Try n Dead 狂気系不条理ホラーゲームに転生させられたオレはゆるく死に急ぐ #006
※2026/06/08改稿しました
※2026/09/14改定しました
セント・ミカエル・ラザフォード病院からの逃亡 #06
オートセーブは悪者と聖者、両方の顔をする。美しい生き方をして惨殺されたか、どん底を這いまわり追い詰められる生き方をして安らかに死んだか、なんかは一切関係なく、やり直させられることと、やり直せることとでは、はっきりと違う。越えることに失敗したら落ちて死ぬような、狭い深い溝のごとく、この両者は相容れない戸惑いで満ちている。そこまでに用いたアイテムの数と、払い戻しのない保険の馬鹿げた掛け金。上書きは人生とギャンブルと同じ細い道の上を行く。手を付けてはいけない金を使いこんだ犯罪者は、バレなければ延々と同じ行為を繰り返し、甘い蜜を独り占めする黄色い熊は、誰かが抑え込んでくれなければ、延々と砂糖が底に残った蜜でさえ、独り占めする。わがままは慣れることしかできない。
以前と同じなら、このゲームの再開位置は、特定のイベントを超える、か、その場にまで到達する、ことで更新された。次の、一息つける場所に行き付くまで、何度もこのベッドの上で目覚めさせられる。部屋から出て廊下を右へと進み、エレベーターホールへと入る扉の左にある薬剤室、そんな近い部屋にさえ辿り付くことができない者は、次の悪夢を夢見ることさえできない。
起き上がる。
やられ方、死に方…攻略がゲームと変わらない。非常にリアルだが、それさえ何度もだと、タンパクに感じるようになる。面白みが薄れていく。ひとは恐怖には慣れるようにできている…痛みにも。焼け焦げたナースはこの部屋でしか出ないある意味、レアなのだが、出方が一緒で喰い方も品がない。生きたまま喰われるという貴重な体験ではあるものの…同じ死ぬシチュエーションでは死に飽きる。
それにこれは前にも体験した。
最初の部屋をクリアするにはこのふたつのうち、どちらかをやらなければならない。棚を開ける? それはおまけですらない…隣人かナースか、どちらかに襲われるだけ。同じ喰われ方で。生き残る方策はいくつもある? そんな文言どこいった? どっかの政府の、とにかく人気を下げたくないアイドルがいう言い分ぐらい、曖昧で真実味がない。
同じことを繰り返し、同じようにドアの前まで歩く。ベッドは奥へと入り込んだまま…その端を握り、今度は逆に戻す、インタラプト…左右に出る矢印を左へと…それがゲームでのやり方。こちらでは任意に手前へと引っ張る…滑る足先に力が上手く乗せられずに何度も持っていかれる、ゆっくりと、それでも止めることなくベッドを引く。それがなにかを呼び寄せる、高く響く、錆びたレールが奏でる嘲りを聞きながらだとしても。
入り口の扉、ベッドが四分の一程度、塞ぐ形にまで戻す。この位置はベッドの横で、しゃがむ、を行うとはっきりと見て取れる…元のベッドの位置、床にはテープのように残る、血も汚れもない、車輪が置かれていたとでもいうようなタイヤの跡。ぴったりでなくてもいい…何度も確認するために押したり、しゃがんだりしていると、隣人かナースのどちらかが現れて…ここだけはランダム、喰われて死ぬ。何事も…適当と適応が大事。その位置にまで押したら、真ん中のベッドのカーテンが開いていないことを確認する…開いていたら時間のかかり過ぎでアウト、そこには隣人が、獲物を見つけた猛禽類のような細めた目をして…明るい瞳なんてものはどこにもないのだが、立っていることだろう。もしくは黒いナースが艶めかしくオレをベッドへと誘う。開いていなかったら…即座に元のベッドまで帰る。ベッドの横で、しゃがみ…下へと入り込む。紙が置いてあるのは、このベッドの下には、入ることができる、ということを教えるためなのだから。帰る途中でカーテンが開いてもアウトだが…今回は間に合ったようだ。
骨組みばかりで、天井も壁も、カーテン越しの室内もなにもかもが丸見えのベッド。視界を遮るものは何もない、良好、上からも、ここの下からも。深淵を覗きこむものは、深淵からも見られている。だが、そんなことは気にしてはいけない。
やがて…隣のカーテンが引かれたとでもいうように、ベッドから見えるカーテンの裾が、浮かれて踊る少女の脚のように、跳ね揺れる。隣人が室内へと歩み出た。そう暗示するように。プレイヤーに分からせるように呻き声が産声を上げる。
