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【連載版】「もう会うこともあるまい」と手紙で私を捨てた元婚約者様へ。あなたが食べたそのお菓子、毒よりおそろしい「真実」が入っていました  作者: 佐倉美羽
CASE3:或る奇術の真実〈バーナム通り殺人事件〉

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拝啓 11月13日 “ノクタリカの隠者”ことライラ様 へ 2/2

 奥様はすべてを話してくださいました。


 奇術師ベアトリーゼは双子だった。スラムで育った奥様達(奥様をベアトリス、片割れ様をリーゼリットとお呼びします)は劇場街で成り上り、華の都のスターダムを駆け上がるために、そして、なによりも奇術で人々を魅せるために、お互いに名前を捧げ、個性を捧げ、人生を捧げた。ただ“不可能の体現者”となるためだけに一人の奇術師として生きて来たことを。世界を欺くような、壮絶な生き様を語ってくださいました。


 あまりに静かに語られた、奥様の知られざる身の上話。私にはそれが、ただの上昇志向、承認欲求以上に、奇術というものに対する並外れた、狂気じみた執念を感じてしまいました。とても理解できない。その生き方は、半身を互いに殺し合うようなもの。そこまでやるものなのか、と。しかし、だからこそ、人々は惹きつけられたのかもしれません。仮面の奥に隠された、二人分の人生を賭した者にしか宿らない強烈な気迫、カリスマに。


 誰もが見破れなかった奇術師ベアトリーゼの大魔術“瞬間移動”。その裏側は双子の替え玉トリックでしかなかったのです。本人が三文小説と切り捨てた、つまらないオチ。その背景では技術を寸分たがわず合わせるほど稽古に明け暮れて、どちらも喝采を浴びられるように公演ごとで役割を入れ替え続けていた。だからこそ、誰にも見破ることが出来なかったんです。なぜなら私生活すらも、一人の人間として疑われないように徹底していた。片方は自由に歩き、そして片方は隠れ家にしていた小劇場に音も立てずに潜伏していたそうです。


 しかしながら、そこで悲劇が起きてしまった。奇術師ベアトリーゼの名声に嫉妬した者がその小劇場に火をつけた。想像したよりも炎が燃え盛り、劇場は全焼。恩人であるオーナーは亡くなり、逃げ遅れたリーゼリット様は顔と手に火傷を負ってしまったのです。それだけではありません。病院に運ばれたリーゼリット様は自分の存在を話すことが出来なかった。なぜなら、それは奇術師ベアトリーゼを殺すことに他ならない。二人で築き上げた奇跡を、リーゼリット様は守らなければならなかった。ならば、彼女がやるべきことは沈黙です。だからこそ、ベアトリス奥様もリーゼリット様がどこに行ったか追うことができなかったのです。


「死んだと思っていたわ」


 ベアトリス奥様はうつ向きながら言葉を紡ぎます。


「でも、生きていたの」


 その後、ベアトリス奥様は奇術師を引退して、オフィリア家に籍を置きました。対して、リーゼリット様はというと、スラムの片隅で何とか生き抜くしかありません。そこで頼ったのが舞台助手だったレディ・ナンシー。双子のトリックは長年舞台を支えた彼女にも教えられておらず、真実を知ったときレディ・ナンシーは椅子から転げ落ちるほど驚いたそうです。ただ、レディ・ナンシーにとって奇術師ベアトリーゼは共に舞台の上で観客たちに夢を見せた戦友。断る道理はありません。


 しかし、それでも限度がありました。このままでは共倒れになる、それほどまでに困窮したそうです。ベアトリス奥様を頼ろうにも彼女はいまや侯爵夫人。過去のことだと切り捨てられるかもしれない。それでも、レディ・ナンシーは街に繰り出す奥様を見つけ出し、決死の覚悟で事情を話したのです。それが、ベアトリス奥様の使途不明金の真実でした。


「ベアト。どうして僕に相談してくれなかったんだ」


 ローレンス様は静かに、しかし決して攻めるような言い方ではなく、語り掛けます。


「そ、それは……」ベアトリス奥様の目が泳ぎます。服の裾をぎゅっと握り、うつ向きました。

 ローレンス様は何も言わずに、奥様の言葉を待ちます。

 言葉が続かないベアトリス奥様にリーゼリット様が優しく奥様の肩に手を当てて「いいよ」と呟きました。

 そして、消え入るような声で「妹の火傷跡を見て“醜い”と言われるのが怖かった」と、胸の内を零したのです。そして、ベアトリス奥様は堰を切ったよう泣き崩れました。何度も話そうとした、でもどうしても出来なかったと。

