拝啓 11月13日 “ノクタリカの隠者”ことライラ様 へ 1/2
菊花の香り高い小春日和の今日このごろ、ライラ様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
オフィリア侯爵家執事ルチアーノ・ステイシーでございます。まずは此度のバーナム通りにおけるベアトリーゼ奥様を取り巻く諸問題が、ライラ様のご助言によって終息へと向かっていること報告し、我が主ローレンス=ラ=オフィリア共々、心よりお礼申し上げます。
さて、ことの次第の一部始終について僭越ながら私がお伝えします。
ライラ様の返信をお読みになっているローレンス様のご様子は端的に申し上げますと、まず安堵。そして、次に憤怒でございました。
「ルチアーノ。今からバーナム通りに行く。共をせよ。拳銃を忘れるなよ」
ローレンス様はそうおっしゃり手短に準備を整えますと、奥様に何も告げずに出立。私も主の御身をお守りするため、多少荒事にも覚えがございます。いざとなれば、これで。そういった覚悟を決め.22口径の6連リボルバーを携えてお供をいたしました。
太陽が雲に隠れ、薄暗い。普段は華やかな劇場街も悲劇の前触れのように静まり返っている。なんの言葉も発さず私の前を歩く主の表情は見えません。しかし、領民から愛され、ひとたび街を歩けば瞬く間に人だかり出来る我が主に、民たちは顔を背けて道を譲っていることが、すべてを物語っています。私と主の足音だけが、劇場街に響いているようでした。
「ローレンス様、宿舎はこの先です」
怪しきバーナム通りの入り口に立ち、ローレンス様は眉を寄せ親の仇を見据えるように歩を進めました。パサパサ煙草店、古代の掲示板、疑惑の反物店に一品喫茶。次々と怪しげな店を横切って、終には例のアンティークショップに差し掛かるも、ローレンス様は目もくれない。ただ、真っすぐに宿舎へと向かっていました。その無言の剣幕にあわや我が主はこのままマミーを殺してしまうのではないかと予感させた次第です。その時は私がこの身を挺してお止めしないといけない。しかし、あくまでもマミーが歯向かってくるようならば、こちらも躊躇いなく射殺する用意がある。宿舎の前に立ち、私はそう覚悟を決めて、ホルスターに納めたリボルバーに手を置いたその時です。
「ローレンス!待って!待って!お願い!」
ベアトリーゼ奥様が、肩で息をしながらバーナム通りの入り口から追ってきました。従者もつけず、コートも身に着けていません。そして、ベアトリーゼ奥様は息をつかえさせながら喘ぐように言いました。
「黙っていてごめんなさい。ローレンス」
胸に両手を置いて、ベアトリーゼ奥様は言いました。
「でも、全部の事情が分かったら、きっとあなたはアタシを許してくれるはずなの。だから、お願い。こんなことはやめて」
「もう全部わかっているよ。ベアト」とローレンス様。
「いいえ!なにもわかってない!あなたの思っているようなことは何もないわ!」
「じゃあ、話してくれ。何もかも」
「そ、それは……できないの。ローレンス、できないの」ベアトリーゼ奥様は叫びながら宿舎の前に立ちふさがります。彼女の腕は懇願するように広げられます。
「ローレンス。お願いよ、考え直して。絶対に後悔させないわ。だから、今はアタシを信じて帰って!」
「いいや。ベアトリーゼ。ずっと君を信じていたが、ここまでだ。ルチアーノ」
「はい。申し訳ございません。奥様」私は奥様を傷つけないように片側へ押しのけます。
「ルチアーノ……!あなたまで!」
ローレンス様が扉の先、フロントへと押し進む先には事態が呑み込めないだろうルルー夫人が酒瓶を抱えて目を白黒させておりました。
「オーナーだな。『A2』の鍵を渡したまえ」
「は、はぃ」
「ご苦労」
冷徹さを微塵も隠さないその空気に怖気づいたルルー夫人は鍵を渡すと受付の下へと身をかがめました。
廊下を横切り『A2』のドアプレートが掲げられた扉を見つけると、ローレンス様は躊躇いなく鍵を突き刺し、音を立てて開け放ちました。
「や、やめて!ナンシー!!助けて!」奥様の悲痛な声が安宿に響きます。
「だ、誰!?」すぐにナンシー・ベイが部屋の中から飛び出してきました。
「あ、あなた様は――あ、姐さん……!に、逃げ――!」
「貴様にも後で話を聞かせてもらおう。だが――」
ローレンス様は行く手を阻もうとするナンシーを押し戻し、部屋の奥の扉へと一直線に向かい、部屋の中へ足を踏み入れる。そして、すぐに私もリボルバーを抜いて部屋へ飛び込んで行きました。
そこは、心地よく上品に整えられた部屋でした。丈夫で肌触りがよさそうな赤い絨毯がひかれ、テーブルの上には帽子やカード、ステッキが置かれていて、マントルピースにはブロマイドが丁寧に飾り付けられている。我々が入ったとき、ベッドには女性が身を起こしており、窓の外を向いていました。顔に包帯は撒かれていない。オレンジ色の部屋着を着て、片手には肩まで覆ったアームカバーを嵌めているのが見えました。
「……いつか、こんな日が来ると思っていたわ」
「――な」
その女性の声を聞いて、ローレンス様が絶句します。そして、彼女がぱっとこちらを振り向いたとき、私は驚愕で叫び声を上げました。
その顔は――鏡に写ったベアトリーゼ奥様そのものでございました。
白い眼帯をしていますがその瞳は奥様とは反転した配色だったことが伺えます。勝気で力強い眼差し、高い鼻に、そのお声さえも、奥様そのもの。
――だた、顔の右半分が、ひどい火傷跡で覆われていることを除いては。
「ぼ、僕はなんてことを」
ローレンス様はすべてを悟ったように、口に手を当てて後ずさりました。
「これは、どういうことでございますか……?」
情けないことに私は事態が呑み込めません。リボルバーを収めて、ベアトリーゼ奥様へと向き直りました。
目に涙を溜めながら決意を固めた表情のベアトリーゼ奥様は私の脇をすり抜け、部屋に入って行きました。そして、ベッドに腰掛けて、もう一人のベアトリーゼ奥様と頷いて、静かに語り出しました。
「ローレンス。聞いて、アタシは、私達は、双子なの」
それが、ベアトリーゼ奥様が命を懸けて守りたかった秘密でございました。




