拝啓 11月8日 ライラ=ロ=ノクタリカ 様へ 1/3
オフィリア侯爵家執事ルチアーノ・ステイシーでございます。
さて、主人の命により僭越ながらバーナム通りを調査して参りました。
よって、この場をお借りして私見は出来るだけ排し、見聞きしたこと、起こったことを嘘偽りなく、過不足なく公正公平に報告することを神に誓います。
そして、我が主人ローレンス=ラ=オフィリア様も本報告は閲覧済みであり、なんの先入観も持たれないよう、お言葉は最後にお伝えいたします。
それでは、我が主に習い口述筆記風に、幕を上げましょう。
バーナム通り――それは左都区劇場街から郊外へと続く通りでございます。すでに降り積もった雪はさっぱり溶け出して、真実の姿を現している。すなわち、昼であってもどこか薄暗く、目を凝らしてみると小路地や隠れた通りが影の中から現れる。大通りからあぶれた何列もの店並みが、まるで人を騙す幻視の魔術のように、怪しく近寄りがたい不気味な空気を演出する。お世辞にも治安が良いとは申し上げられない。そんな通りでございます。ただ、補足するならば、ここ首都ぺリストラは華やかな大通りとは裏腹にバーナム通りのような半スラムというべき場所は非常に多い。美と享楽は何時の世も渾然一体となり、そしてその背後には決まって闇があるものでございます。
私がバーナム通りの入口に立ちますと、両側には寂れた店が立ち並んでいるのが見えます。奥に続くほど看板は減っていき、シャッターが閉め切られた店が目立っていく。ショーウィンドウも鉄格子で遮られて、どこか敵兵を足止めする砦を想起させる。まるでバーナム通りの意思が客の入りを拒んでいるかのようでございました。
ウィンドウの手入れ具合も様々で、煙草屋は大昔の煙草のようにパサついたものしか置いておらず、掲示板はもはや聞いたことがない程昔の告示が黄ばんだ紙で張り出されている。かと思えば染物店の金色枠に覆われた反物はそれこそ貴族家に卸しても申し分ない品でして、それが価格破壊の如き安値で叩き売られており驚愕。はたまた紅茶一品だけというあまりに強気すぎるメニューの木造喫茶店にはちらほら客が入っているのが伺えます。おや、あんなところにチェスターコートを着こなした素敵な紳士が。おっと、ウィンドウガラスに映った私でございましたか。
そんな奇々怪々な店がひしめくバーナム通りを歩くこと数分、入口近くでは見えなかったのですが、通りの中ほどに近づくほど脇道に人の気配を感じます。顔をのぞかせてみると法王庁の白コートに赤い腕章をつけた巡査がランタン片手に這いつくばり、ゴミ箱や植木の隙間をくまなく照らしています。ギデオン捜査官が虱潰しに調べるとおっしゃっておりましたが、割かれている人工は想像以上に多いようです。さらに歩を進めますと、明らかなイミテーションを定価で陳列する宝石店や卑猥な落書きが施されたシャッター、看板がはげ落ち、家具が無造作に積み上げられたアトリエ店、そして殺害現場に近づくほど法王庁巡査の数が増えていきます。
間もなく到着。ポールを立ててテープで囲われた殺害現場まであと10メートルほどという所で、ツンとした刺激臭に思わず顔を向けてしまいました。そこにはエキゾチックなアンティークショップがあり、なんとも言えない表情をした紳士に揺れるネクタイを模した奇妙な振り子時計が聳え立っています。顔が書かれた文字盤、口髭を模した針はそれぞれ8時44分を指し示す。そして、配役を与えられなかった秒針が健気にも規則正しく時を刻み、やがて8時45分になりました。奇跡的に稼働はしているようです。時計の背後の壁には盾に2本の剣がクロスしたオブジェがかけられ、その両端は三又に枝分かれした壁掛け燭台型のランプが張り付けにされている。すぐ隣に野獣の如きタッチで描かれた雄々しい裸婦画も負けじと視線を奪いに来る。なんという混沌領域。私は少しだけ興味がわき、歩み寄ってみますと、ウィンドウの死角には蜘蛛の巣をそのまま吊り下げたような吊り飾りや、何をモチーフにしたかわからない奇天烈な獣の木彫りが整然と隊列を組んでおりました。世界観がまちまちなのにここだけ神経質に並べていて、不覚にもその滑稽な様相に失笑していると。
