三馬鹿
入学試験、俗に言うと入試。学生達の本格的な挑戦である。しかし、入試を無事突破しても、そこで勉強が終わるわけではない。学校に入れば、定期的に試験が行われる。いくら素行の良い生徒であっても、その試験の成績が悪ければ留年、あるいは退学処分を下されてしまう。勉強とは、学生にとって切っても切れない呪縛である。
五月中旬。咲達にとって最初の試験が行われた。初めだからか、試験の内容は初歩的なもので、入学試験をパスした彼女達なら難なく赤点を回避出来る内容だ。
試験が終了して三日後。採点されたテスト用紙がそれぞれの生徒に配られる。咲のテストの点数は、五教科全て九十点以上。胡桃の点数は平均六十五点とやや低かったが、英語は百点であった。
「咲ちゃん凄いね! 全部九十点以上じゃん!」
「入試よりちょっと簡単な内容だったし、ケアレスミスが無ければもっと点を取れたかな。胡桃さんは英語が百点なんだ。得意なの?」
「覚えておいて損は無いでしょ? アーシ、洋画がめっちゃ好きでさ。必ず字幕版で観るんだ。そしたら英語が少しずつ分かるようになって、日常会話くらいなら話せるようになったんだ」
「アタシは読めても喋れないタイプ。ちょっと羨ましいな」
仲睦まじく会話をする二人。そんな二人の会話を耳にしながら、剛美は自身のテスト用紙を睨んでいた。
赤点の基準はその学校によって変わるが、咲達が通う学校の赤点ラインは三十点。他校と比べ、かなり甘めだ。それすなわち、赤点を取ってしまうような生徒は、馬鹿を通り越して怠け者という事。
剛美は、五教科全て赤点。しかも一桁であった。ケアレスミスでこうなったわけでなく、むしろテスト用紙には空欄が一つも無い。それでいて、バツ印がやたらと多い。ある意味採点するのが一番難しいタイプであった。
(二人の間に割り込みたい。胡桃さんばかり咲さんとお喋りしてほしくない。でも、私の点数は雲の上を飛ぶ二人と違って深い海の底。手も声も届かない距離の二人に、一体どうして私の声が届くのでしょう)
「剛美はどうだった?」
「ハヒャッ!?」
「すっごい声。なにさ、結果が悪かったの?」
「アーシも似たようなもんだから。歴史のテストに地理を混ぜんなって話よな。マジで」
剛美は横目で胡桃のテスト用紙を確認した。胡桃が苦手と評していた歴史の点数は五十二点。百点中、半分以上も正解していた。そんな相手から似た者扱いされた事に、剛美は若干腹を立てた。
「お、お二方! テストはもう終わったのですし、テストのお話はやめましょう!」
「例えばどんな話さ」
「咲さんの可愛らしさについて!」
「却下!」
「ええ、いいじゃん! アーシが思うに、咲ちゃんってメイクすればもっと化ける! 薄いメイクでも良いけど、ゴリゴリに彩ってゴスロリとか!」
「ゴスロリ?」
剛美は慣れない手つきで携帯電話を操作して、ゴスロリを検索した。出てきたゴスロリに関する情報から、ゴスロリファッションした咲を妄想する。
『剛美。アタシとアナタは、前世で引き裂かれた姫と王子なの! その愛は変わらず現代のアタシ達に流れ、今もアナタを愛している! アタシの心臓をアナタの心臓に重ねさせて。二人が離れる事の無いように』
「もちろんです! 咲さん!」
「まーた妄想しちゃってるよ」
「さぁ、咲さん! 私とアナタの心臓を繋げましょう!」
「怖い怖い怖い! 発想が猟奇的過ぎる!」
正気を失った剛美によって、咲は教室の隅に追いやられた。胡桃は二人のやり取りをビデオに残そうと携帯電話を取り出した時、ふと剛美の席に目がいった。
「剛美さん……」
「私と咲さんの愛の誓いは誰にも―――ハァウッ!?」
「……これ、マズいんじゃないかな?」
胡桃に摘ままれてヒラヒラ揺れるテスト用紙。まるで闘牛よろしく、剛美はテスト用紙に向かって突進した。巻き込まれる間際、胡桃は間一髪の所で避けた。
剛美はクシャクシャになったテスト用紙と、机の上にある残りのテスト用紙をグシャりと握り潰して、二人から見えなくする。しかし、時すでに遅し。二人にとって想像もつかない点数に、二人の顔色は青ざめていた。
「わ、笑いたければ笑いなさいな! ええ、そうですとも! 私は推薦で入学出来ただけのお馬鹿さんですとも!」
「笑わないよ。ただ、ねぇ咲ちゃん……」
「うん。笑わないけど、危機感は持った方がいいね」
「危機感、というと?」
「剛美さん。今回の試験、赤点取った人は追試あるって知ってる? 赤点回避出来るまで、毎日放課後居残りで」
「ま、毎日ですか!?」
「赤点を取った教科だけの追試だけど、剛美は見事に全教科だね」
「さ、咲さん? まさか、見放したりはしませんよね? 私を置いて、一人で帰宅なんて事はしませんよね?」
「いや、帰るよ」
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
剛美は椅子の上で足を抱えて座った。その様子は、親が買ってくれると約束してくれたのに買ってくれなかった時の子供のよう。
「もう終わりです……私は生きる意味を失いました……」
「いや、追試をパスすればいいだけでしょ? 確か来週だっけ? それまで勉強すれば、赤点回避なんて楽勝だよ」
「ベンキョウ、キライ」
「森の巨人みたいになってんじゃん」
「じゃあさ、咲ちゃんが剛美さんに勉強を教えればいいんじゃない?」
「じゃあさ? え、繋がりある?」
「うん。剛美さんは咲ちゃんが好きだし、好きな人と一緒だと、嫌な事でも出来るものでしょ?」
「そんなまさか」
咲が剛美の方へ視線を向けると、いつの間にか剛美の様子が一変し、椅子の上で興奮した様子で咲を見つめていた。キラキラと輝く眼差しに当てられ、咲は渋々了承した。