拝啓 11月6日 “ノクタリカの隠者”ことライラ様 へ 1/3
霜月の候、貴家ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
オフィリア侯爵家執事ルチアーノ・ステイシーでございます。まずは依頼状の返答、主に変わって心よりお礼申し上げます。
さて、我が主人ローレンス=ラ=オフィリア様よりお言葉を預かっておりますので、僭越ながら私ルチアーノがお伝え申し上げます。
『ライラ殿!いやぁ助かる!これほど心強い味方はどこにもおるまいよ!確かに、ベアトリーゼのことは心配だ。万が一、なんてこともあるやもしれん。だけど、それを含めて背負うというのが度量というものだろう?ふっ。(ここで主人は髪をかき上げておりました)
して、助言通り法王庁の捜査官がベアトリーゼを訪ねてやってきたので、迎え入れてやった。
結果から伝えると話は平行線になってしまった。ぜひ、貴君の意見が欲しい。
それでは、我が執事ルチアーノが捜査官の二人、キーラとギデオンを応接間に通したところから幕を上げよう。
「お待たせした。ローレンス=ラ=オフィリアである」
「妻のベアトリーゼです。どうぞお手柔らかに」
僕たちが応接間を開けるやいなや、カウチに腰掛けていた二人の捜査官が立ち上がった。
「法王庁キーラ・ブロア捜査官です。本日はよろしくお願いいたします」
ルチアーノから聞いていた通りだ。キーラは、女性にしては低い声。白金の髪を結い上げた白い顔、鼻眼鏡の奥には冷たい鈍色の光が放っている。必要なこと以外は放しませんと言った具合にツンとしている。おそらく、背筋は鉄骨製だ。
「同じく、ギデオン・デスパード捜査官です。いやぁ、お会いできて光栄です。オフィリア卿」
揉み手をしながらぺこぺこと剃髪の赤ら顔を下げている方がギデオン。柔和な雰囲気を醸し出す50代ほどの紳士だ。おそらくキーラの上司だろう。見るからに昼行灯だが、貴族としての勘が、まず間違いなくこちらの方が食わせ物だと警鐘を鳴らしている。注意せねば。
「本日の捜査協力は僕も同席する。異論はあるかね」
キーラは何か言いたげに眉を寄せ、鼻眼鏡を押し上げた。鈍色の瞳は左右で“難”と“色”の二文字を示しているようだった。しかし、ギデオンは咳払いを一つ「まぁまぁキーラ君、夫人も一人では不安だろうし、いいじゃないか。どうぞ、オフィリア卿。奥様を支えてあげてくだされ」と場を和らげさせた。
「配慮に感謝する。二人とも掛けたまえ。さぁベアト。何も心配ない。大丈夫さ」
僕は二人の捜査官に握手をすると、ギデオンが音も立てずカウチへ腰を下ろし、キーラもベアトリーゼから一切視線を外さず背を預けた。
僕と妻が並んで座り、向かいには捜査官のギデオンとキーラ。ルチアーノが手際よく紅茶を入れる音だけがデスクに落ちる。お世辞にも茶会の空気ではなかったよ。
「それでは、失礼します」
「ああ、ルーチェ(ルチアーノの愛称)。ご苦労」
僕は扉の前で一礼するルチアーノに刹那の目配せをした。事前に話の内容を記録するように伝えていたのさ。ルチアーノは心得たとばかりに瞬きをして扉を閉めた。
一気に部屋の空気がズシリと肩を押さえつけた。そして、その重い沈黙を破ったのはキーラだ。
「では、ベアトリーゼ夫人にいくつかお聞きしたいことがございます。
その前に、これより行われる証言は、法王庁の記録として永久に残されます。
偽証は魂を蝕みます。たとえこの場を欺けたとしても――」
なんだと。これはあまりにも看過できない。僕はそう思って、掌を突き出して制止した。
「ちょっと待ちたまえよ。それは審問の宣誓じゃないか。今回はあくまでも調査への協力であって、取り調べではない。誓約の必要はないだろう」
「まぁまぁオフィリア卿。ただの手続きですから」
「しかしだな……!」
「いいのよダーリン」
ベアトリーゼはそっと僕の膝に手を置いて呟いた。
「好きにさせてあげましょう」
その二つの星の瞳には欠片の不安もなかった。自身に満ち溢れた、どこか余裕すら感じられるものだった。
「……君がそういうなら」
キーラは気まずそうに咳ばらいをして「よろしいですか。では、続けます。――最後の審判からは逃れられません」
言葉を切って、改めてベアトリーゼに告げた。
「よって、神の御名の下に誓いなさい。
汝がこれより語る言葉は、真実のみであると」
敬虔な信者なら震えあがる権威的な言葉だ。後ろめたいことがあればこれだけで動揺するだろう。だが我が妻は違った。
「我が魂と神の御前に誓います。
これより私が口にする言葉に、一切の偽りなきことを」
一切の迷いなき、誓約の言葉だった。