「あら?あなたは確か」
女性にしてはハスキーで低い声。その声には聞き覚えがあります。私は振り返り声の主、キーラ・ブロア捜査官に会釈をしました。
「キーラ捜査官。おはようございます」
「おはようございます。オフィリア家の執事の、たしかルチアーノさんでしたね」
茶色のコートに身を包んだキーラ・ブロア捜査官が赤いマフラーに顔を埋めながらこちらを見上げていました。
「一介の執事の名前をよく覚えていらっしゃいましたね。流石でございます」
「職業柄、関係者の顔と名前は一度見聞きすれば忘れません。ルチアーノさんはここでいったい何を?」
「犯人は現場に戻るものでございますから」
「当日に一度も屋敷から出ていない方に今回の殺しは不可能ですよ」
「犯行時刻に別の場所に居た方にも不可能では?」
「その通りです。ですが、確かにここで見たと証言された以上、納得のいく答えが得られるまで追求しますよ」
キーラ・ブロア捜査官は、そして。と言葉を切って鼻眼鏡を押し上げた。
「ここでいったい何を?という先ほどの問に対して、自分はまだ納得がいっていませんね」
ライラ様がおっしゃる通り、このキーラ・ブロアという女性は手強そうです。
「さる高貴なお方のお使いです。ここを見学するようにと。邪魔はいたしません」
言い終わると、キーラ捜査官はスッと目を細めました。
「……ライラ・フェルネスト夫人ですか?」
顔には出やすい方のようです。
「はて、私の主はローレンス様ただお一人ですが。なぜ“ノクタリカの隠者”のお名前が?」
「いえ。ただ法王庁の沽券に関わることですので」
「さようでございますか。いっそ協力を打診してみてはいがでしょう。きっと力になってくださいますよ」
「そして、手柄は彼女のものになり、我々は無能の烙印を押されると」
「よもや」
私はわずかに目を丸くしました。
「法王庁ともあろうお方が、民衆の噂などお気になさるとは」
「……噂は時として、信仰より速く広まりますので」
「なるほど。それは確かに厄介ですね」
ここで会話が数秒途切れました。肌寒い風が心の距離を表すかのように私とブロア捜査官の間を吹き抜けていきます。しかしながら、ここで黙っているようではオフィリア家の執事は務まりません。
「新聞記事を拝読いたしました。奥様への配慮感謝いたします。して、その後何かわかりましたか?」
ブロア捜査官は一瞬、答えに窮したように強く瞼を閉じました。ですが次の瞬間には、感情を押し殺した声でこう言ったのです。
「我々は“隠者様”のようにはいかないものですので。ご覧の通り地道に証拠を集めているところです」
つまり、あまり芳しくないと。彼女は冷静そうに見えて実は熱血系なのかもしれません。
「ふむ。でしたら私は捜査のお手伝いが出来るかもしれません。微力ながらではございますが」
「というと?」
「私はベアトリーゼ奥様の身の回りのお世話をするメイドたちを統括する者です。突けば何か出てくるかもしれませんよ」
「それは――」
「奥様がどこで芸をするか、どういった衣装をしているかもお教えできます。それに、奥様の私物も見ればわかりますが、いかがでしょうか」
キーラ・ブロア捜査官は腕を組んで目をつむっています。眉間に深い皺が刻み込まれ、果たして素人を捜査現場に入れていいものか。そう顔にはっきり書いています。
しかし、彼女は一つの正しい選択をしたのです。
「わかりました。同行をお願いします」
「承知しました」
そうして、私はキーラ・ブロア捜査官に連れられて、事件現場を見学するに至ったのです。




