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氷結の夜明けの果て (R16)  作者: Wolfy-UG6
プロローグ - 第1巻:新たな人生
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第4章:冷たさの抱擁の中で

森の静けさは、まるで超自然的で神聖なもののようだった。そこには、音という存在そのものが許されないような、完璧な静寂が広がっていた。

だが、その欺くような静寂の奥で、風のかすかな囁きが針葉樹の幹の間をすり抜け、雪の重みに耐える枝々を揺らしていた。

一つ一つの息吹が雪の粒を舞い上げ、それらは束の間踊るように宙を舞い、やがて詩のような軽やかさで純白の大地へと舞い戻っていく。


白銀の大地は果てしなく続き、鈍く光るその表面は、灰色の雲に覆われた空からかすかに差し込む光を映していた。

その完璧な冬の風景には、足跡ひとつなく、命の気配を裏切るような音さえも存在しなかった。

それは、永遠の冬に閉じ込められた、静止した絵画のようだった。


――まるで夢を見ているようだ。でも、どうして…こんなに空虚なんだ?

そう思った彼は、困惑していた。


その凍てついた光景の中心で、一つの異変が目を覚ました。

黄金色の光柱がゆっくりとほつれ、その輝きは次第に消えていく――まるで、消えかけた焚き火の最後の火の粉のように。

その現象は、氷の世界に差し込んだ異質な温もり。場違いとも言える、神秘的な存在だった。


その光の麓に、ヴェイルが雪の中に倒れていた。

その体は動かず、消えゆく魔法陣の鼓動と対照的だった。両腕を十字に広げて、粉雪に沈み込んでいる。

呼吸するたびに、白い吐息がゆっくりと立ち昇り、やがて凍てつく空気に溶け込んでいった。


「さ…寒い……なぜ……?」

ヴェイルはかすかにうめいた。

その声は、広がる静寂の中でほとんど聞こえないほどの、微かな吐息だった。


まぶたが小刻みに震え、開けようと必死に抗っていた。まるで見るという意志そのものが、耐えがたい試練のように。


「動け……動かなきゃ……でも、体が……なんで動かないんだ……?」

彼は震える声で、混乱しながらつぶやいた。


冷気は骨の奥深くまで侵食し、残されたわずかな熱すら奪おうとしていた。

鈍い痛みが筋肉に広がり、それは氷の針が肌を突き刺すような感覚だった。


「今じゃ…ない……ここで終わるわけには……」

震える身体で、彼はうめいた。


その呼吸は弱く、不規則で、雪の上に霜がじわじわと広がっていく。

かつて温もりを与えていた黄金の光も、今や消えかけ、彼を白の世界に取り残していく。


――ミシッ。

かすかだが、確かな音が沈黙を破った。


遠く、雪を纏った木々の間に、ぼんやりとした人影が動いたように見えた。

それは不鮮明で、まるで現実感のない幻のようだった。


ヴェイルは目を細め、視界に映るその存在を見極めようとした。

それは現実か? それとも、死に瀕した精神が生んだ幻覚なのか?


