拝啓 11月9日 ローレンス=ラ=オフィリア卿、ならびにルチアーノ・ステイシー殿へ 1/2
挨拶は抜きにして、結論から参りましょう。報告を整理し、断片的な事実をつなぎ合わせれば、ベアトリーゼ様が殺人犯であるという絶望的な結論を急ぐ必要はないかと思われます。
ライラ=ロ=ノクタリカ。
帝国創世の黎明よりその名を刻み続ける“剣の貴族”の末席に連なる者として、同志たる歌姫オフィリアの血統を継ぐ貴殿へ、謹んで書簡を認めます。
ご丁寧かつ、極めて緊迫した状況下での詳細な報告、深く感謝いたします。ルチアーノさん、あのような状況下で冷静に物事を観察し、かつ奥様を守るための機転を利かせた対応、まさに執事の鏡と申すべき見事な振る舞いです。
また、オフィリア卿。愛する妻に疑惑の目が向けられ、かつ自らの手で真実を探ろうとする苦悩、痛いほど伝わってまいりました。
しかし、手放しに安心できる状況ではないのもまた事実です。残念ですが物証と証言がそろった以上、ベアトリーゼ様がバーナム通りに居たということはもはや疑いようがありません。であるならば、バーナム通りに居たということはさっさと認めてしまい、殺人には関与していないということを主張しましょう。それが、法王庁の捜査から逃れる唯一の道です。
そして、幸いというべきか当然というべきか。ベアトリーゼ様が殺人に関与したという証拠は今のところ何一つない。オッドアイ・カリオストロの正体がベアトリーゼ様だったと認めたところで、それで証明できるのは“その場にいた”という事実だけ。直ちに犯人扱いされることは無いのでご安心ください。
そして何より、ベアトリーゼ様がダン・バリモアを殺害した犯人だったとして、とても看過できない非合理的で不可解な行動があります。それをまず指摘して、ベアトリーゼ様が犯人である可能性を否定してみましょう。わかりやすいように事件を時系列に並べますね。
『事件の概要』
1.バーナム通りを歩くバリモアに犯人が後ろから声をかける(ルチアーノさんの予想)
2.振り返ったバリモアが撃たれ、倒れたところをさらに撃たれる
3.その音を聞いた目撃者達はバーナム通りを抜けて倒れたバリモアに駆け寄る
4.バリモアに意識が集中していたところ宿舎からオッドアイ・カリオストロが出てきて、目撃される
5.オッドアイ・カリオストロが逃亡する。
さて、箇条書きにしたとおりことが進んだとして、バリモアを撃ったベアトリーゼ様は2と3の間に宿舎に逃げ込んだことになりますよね。
なぜ撃った後すぐに脇道へ逃亡しなかったのでしょうか?
そして、なぜ目撃者達がバリモアを調べている間というわけのわからないタイミングでノコノコ出てきて、“オッドアイ”という最大の特徴を見られるなんてヘマをしたのでしょうか。ベアトリーゼ様が犯人だったならば、普通隠しますよね。この問に答えられないと審問官は納得しないでしょう。
あるいは宿舎の扉近くから撃ったのかもしれませんね。そして、リボルバーを宙に浮かせて、バリモアの背中に接するくらい近づけて、見えない力で引き金を引いた。リボルバーはそのまま手元に引き戻して、指を鳴らしたら凶器が消失。奇術師ベアトリーゼならそれくらい出来たはずだ!みたいに。あとは、瞳を見られたのはウッカリしていたとか。
こんな無理筋で論理をこじつけるよりも、ベアトリーゼ様はバリモアが撃たれた時、宿舎の中に居たと考えた方が有意義ですよ。そして、この事実こそがベアトリーゼ様が頑なに否定したかった秘密であり、この事件をややこしくしてくれている元凶です。
