Try n Dead 狂気系不条理ホラーゲームに転生させられたオレはゆるく死に急ぐ #183
セント・ミカエル・ラザフォード病院からの逃亡 #183
いつの間にか目の端の数値が100を超えていた…いろいろと会ったからな…2分と少し。どおりで維持が長い。プレイヤーに遭遇すること以外、上昇する要因が全くわからないが…いままで何とも思わなかった数値が、100という文字を見た途端、焦りと心許なさを奥底から湧き上がらせた。どうも人というのは切りの良い数値に弱い…到達したらしたで、しょうがないと開き直るだけだが……。
「なんだ? どこを見ている? 何なんだよお前たちは! 人類の壮大な計画が…いやそうか、バケモノだからな。人の高尚な考えなんて理解できるはずもないよな…そうか、そうだよな……」
明らかに虚勢を張ったピーターは少女から目を離さないまま、自分の髪を掴み揉んだ。待合室の奥にいた少女はいまや異常の中心、いまだ魔法陣が残る穴の真上に、等身大の人形のように浮かぶ。瞬間移動でピーターへと近づかない? 歩いているようには見えなかったが…瞬く間に距離を詰めて切り伏せる、という殺し方に躊躇しているように見えた…どこか上の空というか…どこを見ている? その視線は、母親に惨いことをしたはずのピーターへと向かっているのではなく…オレがピーターの後ろを通って左に回り込むと、オレを追うように目線が右へと向き、オレが天井近くに上がると明確に上を向いた…えっと…見えている? 少女が小さく首をかしげるような仕草をして目を瞬いた…見えているのか…厄介な。逆にピーターは少女の動きを注視していなかったのか、狼狽したまま、周囲が溶けていく様子に気づいて声を上げた。
「なんだっ! 今度は何が起こっている? なんでこんな……」
何が? って、ただ表面がいつもの病院に戻って行っているだけ、何も不思議なことはない…だが、この正常性異常バイアスに慣れていないようなピーターは、周囲の壁や天井に貼られた、柔らかいテクスチャーが剥がれ落ち、凄惨な錆と飛沫の痕と、黒い血の世界へと変貌していく様に、泣き出しそうな顔に歯を見せて笑った。理解の許容範囲を超えた出来事に触れた人間が感情と理性を制御できなくなった時に創出する解離行動と非感情の放出。ピーターの表情と言葉には、如実にそれが表れていた。抑えきれない本能が露出して、身体を守ろうと殻に閉じこもりたがり、だが内だけで処理しきれずに、外で解消しようとして、間違った方向へと発散する…いわゆるヒステリー。ただこいつの場合はその状態に、シニカルが含まれていた…自分に都合がいい解釈で……。
「大丈夫だ、落ち着け…オレは何も間違ってはいない、間違ってないんだ…そうだ、何事も上手くいっている、上手くいってるんだ…落ち着け…装置はなくなったわけじゃない…そうだ、アイツらが持ち去ったんだ、アイツら…アイツらが…自分たちだけ…自分たちだけで上手くやるつもりなんだな…手柄にするつもりなんだ…くそう…探さないと…こんなことしている場合じゃない…早く戻って見つけないと…なあに簡単だ、簡単だ、すぐに見つかる、見つけられる…大丈夫だ、何ともない…大じょ…!」
なにかを試みようとしている時、なにか行っている時、何かと対峙している時、ほかの事を考える、ほかの事に気を囚われる、それは大抵、上手くいかない状態からの合図だ…上手くいくはずだった物事は、そういった些細なことで転落する…これ以外にも要因があるが。人はこれで上手くいく、ということは実際にはわからない。だが、これでは上手くいかない、ということだけは直感的に知ることができる。ただ…報酬矮小という心理が、損をしたくないという欲望が、今までのことを無駄にすることができない感情の縺れが、耳に蓋をしてその小さな声を聞こえなくさせる、いまのこいつのように……。
「ぐぁああっ」
「ひっ」
エフェクトの出ていなかった母親が、近づきすぎた位置で小さく右往左往するピーター、目掛けて立ち上がった…身体に空いた複数の穴から血を流し、腕を振るう…やられたフリ、この病院にいる奴らはこれがすごく上手い。急に立ち上がって驚かす、戦慄迷宮のキャストのような母親に慌てたピーターが、反射的に銃の引き金を引いた。連続して鳴り響く銃声。母親の身体はもはや銃撃など意に介さない、とでもいうように平然とピーターの腕を払い、子供を上から叩く母親のように大きく腕を持ち上げ…そこで力尽きたように膝から崩れ落ちた…操る糸が切れた人形のように丸くなる。大人しくなった母親のその頭めがけてピーターは銃口を向け、幸運に恵まれた男性が自然と口の端を持ち上げるように興奮すると、一拍置いて、溜めていたものを逃がすように引き金を引いた…直前、腕が切り落とされた。溜めることも何もする必要もねえ…自己満足と高揚感に浸るような隙はここには存在しない。そんな些細な宝を確かめようと手を伸ばしたピーターの近くへ、少女が歩いて近寄り、腕を切り飛ばした…手首と肘のちょうど中間あたりを。固い金属音が奥へと転がって行き、「ぎゃあああああっ」痛みを我慢できないピーターが嫌いな虫に遭遇した女性のような悲鳴を上げて床へと転がった。それでも少女を牽制するように脚を動かし、痛みを紛らわせるように痛いを連発した。
「痛ぁい痛いっ痛ぁい…どぅうしてだ? なんでだぁ? なんでみんな邪魔をする? 人類の進歩のためにこんなクソみたいな所まで来て、がんばっている俺に対して…なんでこんな酷いことをする? なんでこんなことになる? 俺の邪魔を…そうか…俺が成功するのがそんなに気に入らないか? 栄光を手にするがそんなに嫌か? ははは…そうか、俺の…俺への嫉妬か…仕方がないな、気に入らないんだろう? 俺だけが脚光を浴びるのが…お前たちの勝手な不満をこっちに当てつけないでくれ!」
いってることがめちゃくちゃ…人類の進歩に寄与しているから自分は何をしてもいい、どちらかというとアホな政治家のセンセーがよくいう謳い文句、言い分だが…そんなものにすがっている時点で…まあいいか。




