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第29話 落ちこぼれ魔法使いと闇に潜む怪人

「となり、いいかしら?」


ルチカの柔らかい声音を聞き、少年は虚ろな目で見上げる。


背中まで伸びた黄色の髪に、りんごのように真っ赤な瞳。唇はかさついており、灰色のマントが身体を覆っていた。


ルチカは無言のまま頷く少年ににこりと微笑むと、となりに腰掛ける。


「あなたの本当の名前を教えてくれないかしら?」


「……ジャック。ジャック・カーティオ。君は……」


「ルチカ・オルテクスよ。ラン──ジャックはどうしてこんな暗いところにいるの?」


ルチカの問いに、ジャックは視線を逸らすとぽつりと呟く。


「だって、僕みたいなやつは、お日様みたいなところより、真夜中みたいなくらいところの方が似合っているから」


「……そうかしら」


「え?」


共感してくれると思っていたのか、ジャックは驚いたように視線を上げる。


「あなたの髪と瞳、明るくてとっても素敵よ。こんな誰もいない洞窟みたいなところよりも、誰かがいてくれる外にいたほうが、あなたはもっと輝けると思うけど」


「……無理だよ。だって僕、呪術が使えるんだもん」


「……」


呪術。禁術のうちの一つ。魔法になれない哀れな魔法。


ルチカは呪術がどれだけ危険なものなのか、身をもって知っている。

ちょっと動くだけでも激痛が走り、心が闇に覆われ最悪な道を選んでしまう、そんな魔法だ。


それでもルチカは呪術を持つジャックのとなりを離れようとしない。

そのことにジャックは驚き、同時に恐怖を抱いた。


「どうして僕から離れてくれないの? 言ったでしょ、僕は呪術が使えるって」


「それでもあたしはあなたのそばにいたいの」


「い、意味が分からない。僕が君に何か特別なことでもしたっていうの?」


「……そうよ」


ルチカはジャックから視線を外し、真っ暗な空間を見上げながら人差し指を立てた。


「あたし、学園で上手くいかなくて家出をしちゃったの。色々あって迷子になって……。そんな時、屋敷へ迎えてくれたのがあなただった」


「……僕の目の前で君が倒れたんだ。寒い夜に、女の子一人をほおっておくわけにはいかないでしょ?」


「……それがとっても嬉しかった。正直最初はお化け屋敷なんじゃないかって思っていたけど……。あなたを知っていくうちに、あぁ、この人はすごく優しい人なんだなって分かって、何だか心がぽかぽかしたわ」


