Try n Dead 狂気系不条理ホラーゲームに転生させられたオレはゆるく死に急ぐ #192
セント・ミカエル・ラザフォード病院からの逃亡 #192
やっとか…黒人俳優に良く似た白い髭と頭髪のおっさんは、その年齢に似合った自身の苦労を労い、労わる声を上げると、持った杖でオレの…マイケルの体をつつきはじめ…おいおっさん、その杖、トイレの中でも使用したんだよな? 拭いてきたのか? を、確認するように根気よく、入念に威勢よく、異なるところを何度も確かめるように、試し拭くと、深い人生を感じさせる、ため息をついて、
「ふう…やっとか…気味の悪い連中がいなくなったと思ったら…今度は違うものとは……。本当にこの病院はどうなってしまうのか…もういいぞ、出てきても大丈夫だ」
そう先の暗闇に、安心させるように声をかけた。舞台の上、スポットライトが登場人物がその輪の中に入って来るのに合わせて、ゆっくりと広がって行く。小さな走り抜けるような足音がふたつ、それに追いすがるように駆ける音、やや淡くなった闇の向こうから、二人の兄弟が興味津々と行った目をして最初に現れ、母親がやはりカバンを取り落としたとでもいうように踵を返して、明かりから出ていった。反対からは入院服の青年、待合室にいた老人、スーツ姿の中年男性が現れ…誰? その後ろから咳をした少女を連れた母娘が辺りを気にしながら恐る恐るといった感じに顔を出し…床に転がった屍体に小さい悲鳴を上げて、娘が母親の足に顔をうずめた。薬局にいた老人や老婆が…下半身がないのにどうやってか? 出てきて…杖一本を支点してぴょんぴょんという感じに、大柄のナースと、違う色のプレートを付けたナースがふたり…ひとりは第二診察室から顔を出して車椅子の老婆を探しに行ったナースだ、さらに最後に細身の、いかにも新人といった風情のナースがそれぞれ思い思いの歩き方と気怠さで集まり、周囲を…彼らも待合室には近寄らない、半円形に、ライトがあるぎりぎり、自分たちの姿が、観客から見えるか見えないかという位置で、屍体を囲んだ。白いバケットを持ったナースがいない、車椅子の老婆も…ほかに何人か、病院の廊下を歩いていた診察を待つ患者の姿もこの中にはない。
「おじさん、真っ二つだ。死んだの?」
おじ…弟の目を片手で塞いだ兄が、道路に転がっている昆虫の屍骸を見つけて喜ぶ小学生のような口をしてそういうと、周りに集まった1階に棲まう人々が口々に、それぞれ異なる見解で異なることを話しはじめた…まったく要領と内容のない会話がしばし繰り広げられる。兄の手を嫌がった弟が無理に兄に押えられた身体を引き剥がそうとぐずり出し、母親が自身の足元へとそっと、優しく招いて抱きしめる。堪えきれなくなった少女の咳が酷くなり、蒼白な顔をしてしゃがみ込むと、その背中を母親が心配そうに擦り出し…ナースの一人が慌てたように母娘に近寄り、労わるように包み込んだ。入院服の…燃え盛る炎の中に入れられ、無理矢理、黒焦げにされたというような、頭部に酷い火傷を負った青年が、プレゼントの入った袋を引きずるサンタクロースのように、マイケルの半身を無言で運び、廊下の真ん中に置くと、面白い遊びを見つけたというような満面の笑みをした兄が、青年について行って、持つ場所が先にしかない足を運ぶのを手伝った。だが、兄はなにを思ったのか、そのままの格好で半身同士をくっつけようとして悪戦苦闘し、黒人のおっさんに、それは反対だ、と真面目な呆れられた声で怒られた。老人を除いた男性の何人かで、重いマイケルの身体を上向かせる。
?
…断ち切れた腹の中、ちょうど臍のあたりで切断されたマイケルの中には腸がまったくなかった…マイケルの身体は、なにか粘土のようなもので全身を作られ、平らに均された灰色の断面が、切り口に見えているだけだった。腸を喰われていた…引きずり出されて、母親やナースに、それがない…もともとなかった? いやあの引き千切られるような凍った触感は、内臓疾患を患った時に被る腸の痛みだった…変更された? ならなんでこんな表現に変わった? ここに棲まう人々の目には、マイケルは人ではなく、粘土で作られた人形のような存在に見える? 感じる? そんな考えが脳内を横切り…確かめる手段がねえな、と脳のどこかにそんな違和感を保存しながら、思う。もし戻ることができたのなら、聞いてみることにしよう…も一度、おっさんたちに会えたのなら。そんな感慨にも浸る。
大抵のそういった感情は、叶わないからそう思う、そんなことはもうすでに分かっているというのに……。
ピーターに蹴られ、踏みつけられたはずのマイケルの屍体には、どこにも足跡やへこんだり鬱血したり、痣になった箇所がなかった…いつの間にかパジャマや肌についた血の瘡も解れもない。マイケルの身体はただ、きれーに一刀両断に半分にされた、というような状態で横たわり…無理に身体を付けることなく、近づけると自然に半身同士がくっついた…両方の半身から内臓が意思を持ったように出て来て交わり、絡み合ってマイケルの身体を接合し、生前の姿に戻って行く…と、いうような再生の仕方ではなく…ちぇ。不思議なのは…断ち切られたパジャマ、上着のシャツの裾、その切れ端は下半身の方にあった…なのにそのパジャマの端は、脚をそんな風に引きずってきたというのに、外れもズレもせず、マイケルの腰に魚のヒレのように固定されたまま連れてこられ、縫うことも何もせずに端同士が元の位置に間違うことなく、接着した…元のパジャマの姿のマイケルができあがる。布切れが切れていたという痕さえなく…この切断面に縫ったようなギザギザの跡が残っていたら、キムの身体がああなった、という解決の糸口になった…りはしねえな…たぶん、そういうもの、何だろう…意味はない。大抵の期待というのは逆説的に発露し、根拠のない期待というのは成就しない。あくまでゲーム的に、安易に簡素に、元に戻った、ただそれだけの事象を傍から見る。
淡い黄白い明かりの中、舞台に並ぶNPC? たちがそれぞれ、力を合わせて、マイケルの身体を合わせ、上向きに、胸の位置でない指先を合わせさせ、祈るように眠る屍体のポーズを取らせた…ジュディの身体を無視して、すぐそこにあるというのに、うつ伏せのまま放置する…見えていない? いや…気の毒そうに何人かがジュディへと目線を送る…だが、彼らは全員、統一された決定として、ジュディを無視するように動いた…咳をした少女が幼い泣きそうな眼をしてジュディを眺め、母親の服の裾を引っ張る。それに母親が、柔らかい優しい顔をして小さく首を振る。そこに並ぶ皆が首をうなだれ、マイケルを見つめ、ただ、静かになにかが起こるのを、起きるのを、到着するのを待つ…と、黒人のおっさんが、
「その女性もこちらへ…一緒に祈ってやらないといけないだろう、青年を知っているようだった。このまま放置して、あの連中のようになられても困るしな………」
とジュディを見ずに、宣教師のように語った…あの連中?
言葉の端々に含まれる言葉、それを取り逃さないようにする、それにしても……。
こいつらにはオレが見えていない…それだけは確かだな……。




