第2章:審判の眼差し
完全な闇が空間を満たしていた。
ヴェイルは辺りを見回したが、出口らしきものはどこにも見当たらなかった。
この暗闇の中で、奇妙な感覚が彼を包む。
まるで足元に地面など存在しないかのように、何の抵抗も感じない。
いや――何一つ、感じなかった。
彼は大きく息を吸おうとした。
だが、何も起こらない。
今度は右手を動かそうとしたが、完全な虚無が彼を包み込み、まるで何一つ彼の意思に応えてくれなかった。
(何なんだよ、これ……。
俺はいったい、どこにいるんだ?)
この漆黒の中では、自分の身体さえ見えない。
彼は脚でも腕でも、とにかく思いつく限り何かを動かそうと試みた。
だが結果は同じだった。
何の感覚も湧いてこない。
「誰かいるのかッ!!」
そう叫んだ。
自分にははっきり聞こえたはずなのに、反響はおろか、何一つ返ってこない。
まるで、この場所では音そのものが存在できないかのようだった。
(夢でも見てるのか……?
落ちた衝撃で、おかしくなっただけだ。
それ以外、説明がつかない。)
そう考えながら目を覚ます方法を探していると、不意に圧迫されるような感覚が全身を襲い、ぞくりと背筋が震えた。
彼は慌てて辺りを見回す。
だが、誰の姿も見えない。
「だ、誰だ……?
何が目的なんだ?」
わずかに取り乱しながら問いかける。
しかし返事はなかった。
そもそも、この場所で相手の声が聞こえるのかさえ分からない。
何も見えず、何も感じられないまま、それでも彼は腕を動かそうとし、前へ進もうとして出口を探し続けた。
そのときだった。
一点の光が現れた。
遠いのか近いのか、それすら判断できない。
だが、ようやく目指すべきものが現れたことに、ヴェイルは安堵した。
近づこうとした、その瞬間だった。
光は異様な速さで膨れ上がり、闇を完全に飲み込み、ヴェイルを眩い輝きで包み込んだ。
彼は目を閉じようとして――ようやく気づく。
自分には、もう何もない。
「何だ……これ?
お、俺は……何なんだ?
どうしてこんなことに……。
それに……俺の身体は、どこへ行った?」
不安を滲ませながら問いかける。
「シィィ……哀れな生き物どもだ。」
その鋭く擦れるような声が、ヴェイルの思考をかき乱した。
その言葉は全身を凍りつかせるほど冷たく、まるで耳元で直接囁かれたかのようだった。
彼は戸惑いながらも意識を集中させる。
答えが欲しかった。
「あなたは誰なんだ?
どうして俺はここにいる?」
問いかける。
だが、またしても返事はなかった。
この空間には、長い沈黙だけが広がっていた。
(で、俺はどうすればいいんだよ。
どうやったら目が覚める?
俺は……家に帰りたいだけなんだ。)
すると、眩しかった光が完全に消え去り、再び闇がすべてを覆った。
「解析完了。
対象との適合率は九十五パーセント。
処理のため、新たな器の生成が必要です。」
機械的な声が淡々と告げる。
「え……?
ちょ、ちょっと待ってくれ。
お願いだ、俺は家に帰りたいだけなんだ。
どうすればいい?
答えてくれ!」
ヴェイルは取り乱しながら叫ぶ。
「家に帰るだと?
お前に、もう帰る場所などない。
これより先、お前は我らが呼び寄せた目的を果たすのだ……人の子よ。」
擦れるような声がそう告げた。
その言葉は、重くヴェイルの胸へとのしかかった。
確かに彼の人生は決して順風満帆ではなかった。
それでも、終わることなど望んではいない。
まだやり残したことが、いくらでもあった。
そのとき、彼の前に赤い光が現れた。
それはゆっくりと左右に開き、まるで二つの瞳のような形になる。
そして、その視線が真っ直ぐヴェイルへ突き刺さった。
心の奥底まで見透かされるような、不快な感覚だった。
「組み立て工程を待機中。
注入のため、各対象を準備してください。」
機械の声が再び響く。
(組み立て……?
対象って……。
他にも誰かいるのか?
俺は……別の身体で生き返るってことなのか?)
混乱しながら考える。
「組み立てプロトコルを開始せよ。」
擦れるような声が命じた。
「ようやく人間どもにも、役に立ってもらう時が来た。」
「嫌だ!
そんなの認めない!
頼む、帰らせてくれ!
俺は家に帰りたいんだ!」
ヴェイルは必死に懇願する。
「承認。
処理を開始します。
転送を初期化。
分割済み魂の注入を開始。
五……四……三……二……一……」
機械の声が間髪入れずに続いた。
闇しかないはずの空間で、目の前にあった赤い瞳がぼやけ始める。
やがて完全に消え去ると同時に、ヴェイルの思考そのものも失われ始めた。
「や……め……て。
俺……は……望んで……」
最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
「各対象の分離、成功。
転送および各対象の組み立て用の器を待機中。」
機械の声だけが、最後に響く。
その瞬間、ヴェイルという存在は完全に消え去った。
まるで最初から、この短い時間の中でさえ、一度も存在していなかったかのように。




