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【連載版】「もう会うこともあるまい」と手紙で私を捨てた元婚約者様へ。あなたが食べたそのお菓子、毒よりおそろしい「真実」が入っていました  作者: 佐倉美羽
CASE3:或る奇術の真実〈バーナム通り殺人事件〉

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拝啓 11月4日 “ノクタリカの隠者”ことライラ様 へ

 霜月の候、貴家ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。


 私はオフィリア侯爵家にて執事を務めております、ルチアーノ・ステイシーと申します。突然のお便りとなりました非礼、どうかご容赦くださいませ。

 本状は、我が主人ローレンス=ラ=オフィリア様より、貴殿へお伝えしたき儀があり、僭越ながら私が筆を執っております。


 さて、主人より申し付けられました用向きですが――


「僕の玲瓏たる美声は如何なる詩客であっても到底真似できないのが残念だね。せめて口述筆記にしようか」とのことでございますので、そのまま記します。


『やぁライラ殿、ラファエル君との結婚式以来だね!息災だったかい?

 ローレンス=ル=オフィリア。華の都の蝶より帝都に住まう隠者へと言の葉を送ろう。

 貴君の噂はここオフィリア領にも渡り鳥のように飛んできている。

 いやはや、素晴らしい。感嘆の言葉しか出ない。ノクタリカ家の者がかように表舞台へ名が知れるのは何年振りかな?

 うむうむ。我がオフィリア家、貴家と同じ建国当時から貴き血族として名を連ねる“剣の貴族”として、実に喜ばしい限りだよ!時に舞台への出演に興味はないかい?というのもだね――。


 ……いや、よそう。本題について話す。実は貴君にしか頼めないことがあるのだ。

 我が妻、ベアトリーゼのことだ。事件に巻き込まれている。音に聞く“ノクタリカの隠者”として、助言が欲しい。


 最初に言っておくが、僕はベアトリーゼのことを心から愛している。それは変わらない。


 では、話そう。詳しく話すと紙面が足りない故、まずは妻について簡単に説明する。

 我が妻ベアトリーゼは稀代の奇術師であった。我がオフィリア領の首都、華と芸術の聖地ぺリストラでも一時は知らぬ者がおらぬほどの“不可能の担い手”だった。トレードマークである目元を完全に覆ったドミノマスクを付け、瀟洒に立ち振る舞う男装の奇術師、それがベアトリーゼ。うら若き乙女たちが黄色い歓声を上げて失神する事態が後を絶たなかった始末だ。そしてなにより、彼女を“不可能の担い手”足らしめた奇術こそが、大魔術“瞬間移動”だ。


 舞台の上に立てられた二つの棺。それぞれが向かい合っている。距離にして優に7~8メートルは離れているだろう。金髪の艶やかな助手が艶めかしく棺をクルリと回して中を見せる。当然がらんどうだ。ベアトリーゼは棺の前に悠然と佇み、被っていたシルクハットを弄び、笑みを浮かべて口上を並べる。


「種も仕掛けもございません。

 ……と、申し上げたところで、皆さまは疑うのでしょうね。


 ならば存分にご覧ください。

 この私が、“不可能”そのものになる瞬間を!」


 そして、ベアトリーゼは帽子をもう一つの棺に向かって投げ放ち、すばやく棺に入る。シルクハットは二つの棺を隔てる空を切る。観客たちは皆、その行く末を、固唾を飲んで見届ける。


 永遠のような刹那の時間が流れて――奇跡が起こった。


 がらんどうの棺は突然、音を立てて開け放たれた。中から居るはずがないベアトリーゼが躍り出る。そして、空中で回転するシルクハットを受け取り、くるりと回して胸の前へ。そして優雅に礼をする。その瞬間、雷鳴の如き割れんばかりの歓声がホールに轟いた。これが、奇術師ベアトリーゼの代名詞、奇術“瞬間移動”だ。


 数多の奇術師たちがその種を暴こうと躍起になった。だが、奇術師ベアトリーゼが電撃引退するその瞬間まで、誰一人としてその謎を解き明かすことはできなった。曰く、体型、骨格、そして何よりも、そのしなやかな指使い。“替え玉だった”なんてあり得ない。棺に入り、出て来たベアトリーゼは間違いなく本人だ。皆が口を揃えて称えた。その後も、似た奇術があぶくのように湧いて出たが、どれも“ベアトリーゼ未満”の評価は免れなかった。そうして彼女が華々しく引退することで、ベアトリーゼの“瞬間移動”は伝説になったのだ。