 ローレンス様が沈黙を破るまで、長い時間が過ぎました。そして。


「そうか」


 ローレンス様はそれだけ呟くと、二人の側にゆっくりと歩み寄って、片膝をつきました。そして、リーゼリット様を真っすぐ見据えます。


「……失礼。名乗りが遅れましたね」


 主はわずかに苦笑しました。


「僕はローレンス。この地を預かる者です」


 胸に手を置いて、一呼吸。


「ですが今は、領主としてではなく――ただ一人の観客としてお話しさせてください」


 その眼差しには、憐れみも打算もありません。ただ純粋な敬意だけでございました。


「貴女の魔術は、本当に見事だった。妻と共に夢を魅せてくれたことを、心から感謝しています」


 ローレンス様は静かに続けます。


「だから、お礼をさせてください――と言いたいところですが、そんな言い方では、まるで恩を返すためだけに貴女へ手を差し伸べるようだ。それは、あまりに失礼でしょう」


 ゆっくりと落ち着いた声が部屋に満ちていきます。


「ですから、こう言い直します。もし貴女が困っているのなら、どうか僕を頼ってください」


 そして、ローレンス様はリーゼリット様の手を優しく握りました。


「助けたいのです。領主だからでも、恩人だからでもない、……貴女という人を、見過ごしたくないのです」


 リーゼリット様はゆっくりと頷きました。

 そして、ローレンス様は涙に濡れる奥様を抱き寄せます。


「ベアト。無茶なことをしてすまなかった」


 そして、我が主が奥様の手を取って立ち上がりました。これは、わたしが思い出して心が温まる瞬間の一つでございます。


「帰ろう、ベアトリス。僕たちの家に。ルーチェに暖かいお茶を入れて貰おうじゃないか」


 ベアトリス様は頷きます。ローレンス様の目にも涙が浮かんでいました。

 これが、ことの顛末でございます。


『ライラ殿。貴君の迅速な『すぐに踏み込め』という進言がなければ、僕は今も法王庁の影に怯え、妻を疑い、最悪のすれ違いのまま破滅していたかもしれない。

 貴君が僕の背中を押し、あの扉を開けさせてくれたからこそ、僕は妻の隠していた哀しみを知り、彼女を本当の意味で救うことができた。

 貴君の冷徹な知性と、僕を迷宮から救おうとしてくれた善意に、心からの感謝を。


 ――あの部屋には確かに、隠し事があった。しかし、それは見えざる悪意などではなく、ただ傷ついた愛だけが、上品に整えられて置かれていたよ』


 とのことでした。


 また、主人は、


『ところで、貴君をモデルにした歌劇を企画しているんだ。(もちろん貴君がモデルとは公言しないぞ)そこで相談なんだが、貴君が扱って表に出なかった事件や難しかった決断といった裏話を聞かせてくれないかい?なんなら初日に舞台挨拶なんてしてくれた暁には、もう大成功は確約されたようなものになるだろう!もちろん無理にとは言わないが、ぜひ前向きに考えてくれたまえ!』


 とも申しておりました。


 なお、法王庁にはすでにことの次第を説明し、犯行時刻のズレを指摘しております。奥様はただそこに居合わせただけであり、無関係であると納得してくださいました。風の噂によると御者がその時間帯に怪しい人物を乗せたと情報提供があったとか。犯人逮捕も時間の問題でしょう。


 以上、用件のみの無粋な文となりましたこと、ご容赦くださいませ。

 末筆ながら、貴家のご繁栄と皆様のご健勝をお祈り申し上げます。


 敬具


 オフィリア侯爵家執事

 ルチアーノ・ステイシー 拝


 ※決め顔をするローレンス=ラ=オフィリアの前に席が二つ。同じ顔をした女性が座っている。片方は余裕の表情、片方はやや緊張気味。そして、その両脇を派手な舞台衣装に身を包んだ女性と慇懃で存在感のある執事が控えている。そんなブロマイドが入っていた。

 裏地:貴君のますますの活躍を心より願っている!

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