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「お札と鏡の設置、もう済んだな。ぬかりねぇに」
「これで『本体』を『招き入れ』『捕捉する』結界はできたわけだ。残りの荷物は鉾と木槌と、あとはなにがあったっけ?」
「祓串もちゃんと積んであっぞ。たぶん傷んじょらんと思うけどな、念のため、もっかい見ておいた方がええに。ま、何するにも、まずはちぃと一服すべぇさ」
場所は『大王神社』。
大王わさび農場の中心部に位置するこの神社は、坂上田村麻呂率いる朝廷軍が、八面大王の胴体を祀った土地に建てられたものである。
正面に構える石造りの鳥居には、紙垂と黄金色の房飾りが等間隔に下がった太く立派な注連縄が掛かっており、そこから一〇メートル伸びた直線状の参道の奥に、銅板葺きの屋根をもつ本殿が鎮座している。対になった計四体の狛犬が、鳥居と本殿の両方に配置されており、スギやケヤキの緑に囲まれた神社は、簡素ながら、静謐で神秘的な空気に包まれていた。
「しかし、ここに『本体』を呼び寄せられなかった場合はどうする? 人払いのお札は貼ったから、観光客がどっと入ったタイミングで現れるリスクは回避できているわけだが」
「そのときゃ、そのときっちゅうこったに」
柔らかな色の木材と白壁を基調とした、低めの瓦屋根の小屋。
それと石造りの参道の間を仕切る格子状の目隠し塀の前を通りながら、カイザーとエクレールは顔色を曇らせる。
「そもそも鎮められるかどうかの心配が先、か。なぁエクレール、やっぱり他のみんなにも手伝ってもらうべきなんじゃないか? 現に、この前『本体』が現れたときは、俺とツーちゃんなしで鎮魂したわけなんだし」
「あんときゃ、成り行きで、そうせざるを得んかっただけさ。ハクヤ君にしたって、この土地の生まれでもなんでもねぇんだでな。こっちで一時預かっとる、まだ若い子を危ねぇ目に遭わせる──そんなこと、できるわけねぇずら?」
「それもそうだが」
大王わさび農場の施設を出て、広い駐車場へと向かう。
乗ってきた軽トラまでやってきたところで、二人は雲行きが怪しい空模様に気づいた。
「雨雲か? 今日は晴れ予報のはずだが」
「…………、」
安曇野をはじめとする山岳地帯の天気予報は当てにならないものだ。
地形が複雑であることから風の流れ、すなわち雲の発生と移動が局所的に変化するためであり、わずか数キロ離れただけで天気が違ってしまう。晴れた安曇野の土地から約二〇キロ離れた松本の空を見たら、分厚い雲が雨を降らしていた、なんてことはざらにある。
山間部には平地ほど気象観測所がないため、こういった地形性降雨を予測できないのはさして驚くべきことでもない。
しかし、エクレールは、頭上の空の青を黒く塗り替えていく雲に対し、直感的に違和感を感じていた。
ワサビグリーンの魔術師は、東の空へと目を凝らす。
雲のなかに。
飛行機でもヘリコプターでもない。
空を舞うなにかの影。
だが、その正体を明らかにする間はなく。
二人の背後。
轟く落雷。
視線を後ろへ戻さずとも、魔術師と、フリューゲル魔法城幹部は、背筋をぬるりと撫で上げるような不吉な感触を及ぼす主が、なんであるかを悟った。
八面大王。
最後の『本体』が、安曇野の地に降り立つ。