「誰か……?」

彼は驚いたように、つぶやいた。


だが、疲労が彼を捕えた。まぶたは重すぎて、もはや抵抗しきれない。


「まだ……終われない……」

かすかに息を漏らす。


残された意志を必死にかき集め、彼は再び目を開けようとした。

今度は、空に満ちた淡い光が、彼を静かに迎えてくれた。


彼の周囲に広がる世界は、まるで異国だった。

頭上には、堂々たる針葉樹の枝が不規則な天蓋を形作り、その枝は雪の重みに耐えてしなっていた。

枝の隙間から覗く空は、どこまでも鈍く、今にも降り出しそうな重苦しさを帯びていた。差し込む冷たい光は、むしろ風景の荒涼さを一層際立たせているようだった。


彼は何度も瞬きをしながら、混乱した思考を整理しようとした。

だが、頭の中は濃霧のようにぼんやりしていて、どんな思考もかすかな残響として遠ざかるだけだった。

その中に、奇妙な感覚がゆっくりと忍び寄ってくる――不穏な違和感。まるで自分の体が自分のものではないような、そんなズレ。


「俺の……手? なぜ……どうなってるんだ……?」

ヴェイルは、ためらいがちに呟いた。


震える手をゆっくりと目の前に持ち上げた。

その肌は滑らかで、どこか現実感がなく、ぞくりと寒気が走った。

そこには、何かがおかしかった。まるでこれは自分の体ではない――そんな印象を強く受けた。まるで、初めて触れる身体に、自分自身を重ねることができないような感覚。


「これは……俺の体じゃない。全部が……偽物だ。完璧すぎる。いったい、何が……?」

混乱したまま、彼は吐き捨てるように呟いた。


背筋に冷たい震えが走る。それは、発見への動揺と周囲の寒気が合わさったものだった。

彼は歯を食いしばり、痺れた筋肉に命令を送り込む。

どうにかして、彼は体を起こすことに成功した。

雪は彼の体温により、わずかに溶け、体の輪郭を示すように跡を残していた。


「ここは……どこだ? こんなの……ありえない……」

ヴェイルは困惑のまま、呟いた。


彼はゆっくりと首を巡らせた。そこにあったのは、果てしなく広がる巨大な木々。

無言のままそびえる幹たちが、まるで謎の壁のように彼を囲んでいた。

そのどれもが、彼の記憶には存在しないもので、既視感すら感じさせなかった。


「ここは……俺の知ってる場所じゃない……どこでも……ない……」

ヴェイルは、まるで迷子のように、呟いた。


冷たい空気が肌を刺し、痛みすら感じるようになっていた。

着ている服はこの極寒に耐えられるものではなく、寒さを防ぐにはあまりにも心許なかった。


「動かなきゃ……ここにいたら、凍え死ぬ……」

彼は決意をこめて囁いた。


震える手を雪の上に置き、立ち上がろうとする。

だが、その足はすぐにぐらつき、体を支えるのもやっとだった。

一歩動くごとに、信じられないほどの体力を消耗する――それでも、彼は歩き出した。

深く雪に沈む足跡を一歩一歩刻みながら。


「一歩ずつ……ただ進め……他のことは考えるな……」

集中するように、ヴェイルは自分に言い聞かせた。


冷気は体の隅々まで浸食してくる。それでも、彼は立ち止まることを拒んだ。

この白き世界に足跡を刻むたびに、彼は何か――答えか、それとも未知の目的地か――に近づいているような気がした。


だが、その時。

新たな、そしてより深い不安が彼を捕らえた。

――「気配」だ。


木々の陰で、何かが動いた。

はっきりとした姿ではなかった。だが、確かに「何か」がいた。

雪をまとった幹の間を、まるで幽霊のように滑るそれらの影は、あまりにも滑らかすぎて、自然のものとは思えなかった。


「誰かに……見られている……?」

彼は警戒しながら、息を吐いた。


彼はぴたりと足を止めた。

吐き出した息が、凍える空気の中で静かに漂い、そして消えていく。

目は鋭く周囲を見回し、純白の森の隅々まで、影という影を探るように凝視していた。


すべてが、凍りついたように静止していた。

動かぬまま佇む巨大な木々。

沈黙の中で優雅に舞い落ちる雪の結晶。

それなのに――あの、息苦しいまでの「視線」の感覚は、消えることなく、彼にまとわりついていた。


――パキッ。


突如として、その静寂が破られた。

左側から聞こえた鋭い音に、彼の心臓は跳ね上がる。


続けて、もう一つ。

今度はより近くから、まるで警告するかのように。


「な、なんだ……?」

ヴェイルは動揺しながら、思わず呟いた。


彼は慎重に体をひねり、音の正体を探ろうとした。

だが、そこには何も見えない。

雪をかぶった幹がただ無言で立ち並び、その間を風が冷たく吹き抜けていくだけだった。


その風と共に、異様な臭いが彼を包んだ。

それは、雪の清らかさとも、針葉樹の落ち着く香りとも違う。

もっと刺々しく、もっと生臭い。

――まるで、獣の吐息のような。


「……何かがいる。俺は、一人じゃない……」

ヴェイルは、低く唸るように言った。


恐怖が彼の胸にじわじわと広がっていく。

それは容赦なく、鋭い風のように、衣服の隙間から心の奥へと忍び込んでくる。

だが、彼にはその恐怖に飲まれる余裕などなかった。


拳を握りしめ、震える心を押さえつける。

逃げたい衝動を、力づくで封じ込める。


「どんな存在でも構わない……ここで止まれば、終わる。今じゃない……」

ヴェイルは、決意を込めて言い切った。


彼は再び歩き出した。

今度は一歩一歩に、慎重さを滲ませながら。

雪を踏むたびに、かすかな音が空気に溶け、冷えた空に小さな吐息が消えていく。


木々の陰――そこには、まだ動く影があった。

ぼんやりと、だが確かに存在する。

その動きは自然のものとは思えぬほどに滑らかで、まるで意志を持つかのようだった。


無秩序ではなかった。

それは静かに、だが確実に、円を描くように彼を囲み始めていた。


「待っている……俺を観察している。だが、なぜ……?」

ヴェイルは、かすれた声で呟いた。


見えない視線の重みが、肩へと圧し掛かってくる。

一歩進むごとに、それはさらに重く、息すらも浅くなっていく。


それでも、彼は歩き続けた。


答えも出口も見えぬまま。

ただ、沈黙に包まれた自分自身の思考のこだまだけが、孤独な旅の証となっていた。


ヴェイルは、進む。

見えぬ視線の重圧を背負いながら――ただ一人で。

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