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【連載版】「もう会うこともあるまい」と手紙で私を捨てた元婚約者様へ。あなたが食べたそのお菓子、毒よりおそろしい「真実」が入っていました  作者: 佐倉美羽
CASE3:或る奇術の真実〈バーナム通り殺人事件〉

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拝啓 11月9日 ローレンス=ラ=オフィリア卿、ならびにルチアーノ・ステイシー殿へ 2/2

 ベアトリーゼ様はこの左都第2区バーナム通りに居たということを絶対に知られたくなかった。これは彼女のそれまでの行動が裏付けていますよね。尾行を撒いて、追跡者を逆方向の右都区へと誘導するほどの徹底ぶりです。そして、宿舎ではカリオストロという偽名を使って、『A2』に通っていた。住人のナンシー・ベイさんは知らないと否定していますが、私に言わせればまったく信用できません。彼女は噓つきですよ。あの場でナンシーさんに真実の誓約を結ばせなかったのは痛恨のミスです。まぁ、普通は事件の聞き取り程度で結ぶような軽い誓約ではないので、そこを責めるのは間違いですが。


 では、どこで嘘をついたのか指摘しましょう。部屋の奥で横たわる包帯の者、仮にマミーとしましょうか。マミーは、寝たきりでしゃべれないほど重症であるはずがないんです。マミーは意思疎通が出来て歩き回れるほど元気ですよ。


 何故そう言い切れるのか。ルチアーノさんは報告書の中でマミーの部屋を“チラリと垣間見ただけで心地よく上品に整えられている”と表現しました。想像するにベッドのそばの窓にはレースのカーテンが揺れて、外の光を受けて薄光を部屋に灯している。四角い光の島は真っ白なリネンのシーツに落ちて、優しくマミーを包み込んでいる。暖炉の薪が静かに爆ぜて、ほっと一息つくほど暖かい空気が鼻孔をくすぐる。良く整えられた部屋。だからこそ、貴族に仕える執事の美的感覚を用いて、“心地よく上品に整えられている”と合格点を差し上げたのではないでしょうか?


 ですが、私は以前、とある事件で友達だった住み込み看護師の感覚を想像してみたことがあります。そして、その部屋には、尿瓶や薬。洗浄具、介護動線、使用感がありました。寝たきりと言えども生きているのですから、そこには介護の痕跡があるはずです。申し訳ありませんが、“上品に整えられていた”なんて表現にはなりえません。


 しかるに、マミーの部屋には、看護がありませんでした。介護がありませんでした。“生きている人間”の痕跡が、決定的に欠けていた。


 つまりあの部屋は――“病人の部屋らしく作られた部屋”だったのです。


 病人ではなく、病人像で象られた部屋。寝たきりでしゃべれないなんて、哀れに思わせ追及しにくい空気を作り出した、小賢しくて悪質な欺瞞です。


 さて、そんな部屋にベアトリーゼ様は数か月にも及んで通っていた。あの部屋の整い具合も、ベアトリーゼ様が大金を払って工面したものでしょう。なぜ、そんなことをしていたのか。なぜ、隠そうとしたのか。これが、この問題の最も大きく、解決すべき宿痾です。


 ベアトリーゼ様はマミーに恐喝されていたのではないでしょうか。


 金はあらゆる悪徳の根です。そして人が秘密を抱える理由など、突き詰めれば保身か犯罪しかない。


 ならば話は単純でしょう。

 ベアトリーゼ様が隠したがり、決して触れたがらず、それでもなお金だけが流れ込んでいる場所――そこには必ず罪がある。


 ――見えざる悪意(魔女)が、必ずいる。


 ここからはいささか推測の域を出ない点はありますが、おそらく当たらずとも遠からずといった具合には正鵠を射ている話をしましょう。マミーは謎多き天才奇術師の弱みを握れる人物です。間違いなく、“奇術師ベアトリーゼ”のキャリアに関わる人物と言っていい。察するにベアトリーゼ様が奇術師として活動していた時の古巣の小劇場、そのオーナーではないでしょうか。


 しかるに、かの者は奇術“瞬間移動”のトリックを強請りの種に使おうと考えた。理由としては劇場を巻き添えで放火され、彼女に恨みを抱いたから。もしかしたら、密売人であるダン・バリモアの客だったのかもしれません。マミーはすぐに復讐をせず、ベアトリーゼ様が侯爵夫人になるタイミングをずっと、毒蛇のように待っていた。そして、時が満ちたとみるやいなや“瞬間移動”の種でベアトリーゼ様を脅し、彼女は口封じのためにお金を払っていた。


 事件当日、バリモアは宿舎近くで待ち伏せしていた真犯人によって殺害された。夜遅くまでA2に居たベアトリーゼ様は外で誰かが撃たれたとすぐに気が付いたんです。しかし、このままでは自分の居場所が集まって来た警邏に知られてしまう。そうなれば、参考人として情報提供を求められ、宿舎にいたことがローレンス様の耳にも入ってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。そう思って慌てて飛び出したところを、目撃者達に見られてしまった。しかし、幸運にもアンティーク時計がベアトリーゼ様を救った。オフィリア家に来た捜査官達は何故か、21時50分のことばかり聞いてくる。ベアトリーゼ様は不思議に思い、犯行時刻を間違えているという致命的な捜査ミスに気が付いたが、自分の秘密を守るために黙っていたということです。オフィリア邸で行われたあの取り調べで、ベアトリーゼ様は沈黙を守りながら真実の誓約を遵守していたわけですね。お見事。


 興味深いことにキーラ捜査官がナンシー・ベイさんに見覚えがあるとおっしゃっていますね。認識能力に自信がある彼女が、一体どこでナンシー・ベイを見たのか。マミーが奇術師ベアトリーゼの関係者と仮定するならば、おのずと範囲が絞られそうです。確かなことは言えませんが、察するに舞台助手だった女性ではないでしょうか。ベアトリーゼ様の関係者としておぼろげにキーラ捜査官は覚えていたけど、舞台以外で見るナンシーさんは初めてだったので、曖昧になった。もしかしたら、瞬間移動の種を売ったのはナンシーさんだったのかもしれません。


 つまり、バーナム通り殺人事件の舞台袖ではマミーとナンシーさんが結託して、ベアトリーゼ様から大金を強請っていた。侯爵夫人であるベアトリーゼ様はそんな黒い繋がりがあることはオフィリア家の名誉にかかわるとして、何よりも屈辱的な扱いを受けていることを夫に話すことが出来なかった、もしくは口封じを強いられていた。これが、事件の裏で蠢く真実でしょう。オフィリア卿にとって解決すべき問題はバーナム通り殺人事件よりも、『A2』に棲むマミーですよ。


 見えざる悪意(魔女)に通知なんて必要ありません。猶予なんて与えてはいけません。

 すぐに『A2』へ踏み込み、事情を問い詰めてはいかがでしょうか。

 では、吉報をお待ちしております。


 敬具

 ライラ=ロ=ノクタリカ より

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