隣人が向かうのはまず向こう、入り口、すぐさまにこちらのベッドを確かめには来ない。出入口ドアへと深夜の不意の来客を確かめるために出向く賭博店の店主のように、恐る恐る行った隣人は、そこに誰もいないとわかると、思い通りにいかない不満を口にする女性みたいな呻き声を上げて、こちらへと帰ってくる。よたよたと歩く足音、重いものを背負わされているというように、臓物を引きずる音。オレが寝ていたベッドのカーテンの向こうで止まると…何かを探すようにこちらを窺う…頭が治っている? 垂れ下がった乳房と引っ張られた臓物が振り子時計のように正確を刻む。
折れて曲がった顔が正常に戻っている…もともと、ゲームの隣人の頭は曲がってなんていなかった。ひとと同じように、首の上に、歪に緩んだ包帯、こけた頬骨、なくなった鼻、乾いて瘡ついた唇のひび割れた顔が、ひとのように乗る…人だったものだからな。その治ったばかりの顔を振って、隣人は何かを窺う、探すような動作…オレしかないのだが。ベッドの下、骨組みだけで遮るものは何もないというのに、オレからも相手からも、互いが丸見えになっているというのに、相手はオレが見えないように声を上げ顔を巡らし、こちらが見えていないというように、行方知れずになったオレを探す。面白い冗談…うろちょろうろちょろ、蠢く。なのにカーテンからこっちへは入ってこない…このベッドにある何かを恐れるみたいに。
やがて……。
どこかのドアが悲鳴を上げる。オレが動かしたのと同じような細さで、ベッドが泣く。これでドアの鍵が開いて、ベッドの位置が元へと収まった…徐々に近づき大きくなる呻き声、圧迫感…隣人がなにかに気づいて、振り返ろうとする直前、向かって右、出入りの方から、強烈な一撃をもろに喰らって、よろめく。
「グギャアアアアアアアアッ」
「グワァアアアアアアアアッ」
入院患者がいなくなったことを互いに非難し合い、相手に責任を押し付け合うように、叩きのめしにかかる両者…基本、女性は共同責任を主張し、男性は単独責任を追及する。鈍い筋肉が潰れる音、ゴムを打ち付け合うような打撲音、短い地震が床を伝わり、飛沫が弾ける。すぐ目の前のカーテンの向こうで、舞った鮮血が斑点模様を布へと描く…死んでいるのに、干乾びて血液なんてなくなっているように見えるのに、血を噴き出す不可思議。くんずほぐれつ、キャッキャッウフフの肉弾戦。互いに噛みつこうと、大振りの手を振り回して、髪の毛を引っ張り合って、女性特有の殴り合い…なぜこんな状態になってまで、生きている時と同じことをしなければならないのか…不憫だ。脆いのはナース、焼け焦げた腕がもげて、鈍い音を立てて、カーテンの上から床へと落ちて、ビニール袋に入った生肉のようにへばりついたもげた左腕が、床へと丸まって黒い塊となって、不思議なことに即座に黒い粒子になって、薫りを可視化した時のような動きで空中に消える。床を這って臭い来る、錆びた鉄と冷蔵庫に数日間放置された肉と、炭化するまで燃えたというイメージを植え付ける焦げた燻りが混ざり、暖気となって吐き気を誘発させる。
「グシャワアアアアッ」
それなのに…殺られたのは隣人の方だった。ご丁寧にこちらに顔を向けながら、その可哀想な両目を覆っていた包帯も外れ、黒く落ち込んだ眼窟の奥のない瞳でオレを睨み付けながら、斃れ込む、息絶える…死んでいるものが息絶えるとはどういうことか分からないが。痙攣する頭部、ビクついてまだ動く肩、だが包帯を失くした目は力なくオレを睨みつけ続ける。隣人の死体…屍体? 見つめられながら…ベッドの下で、息を殺して、存在を消して、伏せ続ける。片腕を失くした黒焦げのナースは、ベッドの真横まで来て、わざわざ、辺りを見回して探す。その体は足元から、もげた肩口から、解れた髪先から少しずつ、崩れていく…黒い粒子が空間に溶けて消失していく。そんなナースの身体を見せるようにパーンした映像に従うオレの視点は、ナースの頭からさらに上へと上がり、天井付近で、病室全体を俯瞰するような位置に固定された…頭上からの映像。オレは、オレの実際の瞳から正面を見る視界と、上から見下すふたつの映像の両方を、同時に混乱することなく見ている。首を振り、浜辺でピンクの貝殻を探すように、振る舞うナース、その横、ベッドの下、骨組みだけで、姿が丸見えで、床へと這いつくばったオレを、オレは上からの視線で見る…なんでそれで気がつかない? やがて、目的のものを見つけらずに、落胆したように一声、恨みにも似た呻き声をあげて踵を返したナースは…出入口へと向かい、途中で、膝から崩れ落ちるように跪き、力尽きた猫が寝転ぶように床へと横になって、黒い塊になると、そのまま、黒い胞子となって空中へと消えていった。
完全消滅のエフェクト…最後に一つだけ、小さな光る粒子が現れて、途切れる。
「ふう」
これでここのドアは解放された。行動はすぐに再開しなければならない。しかし、すぐに外に出てもいけない。
時間フラグ。
そんな厄介な目に見えないものさえ使って、このゲームは成り立っている。