「……でも、僕は君の悩みの全てを理解して助けることができなかった。そればかりか、君に酷い傷を負わせてしまった。……ごめんなさい」


ジャックは深く深く頭を下げる。それだけ今回のことを後悔しているのだろう。


「ジャック」


ルチカに呼ばれ、ジャックは恐る恐る頭を上げる。すると、今度はルチカが頭を下げた。


「……あたしこそ、ごめんなさい」


「どうして謝るの? 悪いのは君ではなく僕なのに……」


「あたしね、あなたが呪術を使えることを知っていたの」


「……肩がぶつかった時?」


「……そうね。そしてもう一つ。あなたに隠していたことがあるわ」


ルチカはカバンから杖を出すと、左手にそっと握る。


「本当はね、治癒術師なの。まだ見習いだけど、魔法も習っている。……なのに、あたしはあなたに杖を向けようともしなかった」


恐らくあの時のルチカは治癒魔法を出すことはできなかっただろう。

そうだとしても、ジャックの呪術に対して何かしてあげようと考えるのがあまりに遅かった。


「あなたが苦しんでいることにもっと早く気づくべきだったわ。……だから、ごめんなさい、ジャック」


「……いいよ、それくらい。というか僕もルチカが治癒魔法を使えることは分かってたから」


「え、そうなの?」


思わぬ発言にルチカはぽかんと口を開ける。


「キャミーシャの処置が上手かったから。もしかしたらと思って」


「あたしが言うのもおかしいけど……。どうしてその時、呪術のこととか魔力暴発のこととか教えてくれなかったの?」


ジャックは言おうか言わまいか迷い、口をつぐんでから、ボソッと言った。


「君を信用出来なかったから、かな」


「……確かに、あたしと会って、まだ二、三日だものね」


「それもあるけど……。怖かったんだ、誰かと一緒にいるのが」


ジャックは背中から取り出したかぼちゃの被り物を両手に持つと、そっと目元を撫でる。


「家族や知人、知らない誰かにさえ、僕は避けられ責められ続けて生きてきた。当たり前だよね、僕は呪術を持っているんだから」


「……」


「魔法使いのための国。そうやって言われるけど、僕にとってはそうじゃなかった。……魔法なんかなければ良かったのになぁ」


「……魔法がなくても生きにくいわよ、この国は」


「……そうかもね」


ジャックは静かになると、かぼちゃの目をじっと見つめそれから言った。


「僕がかぼちゃ姿になったのは、多分死ぬ前にそういう呪いをかけたんだと思う」


「どうしてそう思うの?」


「そうすればみんな、僕がおばけかなんかだと思って近づかないからね。……まさかその呪いのせいでまた生きることになるとは思いもしなかったけど」


ジャックはかぼちゃの被り物の顔をルチカの方へ向けた。


「……どうして君は僕を独りにさせてくれないの? 同情? それとも恩返し?」


「……それもあるわ。でも、それだけじゃない」


ルチカはゆるゆると首を横に振ると、ジャックの左手を持ってぎゅっと掴んだ。

誰かに触れられたことがないかのような冷たい手は、急にルチカに掴まれ、指先がピクピクと動いている。


「あたし、あなたとお友達になりたいの」


「……僕の魔法で君は傷ついたんだ。そんな悪者なんか独りで生きた方が良いよ」


「ううん、違うわ。言ったでしょう? ジャックが──ランプキンがいたから、あたしは今ここにこうして生きている。あなたの言葉があたしの心を救っていたのよ」


「でも……」


「ランプキン。本当にあなたは独りで生きていたいの? 違うでしょう?」


「……」


ルチカはランプキンと過ごした日々を思い出す。

決して長くはなかったけれど、あの数日間はきっとルチカの記憶に永遠に刻まれる。それくらい濃厚で温かい時間だった。


ランプキンと水やりをした時。ランプキンの料理を食べた時。ランプキンのダンスを見た時。

彼はいつだってルチカを見てはどこか羨ましそうにしていた。それはきっと……。


「悲しかったんでしょう? 誰かに手を差し伸べてほしかったんでしょう? ……助けてって言いたかったんでしょう?」


「……」


ランプキンの瞳からぽろぽろと涙が流れる。今まで一度も見たことがない、ランプキンの悲しい感情だ。


ルチカはランプキンの頬を人差し指でそっと拭いた。


「それなら任せてよ。だってあたし、あなたの友だちだもの」


「ルチカ……」


「困っている時は一緒に解決してあげる。 泣きたい時は背中をさすってあげる。楽しい時は全力で笑って、叫びたい時はわぁーっ! って一緒に叫ぶの」


ルチカはランプキンの手を引いて一緒に立ち上がると、首を傾けてにこりと微笑んだ。


「あたしの最初のお友だちになってくれるかしら?」


ルチカは友だちを作ろうとせず、魔法の勉強ばかりしていた。

けど、今はもう、魔法だけに執着しなくても良くなった。何より、誰かともっともっと触れ合いたいと思うようになった。だって……。


「誰かと一緒にいれば寂しくないでしょう?」


「……そうかな。そう、かもね」


ランプキンはルチカの手を強く握り、涙を流しながら満面の笑みで言った。


「よろしくルチカ。君といれば、僕が見てきたこの世界が星空みたいに輝くよ」


「ふふっ、大袈裟よ」


ルチカとランプキンは互いに涙を流しながら抱きしめ合う。


その瞬間、世界は眩い光に包まれたのだった。

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