元凶の話に移る前に、瞬間移動の謎を明らかにしておきましょうか。バーナム通りの子細な報告を拝見した率直な感想ですが、法王庁捜査官の頭が固い所が顕著に出ていますね。やはり、というべきか。探すということは得意ですが、観察するということがとにかく苦手。これほど初歩的な手がかりを見落とすとは。光を灯台だと思い込んでいた上に、足元もまったく見えていなかったようです。
もちろん、バーナム通りのアンティークショップにあったヘンテコな紳士時計のことですよ。あれが目撃者の証言がピタリと一致した理由です。
想像もしてください。銃声が鳴り響いた雪の夜。魔都の如き不気味な通りの灯りは頼りなく、足元を照らすのは警邏のランタンのみ。どこかに殺人犯が潜んでいるともわからないという状況です。冷たい空気が肺を凍てつかせ、全神経が研ぎ澄まされていたことでしょう。そんな時、鼻にツンと刺激臭が漂ってくれば誰だって警戒します。そう、例のアンティークショップです。そして、顔を向けると全員が同じものを見た。
――少なくとも20分近くは早い、狂った時計を。
どうして見てもいないのに時計が狂っているか分かったのか疑問に思われるでしょうが、簡単な理由です。ぺリストラの刻鐘が真実を知らせていますね。ルチアーノさんの諧謔に富んでユーモラスに満ちた報告にすべて克明に記されていました。簡単にイベントごとにリスト化しましょうか。
『ルチアーノさんの軌跡』
1.バーナム通りに到着
2.バーナム通りの状況を見回る
3.ヘンテコなアンティークショップを発見。時計の時刻は8時44分
4.キーラ捜査官に出会う。緊張感たっぷりな立ち話
5.遺体があった場所を見学。キーラ捜査官と銃撃戦(比喩)を繰り広げる
6.宿舎に入り、キーラ捜査官と雑談じみた情報戦
7.ナンシー・ベイの部屋を見学。謎の包帯の者を確認
8.フロントへ。ここでクラバットピンという物証が見つかる
9.ルチアーノさんがファインプレーでごまかし、その瞬間に刻鐘が鳴る
脳を緊急冷却した甲斐がありましたね、ルチアーノさん。誇るべき膨大な仕事量です。
そして、刻鐘は60分に一度鳴るそうですね。つまりルチアーノさんが聞いた鐘の音は9時00分を告げるために鳴らされた刻鐘だったはずです。
実に慌ただしい。
ルチアーノさんのお手紙を文面通りに受け取るなら、この『ルチアーノさんの軌跡』イベントを完遂するまでにかかった時間は約15分だったということになりますよね。
不可能でしょう。いくら何でも。
どう考えても40分以上はかかりますよ。時間が捻じれています。なぜこのようなことが起こったのか。言うまでもなくバーナム通りのヘンテコ時計が狂っていたからに他なりません。ルチアーノさんがご覧になったのは8時44分。正確な時刻、例えば教会の基準時計やオフィリア家の時計では8時20分前を指していたのではないでしょうか。正確にどれくらいズレているかはわかりませんが、少なくとも20分以上狂っていることは間違いありません。
なぜなら。
運命の21時50分、ベアトリーゼ様はバーナム通りの喧騒から逃れてオフィリア邸へと無事に帰還できましたから。
あのヘンテコな紳士が教えてくれた21時50分。宵闇に浮かぶ光は灯台なんかじゃなかったんです。全員が嘘を教えられていた。実際には少し戻って21時30分よりも前の時刻であったはずなんです。それがバーナム通り殺人事件の真の時刻。
すなわち、バーナム通りとオフィリア邸という二つの棺は、瞬時に移動したわけでなかった。普通に、自らの足で、なんの種も仕掛けもなく移動したに過ぎなかった。
――瞬間移動のトリックは“時間の誤認”だったんですよ。
“如何なる手段を以て”の答えはこれくらいで十分でしょう。
では、ベアトリーゼ様はなぜ、それほどまでの危険を冒して、その時間、あの薄汚れた宿舎にいたのか。
ローレンス様、ルチアーノさん。本当の戦いは、ここからです。




