Try n Dead 狂気系不条理ホラーゲームに転生させられたオレはゆるく死に急ぐ #189
※さよなら ピーター
※2026/07/22誤字脱字を修正しました
※2026/07/23さらに誤字脱字を修正しました
セント・ミカエル・ラザフォード病院からの逃亡 #189
腕を失くした耐えられない痛みにピーターが喚く。つい今しがた起きたことに気が付けない男は、大災害に遭遇した動物が半狂乱で逃げ惑う時の目をして、滅茶苦茶に身体を振り回した…それが自分の尊い願いが叶う、唯一の教えである、と蒙昧している信者のように。やがて、願いが通じ自身の身に悲劇的なことの何一つが起こらず、どこにも母娘の姿がないことに気がつくと、呆けたように戸惑い、安堵したように膝から崩れ、歓喜したように狂気を含んだ声で笑いだした。
「あはは…あははははははははは……、あはははははははははははははははは……」
ふたつの口から放たれる、共鳴して響く、研磨機で金属を削る音に似た笑い声…あまりの可笑しさに目尻にクラウンの化粧を作ったピーターは、一頻り、達成感と高揚感を堪能すると、神に感謝するように目を瞑って天を仰いだ。ピエロのように持ち上がった頬を、自分で行った化粧が落ちていく…どこかにいる神様が自分だけを選び、幸運を恵んでくれた事に、感謝を捧げるように祈りを終えると、同じ笑み、同じ笑い声で、オレの…上半身だけで底に伏し身動きひとつしないマイケルの屍体を、心征くまで、ボールを高く飛ばそうと意気込む子供みたいに蹴飛ばした…訳の分からない罵倒、通用しない非難、知りもしない人格の否定を口にしながら。後頭部のチューリップの花弁のようなスリットが、その隙間から、死んだ犬が口から垂らす、紫に変色した力ない舌が、夏の日のポニーテールみたいに不規則に、愉しそうに跳ねる。まったく反応せず、抵抗もしないマイケルの屍体をつま先で、踵で、足の裏で、靴と一体化した脚で、両方の口で涎と唾と舌をだらしなく垂らしながら、容赦なく痛めつけたピーターは、マイケルの両方の腕さえも自身と同じようにもぎ取ろうと力強く踏みつけ…逆に足に酷い傷を負って、威嚇する猫のような声を上げてその場で転がりまわった。人格のない自身の痛みにさえ罵倒を投げつける。
「ふぎゃああああああっ! 痛いっ、クソっ、このっ…うぎゃあああああっ!」
予期していない反撃に誰も賛同しないであろう暴言を論い、ピーターはのたうち回った。あまりにも単調なピーターのお遊戯は、右腕にもギブスにもなんの被害も与えられず、ただピーターの足をストンパーのように弾き返した。なんとか成功体験を維持したいピーターは、止せばいいのに、未だ突き刺さったままの目障りな目印目掛けて足を繰りだし…見事きれいに足裏を、ざっくりという表現がしっくり来る返り討ちのされ方で、切り裂いた…どす黒い、紫が含まれた体液が床の上で軟体生物のように丸まる。脚に負った、目が覚めるような痛みに、やっと我に返ったように「ハッ」、目を見開いたピーターは、駄々をこねる赤ん坊の動きを停め、ぎこちない荒い息で、状況を認識したのか、壊すのに飽きたのか、満足したように紅潮した顔で天井を見上げ沈黙し、思考し視線を廻らし、自身の心身の状態を確かめるように上半身を手を使って起こそうとし、大事な先がないことに気づいて、体を蛆のようにくねらせながら、持ち上げた。
「はあ、はっ、はああ…はっ、はっはっはあっ……」
落ち着こうと呼吸するピーターの息に連動するように、後ろのだらしなく空いていた口が、女性の襞のように閉じていった。ぴったりと隙間なく塞がると、以前の小さい癖のある髪が跳ねる頭がそこに出来上がる。肩で息をしているように体全体を上下させ…前面の顔の口は呼吸をしているようには見えないのだが、少女も母親も、自身の敵が皆、斃れ、もう自分の周りにはなんの脅威も存在していないことを再確認すると…急に、怯えるような冷静さで、辺りを挙動不審に探し回り出した…ない、ない、と小さく口が動く。脚と腕の痛みに顔を歪め、倒れ込んだジュディとマイケルの身体を、また笑い出しそうな頬を無理にという具合に控え、自身が頼りにしていた銃が見つけられないと知るや、また誰かに原因を押し付ける悪態をつき始めた…その声はもう以前のピーターのものだった。
「くそっくそっくそっ…取り逃した、絶好の機会だったのに…どこへ行った? どうやって消えた? くそう…あと少しだったのに…こいつが! こいつらが邪魔さえしなけば…全部上手くいったのに…はあ、仕方がない、ああ、腕がない…直さなければ…大丈夫だ、すぐに治る…銃はどこに行った? あれがないと…くそう、上手くいっていたのに…邪魔さえなければ、全部上手くいったのに…大丈夫だ、大丈夫…まずは腕を直そう…そうだ、俺の腕を、あの超絶技巧を誇る素晴らしい腕を…誰を犠牲にする? アイツを…あいつらを使えば…!? やめろっ、ちがっ…やめろぅっ!」
ふらつきながら、もうほかの些事は目に入らないというように廊下の奥…第二診察室の前まで足を引きずって行ったピーターは、開け放たれたままの扉に入ろうとして…奥から延びてきたいくつもの黒い手に捕らえられ、否定する言葉を上げながら、引きずり込まれて行った。診察室の扉が錆びついた…甲高い女性の声に似た音を立てて閉まる。閉じられた奥…贖罪を訴える悲鳴、相手を罵倒し非難する叫び声…そんな非業を訴える音が木霊して聞こえる中、女性の、引きつり笑いの声が混じる。骨に穴を開けるための電動ドリルがなにか固いものを穿ち、切り離すための電動のこぎりが何かを固いものを切り落とし、歯を治療するグラインダーが何か固いものを削り…スピーカーの配線が突然、断ち切られたように、全てが急に止まった…どこかに潜む誰かが相手を窺うような静寂。その静寂に紛れて、濡れて重くなった絨毯を引きずって行くような擦れる音が、歩いては止まり、歩いては…と繰り返して…扉が静かに開き、消えた。まるでお前がこちらに来たら同じようにしてやる、と招くように……。
興味を持って覗く…なんてことはしない。イベントはもう終わった、死に戻りの時間…のはずなんだが…起こらねえな。本当にどうなってんだ?
※またあとで再登場するかどうか…




