拝啓 11月8日 ライラ=ロ=ノクタリカ 様へ 2/3
「ところで、ギデオン捜査官はどちらに?」
「ギデオン殿は被害者の人間関係を洗っています」
「というと宿代わりにしていた娼婦達でしょうか。あるいは“顧客”とか?」
「その通りです。詳しいですね」
「新聞はいつも熟読いたしますので」
「そうですか」
私はキーラ・ブロア捜査官とのロマンチックな会話を楽しみつつ、死体があった場所を見学いたしました。
そこはバーナム通りの真ん中ほど。今が夜ならばガス灯がちょうどスポットライトのように照らしている場所です。左右はシャッターが下りたレンガ造りの家。草が枯れ落ちたツタが無数に群がり、脈うつことを止めた血管のようです。片や窓という窓に板が打ち付けられた廃屋です。長年放置されていたことが壁の風化具合から容易に想像できる。そして、そのちょうど隣が件のオッドアイが出て来た宿舎でした。
「こちらです」
地面には白いテープが人型に張られております。腹ばいになりながらバーナム通りの奥へと逃れるように大きく手を伸ばすシルエットがみえました。私たちはお互いにその後ろ姿を見下ろしながら、淡々と言葉を交わしました。
「ふむ。新聞によると正面を一発撃ち、追撃で背中に二発、という具合でしたね」
「ええ。正確には左下腹部と、右肩甲骨あたりの同じところを二発接射。入射角度的に犯人は右利きです。迷いはないですが、所作に無駄が多い。素人の線で追っています」
「“プロ”ではないと。犯人は被害者を後ろから呼び止めて、被害者が振り返ったところをズドン。被害者は倒れる。逃げようと這いずっているところを近づいていき二発、ズドドン。といった具合でしょうか」
「“犯人は現場に戻る”というジョークが笑えなくなってきましたね」
「ご冗談を。それにしても奥様が犯人だったとして、女性である奥様が手負いの男性にわざわざ近づくでしょうか」
「強い殺意があった場合なら考えられます。死体の状況から強盗目的ではないことは明らかですので」
「三発すべて同じ口径だったんですか?」
「38口径、言わば最も多く流通しているリボルバーです」
「奥様の銃は前装式ですね。リボルバーは持っていません。それと奥様は普段左手でお食事を召し上がります」
「残念ながら入手経路はいくらでもありますし、ベアトリーゼ夫人がここに居たことを証明すればおのずと分かることです。あと“奇術師ベアトリーゼ”は両利きです」
「なるほど。たしかに」
まるで銃撃戦のようなやり取りです。あるいは地面に描かれたダン・バリモアの影に一呼吸で何発撃ち込めるのかを競っているようでした。ですが、キーラ・ブロア捜査官は溜息をつくと、いくらか感情の籠もった声色でこちらを見上げました。
「それと、少々誤解があるようですが、我々はベアトリーゼ夫人が犯人だと現時点では考えていません」
これには不覚にも面食らってしまいました。しかし、オフィリア家の執事足る者、表情のコントロールなど朝飯前でございます。
「さようでございましたか。理由をお聞きしても?」
そう申し上げますと、キーラ・ブロア捜査官は鼻眼鏡をつまみ取り、眉間をマッサージすると一層低い声になりました。おそらくこちらが地声です。
「……どこから説明しようかな。法王庁捜査官はどういう仕事かご存じですか?」
「ふむ。お恥ずかしい限りですが、身近過ぎて考えたこともございませんでした。“犯罪が起こったときに犯人を捕まえる”でしょうか」
「間違いではありませんが、より正確に定義するなら『法王庁審問官に対して法と信仰に照らし、“ある人物が罪を犯した”と納得させること』が仕事です」
ああ、なるほど。審問官は演目で取り上げられたことがございますので存じ上げております。
