勉強会
剛美の追試試験を突破させる為、来週の月曜日まで、放課後に咲が剛美に教える事となった。
「とりあえず、苦手な教科を教えて」
剛美は五教科の教科書を無言で机の上に置く。
「ごめん。そりゃそうだよね。とにかく、これから来週の月曜日まで。今日を入れた七日間で赤点回避までは成長させるから」
「咲さんに成長させられちゃう!」
「真面目にやらないなら帰るから」
「ごめんなさい……」
こうして、二人の放課後授業が始まった。赤点回避。つまり三十点以上取る事が目標。追試は試験で出された内容と全く同じ内容で出される為、答えを暗記していれば簡単に赤点を回避する事が出来る。
では、なぜ勉強会などするのか。それは剛美の今後を見据えて、今の内に基礎程度は出来るようになってもらう為であった。今回の試験の内容は、これから積み重なっていく問題の土台となるもの。今後の授業についていけずとも、土台さえ理解出来ていれば、今後赤点を取る事は無いと考えての勉強会である。
咲は面倒だと思いつつも、剛美の為に時間を削って、剛美の学力アップに費やした。これは不登校から抜け出してもらった恩を返す時。剛美の為でもありながら、咲自身の為でもあった。
しかし、剛美に教える難しさは咲の想定を軽く上回っていた。覚えは良いのだが、同じ内容でも形式を少し変えただけで間違ってしまう。頭が悪いというより、頭が固い。そして教える教科は五教科。この調子では一つの教科を出来るようになっても、残りの四教科も出来るようになるには時間が足りない。
勉強会が始まって五日目。今日も二人は放課後に勉強会をして、午後十八時に下校した。
「咲さんのおかげで、数学と現文の実力が上がりました! このままいけば、追試は赤点回避どころか、高得点を出してしまうかもしれません!」
「このまま、ね……剛美。追試は来週の月曜日。数学と現文が理解出来るようになるまで、五日掛かった。この意味、分かる?」
「……すみません。全然分かりません」
「残りの三教科を教える時間が無いって言ってんの。明日、明後日は学校が休みで勉強会も出来ないし、した所で一教科習得するのが関の山」
「それでは、追試の後は残り二、三教科の勉強会を行うという事ですね?」
「いや、もうやらない。やりたくない。アタシだってやりたい事あるし、次は一人でやることね」
「なっ!? 見捨てるのですか!? 咲さんが私を!?」
「この一週間、真面目に付き合ってあげた事がそもそも奇跡みたいなものよ」
剛美は先へ行こうとする咲の左袖を掴んだ。引き留められた咲が剛美の顔を見上げると、剛美は今にも泣きそうな表情で咲を見つめていた。
「そ、そんな表情したって……!」
「咲さん……」
剛美の潤んだ瞳は決壊間近であった。ここで甘やかせば付け込まれると思っていた咲は、心を鬼にして剛美の手を振り払おうとした。
しかし、それは出来なかった。咲の貧弱さも原因であったが、剛美が見せる弱さが咲にとって弱点となっていた。一度剛美の弱さが視界に入ってしまえば、振り払う事も、視線を逸らす事さえ出来ない。石となった状態を解除する方法は一つ。
剛美の願いを叶えてあげる事だった。
「……ハァ。明日、朝の十時にアタシの家に来なさい。土日で残り三教科をミッチリ教え込んであげる」
「さ、咲さんのお家に!? お家で!?」
「なんで二回言ったのさ。今週は特に予定が無いから、仕方なく教えてあげるだけ。先に言っておくけど、遊ぶ時間なんて一分たりとも無いわよ」
「構いません! アハッ、やった! 咲さんのお家お家~!」
剛美は掴んでいた咲の左袖を離すと、代わりに咲の左手を掴んで歩き始めた。喜びの感情が胸の内だけに留まらず、キラキラとした笑顔で咲と繋いだ手を子供のように振るう。
(まったく。調子いいんだから……フフ)
咲も悪い気分ではなかった。これまで頼まれ事をされた経験があっても、剛美のように喜ばれる事は無かった。振られる手に剛美の力強さを感じながら、素直に喜ぶ剛美の姿に可愛らしさを覚えた。自分に妹がいたのなら、今の剛美のような妹が良いとさえ思っていた。
手を繋いで帰り道を歩く二人。咲の家まで辿り着いても尚、剛美は繋いだ手を離さない。家の扉を開け、玄関に入っても、繋いだ手はそのまま。
遂には、二人並んでリビングのソファに座っていた。
「…………いや、帰りなよ」
「私、気付いたんです。明日からと言わず、今日から始めた方が良いという事に」
「その決定権はアタシにあるからね? あと、急に泊まるってなったら、剛美の親が迷惑するでしょ?」
「大丈夫です! 私の事は、そこに立て掛けてある掃除機みたいな物だと思ってください。私の家族に関しても心配いりません。もう関係ありませんから」
剛美はそう言うと、普段と比べてギコちない笑みを浮かべた。そんな剛美に咲は違和感を覚えつつも、他人の家族事情に深入りする勇気も無神経さも咲には無かった。




