第28話 少年の呪い
ルチカがドアに手をかけたところで、父はルチカの手を引いて「待て」と言った。
「とーさま、早くしないとランプキンが……」
「んなこたぁ分かってる。だが……見ろ」
父の視線の先を見ると、ドアから紫色のもやが漏れ出している。
ガスマスクを付けているからなんの問題もない。そう言いたげにルチカが父の方へ振り返ると、追いついたモルバダイトが言った。
「……魔力の色が濃いのう」
「濃いとどうなるの?」
「このマスクで防げるか怪しいってことだな」
「そんな……」
つまるところ、この部屋に入れば、呪術を受ける可能性が極めて高いということだ。
ルチカが受けた神級魔法は、傷や病を防ぐわけではない。あくまでも病を一時的に治すだけである。
(あとちょっとなのに……)
どうにかして中に入れないものか。そう思いながらルチカは考えていると──。
「……ッ! みな、今すぐここから離れるんじゃ!」
「離れるつったってあと少し……」
「早くせい!」
モルバダイトは急いだ様子でルチカたちに杖を向けると、浮遊魔法を詠唱する。
その瞬間、ドアが一開いて、魔力が廊下へ一気に溢れ出した。
ルチカは思考を中断して走ろうとする。しかし、もやによって見えない状況の中、ルチカは誤って父の手を離してしまった。
「とーさま、とーさま!」
「クソッ! ルチカどこにいやがる! ルチカ!」
近くで父の声が聞こえるが、どこにいるのか分からない。
(焦らない焦らない焦らない……!)
そう言い聞かせるが、胸の鼓動はどんどん早くなっていく。
(もう独りになるのは嫌! 寂しいのは怖いの!)
ルチカは涙を我慢しながら無我夢中に走り出す。
「どこにいるのとーさま! 返事をしてモルバダイトさん!」
しかし、ルチカを呼ぶ声は聞こえない。まるで孤児院にいた頃と同じだ。
(……あれ?)
ふと違和感を覚え、ルチカは立ち止まって辺りを見回す。そこは視界に紫色のもやはなく、真っ暗でしんと静まり返っていた。
(……ここ、前も来たことがあるかも)
前と言ってもつい先日のこと。ルチカが呪いを受け、悪夢を見ていた時とよく似た空間だ。
また見ないといけないのだろうか。ルチカは恐怖に足がすくむ。
『……たい』
「……え?」
誰かの声が聞こえる。それもルチカではない、全く別の聞き覚えのない声だ。
しばらく待ってみたが、それ以降声が聞こえることはなかった。
(……まだ遠くにいるのかしら?)
何にせよ、ここでじっとしているわけにはいかない。
ルチカは呼吸を整えると、声の主の元へ歩を進めた。
〇〇〇
暗く静かな空間を一人、ルチカは歩いている。
小さい頃、ルチカは寝るのが大嫌いだった。それは子どもにはよくあることなのかもしれない。
遊びたいとか。眠くないから寝たくないとか。夜更かしに憧れているとか。
けれどルチカはどれも当てはまらない。
ルチカが寝るのが大嫌いだったのは、誰もいない暗いところに、一人置いていかれているような気がしたからだ。
(独りぼっちは寂しいものね……)
ルチカはとぼとぼと歩いていると、どこからか声が聞こえてくる。
『どうして──は光魔法を使えないの?』
『……ごめんなさい、母上。役立たずの息子で──なさい』
(光魔法……役立たず……?)
どうやら母とその息子が言い合いをしているようだ。何があったのかとルチカは耳を立てるが、また聞こえなくなってしまう。
(……急がないと)
どうしてそう思ったのかは分からない。けれど、このまま呑気に歩いていたら何かに後悔してしまいそうな気がしたのだ。
ルチカは駆け足で、どこにいるのかも分からない声の主の元へ急いで走る。
『お前は──使いだ。我が家はおろか、この世界に──ない存在だ。……故に出て行け』
『……ごめんなさい、父上。望み通りの息子になれず──なさい』
今度は父とその息子が何やら会話をしている。情景が分からないため全てを理解することはできないが、何だかとても冷たい雰囲気だった。
(二人とも悲しい声をしているわ。……あたしだったらきっと、すぐに泣いてしまう)
『あんたも可哀想にね。まだ小さいってのに──から縁を切られて』
『……別に構いませんよ、お祖母様。それだけ僕は──な息子ということですから』
次は祖母とその息子の会話だ。祖母は同情しているようだが、息子はどこか明るい口調で言っている。
(……どうして隠すの? お祖母様はあなたのことを心配しているのに……)
『魔力が暴発してる! これは──か?』
『きっと我々の命を奪いに来たのだ! この──め!』
『クソぅ! 止まれ止まれ止まれ! 僕は、僕はこんなことをしたいわけじゃ──』
『逃げろ! この──から離れるんだ!』
多くの人が少年を恐れている。去り際に悪態をついては、走っているのか必死に息を吐いていた。
(……誰でもいいから、この子を助けて! だってこの子の……ランプキンの心は悲鳴をあげているもの!)
しかし、少年──ランプキンの手を差し伸べる者は誰もいない。
生活を脅かした張本人を、誰が気遣うというのだろう。
(……あたししか、いないじゃない!)
ルチカは破裂しそうな胸を押さえて懸命に走る。
頬に伝う汗がうっとおしい。振る腕は痛くて足は鉛が付いたように重い。……それがどうした。
(待っててランプキン、あと少しだから! ……あと少しで、あなたに追いつけるから!)
胸に思いを秘め、ルチカは正面の光が差すところへやってくる。
その場に止まり、ルチカは肩をはずませる。
そして、膝を抱え丸まっている少年の傍に近づくのだった。
どうしても加筆・修正をしたいため、次回更新日は5月9日を予定しています。申し訳ありません。
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