不明な着信
時刻は午後二十一時。咲は暇を持て余していた。晩ご飯は済み、入浴も済み、今日の授業の復習も済んでいる。やるべき事は済み、自由時間であるが、やる事が無い。漫画は読み慣れた物しかなく、見たい配信は後日に変更されてしまった。
ベッドで横になりながら、真っ白な天井を見つめる。そうしていずれ訪れる夢を待つ。贅沢で無意味な時間の使い方だ。
すると、咲の携帯に着信が入った。画面を見ると、着信主は不明となっていた。通話を切って携帯を枕元に戻すと、すぐにまた着信が入った。画面を見ると、またもや着信主は不明。
「イタズラ電話にしては根性があるわね」
そう呟いたものの、出るつもりなど甚だなく、咲はまた通話を切った。
すると、また着信が入った。そしてまた、着信主は不明であった。ここまで連続で不明な着信主から通話がきたのは初めての経験で、咲は少しだけ怖くなっていた。通話を切っても、また同じ相手だ掛けてくるという謎の信頼があり、咲は思い切って通話に出てみた。
「……もしもし」
『あ、咲さんですか? 良かった。ようやく繋がりました』
「え? もしかして、剛美さん?」
着信主の正体が剛美だと知ると、咲の緊張が一気に解けた。咲は面倒くさそうに頭を掻きながらも、その表情はどこか嬉しそうであった。向こう側の剛美は、当然浮かれていた。
「何度も知らない人から電話が掛かってきて、ちょっと怖かったよ」
『いやですね咲さん! 私と咲さんの仲じゃありませんか!』
「その台詞は仲の良い友人同士でしか成り立たないから」
『違うのですか?』
「う~ん……違うね」
『じゃあ早く仲の良い友人になれるように頑張ります!』
「ポジティブ~。とりあえず番号登録しとくね。また不明の状態で掛けられても、次も出るとは限らないし」
『えっと、それはどうすればいいのでしょう? 私、携帯電話は慣れていなくて』
「こっちでやっとくから大丈夫。えっとね―――ん?」
剛美の番号を登録しかけた所で、咲は疑問に思った。咲と剛美が通話をしたのは今回が初めて。だから剛美からの着信は不明の着信主として画面に表示される。
おかしいのは、どうして剛美は咲の番号をしっていたか。剛美の番号を登録するのを一時中断し、咲は剛美に問いかけた。
「ねぇ、剛美さん。アタシの番号、どうやって分かったの?」
『え?』
「番号知らなきゃ掛けてこれないでしょ。当てずっぽうって訳じゃないだろうし。ねぇ、剛美さん。アタシの携帯勝手に触った?」
『触ってはいません』
「触っては?」
『……若菜先生がまとめてたノートから、ちょっと』
「……ストーカー」
『咲さん! 下心は一切ございません!』
「下心があろうがなかろうが、個人情報を本人の許可なく調べるのはアウトなんだよ! 大体ね、アンタの行動一つ一つがストーカーっぽいのよ!」
『咲さん! 咲さん!! 聞いてください』
「なにさ」
『咲さんが私の友達になってくれれば無問題です』
咲は耳に当てていた携帯をソッと枕の上に置くと、壁に正面から張り付いて呻き声を漏らした。話が全く通じず、それでいて咲に対する剛美の好意は明確で色濃い。強く拒絶すれば解決するが、橋の下で見た剛美の泣き顔が脳裏をよぎり、拒絶出来ない。
遠くにいてほしい気持ちと、近くにいてほしい気持ち。その両方を兼ね備えた矛盾が咲を苦しめる。今の咲にとって、剛美との交流はストレスが溜まる一方であった。
気持ちを落ち着かせた咲はベッドに戻り。再び電話を耳に当てた。
「剛美さん」
『呼び捨てで構いませんよ』
「剛美さん」
『呼び捨てで構いませんよ』
「剛美さん!」
『呼び捨てで構いません!』
「あー、もう! 剛美! これで満足!?」
『はい! 大満足です! 咲!』
「用事が無い時は通話してこないで! また明日!」
これ以上長引く前に、咲は強引に話を終わらせて通話を切った。三分間、剛美からの連絡を待ち構えていたが、掛かってくる気配は無かった。咲は安堵のため息を吐き、携帯のアラームをセットして枕元に置いた。
時刻を見ると、剛美と通話し始めてから一時間が経過していた。
「一時間も経ってたんだ……なんか、あっという間」
部屋の電気を消し、ベッドで横になった咲は、携帯の連絡先から剛美の名前を見た。
暗闇の中で、携帯電話の明かりが照らし出す咲の表情は、やはり嬉しそうであった。




