Try n Dead 狂気系不条理ホラーゲームに転生させられたオレはゆるく死に急ぐ #178
※2026/07/05いくつかを改訂しました ですが未だ長くてすいません 2800文字ぐらいしかないんですが…うーん
セント・ミカエル・ラザフォード病院からの逃亡 #178
「ぎゅえーげっへっべっげゅっげゅっげゅっげゅ……」
羽はうねった。だが個体は未だ空を飛びはしない。元、人であったものが腕を広げたぐらいで旅立てるのなら、あらゆる子供も自由を手にできる。口惜しさを声に出した個体は、諦めきれずに首を不格好に巡らせた…視覚がそこにあるようには見えない。だが、なにかの感知でもって周囲を探る…目が退化した深海魚が異なる感覚で獲物を探すような挙動で。
顔をそむけたくなる臭気。困惑を確かに浮かべていた少女が、個体がそんな風に変態していく様に惑った。オレへと向けていた視線を、危険と感じるそちらへと合わせる。少女と個体の間には少年の身体が彫像のように置かれていた。
個体の首が伸び、反対になった少年の顔を確認するように覗きこむ。嗅覚を備えた器官も放棄していそうな頭部…臭いを確かめる動作。喰えるもの…そう判断した個体が花を咲かせるように頭を開き、少年を取り込もうと挑んだ。
不思議なものを見るように少女がそれを見逃す…自身にうり二つの、切り殺した少年の遺骸に愛着も関心も見せずに…個体の首がズレ落ちた。光の残像が弧を描き、切り裂く音も衝撃もなく、少女が腕を振るった…か細い腕に伝わる些細な反動も、切断面から血液が飛び散るような演出もなく、首を切り落とした。木の枝が突如、折れ、地面に叩き落ちたような地響きと悲惨さ。ヘタった太い枝が短いくぐもった声を上げ、頭の切れ目が力なく崩れ、苦い表情で押し黙った。
首から先がない個体、黒板を爪で引っかいたような音で悲鳴を上げ…体のどこかにほかの発声器官がある? 蟻に集られる猫のように体を捩らせ、のたうち回った…でも生きている。傷口からは重油のような体液、それが撒き散らかり、周囲が侵食されたような臭気と蒸気を上げる…だが少女に飛沫はつかず、純真なまま。手羽をうねらせ、憤りを滲ませた個体は、肋骨の足を床へと打ち付けて、モールス信号のような調子で苛立つように威嚇した…反響した音が廊下を走り抜けていく。落ちた首が崩れ液化し床へと吸い込まれ…完全消滅のエフェクト、残った本体が、メインカメラをやられただけだ、ということに気づいたように大人しくなり…卵を産む直前の雌鶏のような震えで新たなデスマスクを生やした…切られた首の断面から新芽を伸ばすように。頭の先端が分割し口が開き…今度は頭を上へと持ち上げ、甲高い声で産声を上げた。個体の上、衝撃波、みたいなエフェクト、周囲の音が途絶える…消えた? 聞こえなくなった周囲…耳が閉じたような感覚。高い電子音に似た耳鳴り…聴覚喪失? 空間にある物質が音自体を伝えていないような肌感覚…振動阻害か? 周りに存在している奴らは、誰も何ともないように平然とし…胞子とオレだけはその音に被害を食らう。中央に揃った個体どもが、その声に応えたように身震いし、変態をはじめた…どうしてこう変態って奴は決めポーズに、中二病みたいな格好を取りたがるのか理解できない。
少女が目を萎めてその動きに引いた。会ったことのもない親戚のおっさんに、馴れ馴れしく声をかけられたような緊迫感でもって……。
衝撃で…少年の遺骸が床へと斃れ込んだ……。
胞子だけが恐慌状態に陥ってフリーズした。聴覚異常だけではない…行動不能? それを食らったように。
一連の動きに連動してか…どこかからビーコンが鳴った。耳障りな電子音が、高い長い小さな余韻を残す…完了したという告知のような終わり方で。聴覚喪失は一瞬だけ? その音は他の誰にも聞こえてないのか、オレ以外は誰一人、気にした様子もない。
頭の重さに耐えられずに、少年の遺骸が後ろ向きに、顔を床に叩きつけるように斃れた…眠気に耐えられなくなった子供が大の字に寝るように。固いはずの頭蓋骨が、意思を失くした頭部が、身体の下で、熟れすぎた果実のように潰れた…膿色の液体が蒸気を上げる。人の頭はそんな簡単に潰れる物ではないが…もう枯れた、とでもいうように、黒い体液はどこからも出てこなかった。
少年の遺骸を挟んで、間合いを探るふたり…達人のような風格にどこかのんびりした閑散さが同居する。
その間に…中央に集まった狂信者たちが…胸を開いて、癒着させた…混然一体となる、繋がり、それぞれの身体で…歪な人の塔を作って行った。背中に押し付けVの形になった腕が、手のひらから肩まで、左右に分かれ…骨の間に膜は張られない、広がったWにすると、指先と爪が枯枝のように伸び、四方八方へと不規則に電波を受信するためのアンテナのように備わった。濡れたような爪が光を鋭く反射する。
体育祭などで、日本では男子が人の塔の土台をこんな風に作る…それにそっくりな組み方。
狂信者たちの脚が…股関節が通常とは逆方向に、外へと折れ曲がった…太腿の前を地面に着け、イソギンチャクの足のように床にへばりつく。首と背中が伸び…外へと膨らむ、背骨の横の筋肉が楕円形の突起のように盛り上がる。足先がやや外へ角度をつけて伸びて…誰しもがアキレス腱を三角形に切り落とされていた、尖った先端を見せ…均等に置かれた塔を誇示するオベリスクが現れた。もしくは…何人も近寄るのを拒否する、尖った先を持つ防御柵。
人が作り、人で組んだ、人の塔…真ん中には空洞…そこから殲滅兵器が発射され、敵をことごとく葬る…という事なら、レクイエムと呼んでも差し支えない…そんな象徴。
自慢げに、人の塔が胸を張りだした…首と背中を後ろへと反らしだす。アンテナの間で広がる、なにかを示唆する完全対称で幾何学的な、でこぼこ。上部に残った顎、口の間が裂かれるように広がり、頭の上部が、上下逆さまにセンサーのように目を見開いた。顎の上に中からドーム状の円形が持ち上がる…砲台じゃねえのか。互いの腸でできた球体のシンボル、真ん中の空白を埋めるように、口の土台の上へにそれが置かれた…ドップラーレーダーにしか見えねえが。人で作った冒涜的な大聖堂…電子顕微鏡で見るウイルスに見えなくもない……。
歓声を喜ぶように、人の塔が哭いた…やはりこいつらにもどこかに発声器官がある。個体に似た呼ぶ笛。
そこに祀られているのはもはや人の作った神ではなく、己自身なのだろう…オレたちサイコー、とでもいうように人の塔は自慢げに聳え立った。その頭は天井まであと少しというところ…自身を神に例えるなど、狂気に支配されているとしか思えないんだが…まあいい……。