「確か“何者が、何故に、如何なる手段を以て”の三原則でしたか」
「ええ、その通りです。そして、ベアトリーゼ夫人が犯人だったとして現時点では“何故に”の部分が不明です。ギデオン殿がベアトリーゼ夫人のキャリアを調べ上げましたが、公式に被害者のダン・バリモアとの接点は一切ありません。徹頭徹尾他人です」
「そうでしょうね」
「ただ、夫人のキャリアは奇術師時代以前に不明な点が多く、隠された繋がりがあったとしても驚きではない。だからこそ、“現場から逃走した”。この一点に我々は被害者との繋がりを見出しているのです」
「そこが確定すれば“何者か、如何にしてか”が芋づる式にわかるというわけですか。
……被害者とは無関係だが殺人現場に居合わせ、恐怖に駆られ逃げ出した、とは考えられませんか」
「今、現場に居たのがベアトリーゼ夫人だと認められましたか?」
「よもや。“仮に”そうだったとして」
「それならそうとおっしゃってくだされば、こちらの仕事も大いに捗ります」
「さようでございますね。ありがとうございます。こちらは十分です」
私が胸に手を当てて頭を下げると、キーラ捜査官は心なしか満足そう鼻眼鏡を再びかけて、機械仕掛けのような回れ右をしました。
「実ある議論でした。それでは、宿舎を見に行きましょうか」
「お願いいたします」
正直に申し上げるとキーラ・ブロア捜査官と会話を楽しむと知恵熱でクラクラしてまいります。ですが、ここは少しでも情報を引き出さなければならない。私は秘蔵の角砂糖を3つ口に放り込んで脳を緊急冷却いたしました。
宿舎へと歩を進めながら、会話を続けます。
「ところで、キーラ捜査官は奥様のファンだったとお聞きしましたが、本当ですか?」
「はい。本当です」
「ほほう。ならば“瞬間移動”、どういう仕掛けだと思われます?」
「私は奇術の種を暴きに行くことは野暮だと考えていますので、考えたこともありません」
「おっしゃる通りでございます。キーラ様はとても熱心なファンだったんですね」
「まぁ、そうですね。下積み時代から応援していましたので」
「おお!それはそれは。それにしても、どうして奥様は人気絶頂期に引退されたのでしょうか?奥様はノーコメントとおっしゃっていますが、キーラ様はどうお考えですか?」
これは数多のファンが議論したベアトリーゼ奥様のミステリアスな部分のひとつです。これには関心があるだろうと考えましたが、先ほどまではほぼ全ての質問に間髪入れず答えていたキーラ・ブロア捜査官の口がここで初めて途絶えました。やってしまいましたね。地雷を踏んでしまったのかもしれません。
「いえ、不躾な質問でしたね。失礼いたしました」
「……それは何度も考えたことですので大丈夫です」
キーラ・ブロア捜査官は撃鉄を下げるが如く鼻眼鏡を押し上げると、またいつもの調子で明快な回答を撃ち込みました。
「人間関係ではないかと。あの時期は他の奇術師達にほぼ24時間監視されている状態でしたし。くだらないやっかみで古巣を放火されたり、その他にも嫌がらせが増えて、“瞬間移動”もやらなくなってしまいました。ですが、多くの人に求められる奇術は“瞬間移動”です。そのせいかと」
「古巣?」
「彼女が初めて奇術を披露した小さな劇場です。彼女が劇場街のスタァになった後も拠点のように足を運んだホーム。ファンでいうところの聖地です。犯人は極刑に処されましたが、それでも引退を決意させるほど彼女の心に大きな火傷を負わせたのでしょう」
「なるほど。有名税、とはよく言ったものです。支払いは、だいたい心で行われる」
「ええ、違いありません」
さて、問題の宿舎はもう目の前です。レンガを積み上げて建てられた古い建築物。木製の四角い扉の奥にある謎を確かめるべく、私は宿舎の中に足を踏み入れました。




