部返してちょうだい!おもちゃも、お洋服も、全部返して!あとは勝手にしなさい!」
お母さんは引きちぎるようにしての乃かから服を脱がせた。の乃かは怖くて泣いた。お母さんも泣いてた。おもちゃ箱をひっくり返して窓からおもちゃを投げ捨てた。
「後は、後は!?の乃ちゃんにあげたもの。ああ、そうだ。あなたはもうの乃かじゃない。あげた名前、返して」
の乃かは何を言われているのかわからなかった。ただ、とても残酷なことを言われているのだけはわかった。お母さんは、おもちゃ箱に書かれた「NONOKA」という名前を、掻き毟るようにこすった。
の乃かは消えかかる名前を見て、おもわずおもちゃ箱を奪い取るようにしがみついた。
「お母さんやめて!やだ!」
「うるさい!」
そう言ってお母さんはおもちゃ箱を持ったの乃かのことを突き飛ばした。の乃かは泣きながら玄関に走って外に出た。玄関の鍵が閉まる音が聞こえた。
何にもわからなくなってとにかく走った。おもちゃ箱の名前は消えていた。このままの乃かも消えてしまうような気持ちになった。このまま消えたら楽かなとも思った。
車のクラクションの音が聞こえた。気が付いたら道路の真ん中だった。
の乃かも消えるんだ。車に轢かれて真っ赤になって、アンナちゃんやショウくんみたいに。
それで、おしまい。
「の乃か!」
誰かの声が聞こえた。
ケイくんだった。




