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疾風怒濤の囲い込み

「ここは……?」

「ここはね、民間の人には内緒の日本宇宙人共同環境保全協会って所!」

「何だそれ、ふざけてるのか?」

「入れば分かるわ。さぁ、行きましょうー!」


 何の変哲もない、ただのビルの様に見える。

 豊はその考えを次の瞬間には、改める羽目になる。


「そこの男、手を挙げろ!!」

「んなっ!?」


 入るや否や即銃を構えられれば誰だってそうなる。

  考えるよりもずっと速く、豊は手を挙げていた。

 全身黒ずくめの、重装備の男は警戒を解くことなく豊に話しかける。


「姫様に、お前は何をした!!」

「手荒すぎるだろ。何これ、豊ワケワカンナイ」

「ちょっと! 彼は私の客人よ。黙って通して!」

「しかし、姫様!!」

「あーもー! 黙ってて!」


 慌てた男に対して、笑みも浮かべず早足で豊を連れて行く。

 エレベーターに乗り込み、シルヴィはまごつくこと無くボタンを押した。


「ごめんね豊。大丈夫?」

「お、おう……かえりたい……」


 (帰りたい、お家帰りたい……。)

 豊は本気で後悔し、今までの行いを悔い始めた。

 (食器を壊してごめんなさい。悪い人には着いていかないって小学生でも分かるのに、ついて行ってごめんなさい……)

 静かに、そっとエレベーターの扉が開いた。

 荘厳なる扉が、これでもかと言わんばかりにその存在感をアピールする。


「父様!」


 (おいおい、躊躇いなく開けるのか……! あっ、これ進○ゼミでも見た。……死ぬやつだ。馬鹿野郎、対策ぐらい書いとけ!!!)

 半狂乱で、閉じた目を開く。


「おおおあーー!! シルヴィちゃん!!!」


 そこには奇声を放つ、変態ムキムキおじさんが居た。

 豊は慌てて目を擦る。

 信じられない。

 二メートルはありそうな、巨大な体躯にはち切れそうな腕。

 シルヴィと同じくエメラルドの瞳と黄金の髪が見えた。


「はっ! 誰だ、貴様!」

「父様、この人について、そして私についてお話があります」


 そう言われると、男は姿勢を正し再び大きな椅子に腰掛けた。


「私、この人にこ、恋をしてしまいました!」

「なぁにぃ!?」

「待てよ、待て!!!」


 どよめく室内。

 豊も分かっている。

 これが、彼女による嘘だと。

 そこまでするのか、その逞しさに豊は敬意さえおぼえる。


「本気です。なので、結婚もしません!それにこの人は地球人なのに、私と話せて気絶もしません。これはそう、運命です」

「うん、めい……やめろおおおお! 俺のシルヴィちゃんはそんなこと言わない。昔言ってたから、パパと結婚するって言ってたから……」


 騒ぎを聞きつけ、部屋の外から戦闘員らしき人物達が部屋に突入してくる。


「どうしました?! マッスル様!」

「マッスル様!?」


 王の名はマッスルと言うらしい。

 ざわざわと、今度は地球人が部屋に飛び込んでくる。


「でかした、これで日本の人材不足が解消され、世界初の宇宙の王族と婚姻関係者が出る!」

「やった!! やった!!」


 ブンブンと手を握られ、大きく動かされる。

 呆気にとられ、豊は気を失う一歩手前だった。

 そして、マッスルは豊より先に塔が崩れるかのように、パタリと気を失った。



 これ先は地獄。

 このニュースは極秘に、けれども確かに国の重役達に知れ渡った。

 もう逃げられない。

 完璧なイケイケムードに豊は判断力を失った。

 重役達は、にっこりと微笑みながら豊とシルヴィを祝った。


「豊君。おめでとう、これより君は日宇の実質的管轄者だ! そして、転校おめでとう。くれぐれも他のお姫様達に不埒を働かないように」

「あ、あの……宇宙人ってさっき初めて知ったのですが……」

「っしゃ、オラァァ! 豊さんを胴上げしろおおお!」

「お父さんなかなかの酒豪っぷり! 奥様もこんな息子さんがいて幸せですなー!」

「「ありがとうございます!」」


 国は豊の父母さえも瞬時に丸め込み、万全の体制を作り上げる。

 これが僅かに一日の間に行われているなんて、誰が想像出来ようか。

 言いたいことも言えない、こんな世の中なんて……。

 豊は、持ち上げ降ろされを繰り返す事でグロッキーになっていた。



「豊、父様が目を覚ましたわ! それにしたってあの母様が許すなんて信じられない!」


 そう扉越しに言うと、シルヴィが地球側の部屋へと入ってきて、豊の父母に会釈だけする。

 まだ日本語を上手く操れず、今話すと気絶させてしまうかららしい。

 引っ張り出され、ビルの別室に二人で移動する。

 マッスルが起きたと聞いた豊はその顔を思い出し、また失神してしまうのではないか。

 いやもしくは……殺されるのではないか。

 そんな恐怖を感じだした。


「シルヴィの、嘘が、分かったんじゃな、いか」


 何とか、言葉を絞り出しシルヴィにぶつけた。

 もうそれは、ジェットコースターに三十周乗った後のような声だった。


「……豊? 大丈夫なの、何か言葉が細かく区切られてるように感じるわ。それよりも、よ! 豊のおかげで学校も楽しくなりそう。ありがとう。これからも末長く宜しくね!」


 慌ただしい展開について、豊は人生のたった一瞬間でこうも何もかもが変わるなんて正直他人事のように思えてしまう。

 そして、目の前のこの小悪魔のような少女が何を考えているのか、もう素直に理解出来ないのは仕方ないと頭を抱えた。

 幸い、シルヴィの母は全てを理解しているようで一度直接顔を見せてくれとだけ頼まれている。

 吉とでるのか、凶とでるのかはまだ誰にも分からない。

 

 そしてやはり、炎屋 豊は断れない。

 いや、案外こんな展開をどこかで待ち望んでいたのかもしれない。

 人生が百八十度変わる、そんな瞬間をーー。

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