 そんな彼女と僕は結婚した。平民である彼女と僕が結婚に至るまでは、周囲の猛反対の中で成就した大恋愛であり、語り明かせば一大叙事詩を謡うが如くとなるだろう。よって、断腸の思いで省く。重要なことはベアトリーゼのマスクの下は、左右の目の色が違う特異体質だったということだ。右目がライトブラウンで左目がエメラルドグリーン。我らがソラリス帝国でも類を見ないほどの神秘の瞳だ。それが、我が愛しの妻にして天才奇術師ベアトリーゼの決して外さなかったマスクの秘密だったのだ。今となっては公然の秘密となっているが、当時は自分の芸は物珍しい見世物ではなく、人々を惹きつける魅世物だという矜持故の衣装だったらしい。


 ここまでが妻の話だ。実に簡易簡潔に話せたと思う。


 しかし、つい先日事件が起こった。華の都ぺリストラで殺人事件が起こったのだ。実に嘆かわしい。ある夜、閑静な通り(バーナム通り)で三発の銃声が鳴り響いた。音に気が付いたのは若い紳士と老夫人、そして、巡回中の警邏だ。彼ら曰く、雪が降りしきる中で、バーナム通りの中ほど、ガス灯に照らされて男がうつ伏せで倒れていた。流れ出た血の海が雪を押しのけていたらしい。後の検死の結果、男は正面からピストルで腹を撃ち抜かれ、倒れたところを背中に2発撃たれたことが分かっている。目撃者が駆け寄ったころには、もう幾ばくも無いという状況だったそうだ。


 発砲音を聞いた目撃者達が男を見つけた時刻は21時50分頃。全員が口をそろえて同じ時刻を答えている。念のために言っておくが、三人とも面識がなく、素行も善良。何か陰謀があって口裏を合わせたということは考えにくい。信用に足る言葉と言って差し支えはないだろう。そして、ここからが重要なのだが、信じられないことに、目撃者たちは揃って、ある受け入れがたい証言をした。


 内容はこうだ。

 “倒れている男を看取る最中に軒を連ねる建物から躍り出るように走り去る男を見た。”


 そして、その者の瞳は――“左右で違う色(オッドアイ)”だったと、そう証言しているのだ。


 だが待って欲しい。たしかにベアトリーゼはその日、街に出ていた。彼女は度々男装をして大道芸をするのが趣味なのだ。しかしながら件の21時50分頃。これには強く反論したい。その時間には妻は屋敷に帰っていた。神に誓ってこれは事実だ。バーナム通りと我が屋敷は走っても20分はかかる。21時50分頃にバーナム通りに居て、同じ時間には家に帰ってきている。そんなことは、断じて不可能なのだ。妻も知らないと言っている。


 だというのに、法王庁の捜査官共はベアトリーゼの関与を疑ってきかない。一日に何度も面会と言う名の尋問を求めてきている。運命の21時50分、いったいバーナム通りで何をしていたのか、なぜ逃げたのかと。まるで彼女を犯人だと決めつけているように。いや、もはや確信じみた様相だよ。


 “バーナム通りに居たのは間違いなくベアトリーゼである”と。


 もちろん僕は妻を信じたい。妻はまったくの無実に違いない。人を殺めるなんて恐ろしいことを、あのベアトリーゼがするはずがない。だが……理由あって、信じきれていないのもまた事実なのだ。


 ……妻は最近、金遣いが荒くなった。芸事以外は清貧と言って差し支えないほど金のかからない女性だったのに。それに……、僕が留守にしていると決まって外出するのだ。そして、そのことについては強く白を切り通す。


 ベアトリーゼは奇術師だ。それに、門外不出の大魔術、“瞬間移動”。これは夫である僕にさえ、トリックを教えてくれない。

 よもや、そんな、あり得ない。頭ではそう分かっているが、嫌な考えが頭から離れないのだ。


 ――バーナム通りとオフィリア邸を“瞬間移動”したんじゃないか。


 僕はいったいどうするべきなのか。悩ましく思う。

 以上があらましだ。どうか、貴君の知恵を貸して欲しい。

 』


 とのことでした。


 また、主人は、


『断られたなら、それはそれで構わないさ。

 しばらく星でも数えながら、夜を明かすだけだからね』


 とも申しておりました。


 以上、用件のみの無粋な文となりましたこと、ご容赦くださいませ。

 ご返答につきましては、使者へお預けいただければ幸いです。


 末筆ながら、貴家のご繁栄と皆様のご健勝をお祈り申し上げます。


 敬具


 オフィリア侯爵家執事

 ルチアーノ・ステイシー 拝


 ※アンニュイな表情のローレンス=ラ=オフィリアのブロマイドが入っていた。

 裏地:そう言えば写真とはすばらしいものだね。貴君にも美をおすそ分けしよう。

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