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第25話 出発の時

翌日。悪夢にうなされず明るい朝を迎えたルチカは、隣で寝ているキャミーシャの名を呼んでからあくびを漏らす。


「ふわぁ……。よく眠れたわ」


「にゃんにゃんにゃ〜」


「キャミーシャも? それなら良かったわ」


寝不足は万病の元。どれだけ忙しくても睡眠時間を取ることは大切だ。

それこそ、どこかの治癒術師のように、一時間程度の仮眠で生活するなど論外である。


「今まで自分の身体のことなんて何も考えていなかったけれど……こうして病室にいるとそんな気持ちもなくなるわね」


「にゃにゃにゃ……?」


「心配してくれるの? 大丈夫よ、昨日よりだいぶ良くなったと思うから」


主に気持ちの面で、とルチカは心の中で呟き……、キャミーシャを見て首を傾げた。


「……どうしてキャミーシャがここにいるの?」


「にゃあ!」


キャミーシャは自分の名前が呼ばれ、嬉しそうに前の片足を上げる。


(えっと、確か昨夜はとーさまたちと一緒に作戦を考えていたわよね。それで……)


ルチカは目を見開いて、ぽんと手を打つ。


(途中で寝てしまったんだわ! うぅ、大事なお話中に欲に負けるなんて……)


いくら疲労が蓄積されていたとはいえ、行くと宣言した後に寝るのは格好悪い。


(とーさまたちはいない。……ってことは、もう魔法協会に行っているのかしら)


昨夜作戦会議に参加したのはルチカを除き三名のみ。さすがにこれだけの数で決めるのも良くないため、魔法協会に集まり相談すると言っていた……ような気がする。


(キャミーシャがここにいるのは、きっと本人の意思ね。ああ見えてお世話好きだし)


「にゃっ」


「わっ」


ルチカがじっと見つめてくるのが恥ずかしかったのか、キャミーシャは肉球をルチかの頬へやんわりと叩いて窓の縁へ飛んだ。


ルチカは一瞬の肉球の感触に幸せを感じつつ、昨日言っていたことを思い出す。


(とーさまの神級魔法は、セルスト山に近づいてからだったわよね)


なんでも、神級魔法テンプリアの効果時間は三十分程度と短く、この病院から使えば到着する頃には切れてしまうらしい。


つまり、ルチカはセルスト山に着くまで身体の痛みを我慢しなければならない。


(……我慢できるかしら)


不安が頭をよぎり、ルチカはゆるゆると首を横に振った。


(大丈夫。きっとなんとかなる。とにかく今はとーさまを待つのよ)


魔法協会から帰ってくるのは昼頃。その後、ルチカ一行は馬車に乗って目的地へ向かう。


「キャミーシャも一緒に……」


「にゃん?」


キャミーシャは首を曲げてしっぽを揺らしながら目をパチパチとする。


「あ、ううん、なんでもないの。ただ、キャミーシャがあたしと一緒に来てくれたら、ランプキンも喜ぶんじゃないかって」


「にゃーん……」


キャミーシャは目線を天井へ上げて、しっぽをペチペチと壁に叩きながら考え込む。

しばらくして、キャミーシャは叩くのをやめて意を決した様子で頷く。


「にゃにゃにゃっ!」


「もしかして、一緒に来てくれるの?」


「にゃーにゃっ!」


ルチカの言がどれだけキャミーシャに届いているのか分からないが、もし来てくれるのなら嬉しいものだ。


「あとあたしがやるべきことは……」


そうこう考えていると、だんだん眠気が襲ってくる。

どうにかして目を開くが、いつの間にかキャミーシャがこちらへやって来て、肉球で強引に視界を遮る。ルチカは文句を言おうとしたが、あまりに肉球が柔らかいのでそのまま眠りについてしまった。


〇〇〇


「──チカ」


「……」


「ルチカ──ろ」


「んぅ……」


「ルチカ起きろ!」


「は、はひっ!」


響くような低声にルチカは目を開けると、慌てて身体を起こし、


「いっだあああ……!」


全身に鋭い痛みが流れ、あえなくベッドへ身体を沈める。


「す、すまんルチカ。大丈夫か?」


「な、なんとか……」


父はほっと胸を撫で下ろすと、初級の治癒魔法でルチカの痛みを抑える。

いつもの父ならかすり傷でも初級どころか上級魔法を使う。しかし、神級魔法は膨大な魔力を使用するため、初級魔法しか使えないようだ。


治癒が終わり、ルチカは父に礼を言うと、いつの間にやらペリアルトとモルバダイトがルチカの回りにいることに気付いた。


「ね、寝顔……見られて……」


「お、オレは見てないから!」


「ほっほっほ。わしの孫はいつ見てもかわいいのう」


「会長は近所のおっさんでしょうが」


「今年で八十六じゃが?」


「おっさんじゃないですか」


いつものモルバダイトのボケに、父は面倒くさそうに顔をしかめると、ルチカへ視線を戻す。


「行けそうか? もしキツイならちっと時間をずらすことも出来るが」


「……あたしは大丈夫よ。とーさまは?」


「あったりめぇだ。いざとなりゃあ犯人の野郎もとっちめて……」


「……」


ルチカの無言の圧力に、父は気まずそうに目をそらした。

それからルチカはモルバダイトの浮遊魔法で浮かび上がり、父の腕に抱き止められる。


「すまんのうルチカ殿。本当ならわしの浮遊魔法でルチカ殿を運んだ方が痛みはほとんどないんじゃが……生憎数秒しかできなくてのう」


「……ううん、ありがとうモルバダイトさん。その心遣いだけで嬉しいです」


「ルチカ殿のありがとうほど救われる言葉はない。まったく、長生きはするもんじゃなあ」


モルバダイトの笑顔を横目に、父はルチカを抱いたまま病室から出る。


「……っておい、何も言わずに出ていくなよ! 」


「お、おう。すまんすまん」


父の腕に抱えられ、ルチカは病院を出ると、左に曲がったところで魔法協会の人々と合流した。


(十人以上……? 知らない人もいるわ)


魔法協会の人とは父の仕事もあり、たまに顔を合わせることもある。

と言ってもあいさつくらいで、親密なのはペリアルトやモルバタイトくらいだ。

馬車を見るとキャミーシャがすでに入ろうとしている。まだ全員に教えていないため、魔法協会の人たちは驚いていた。


彼らの横には数台の馬車が止まっている。おそらく御者も父たちと同じ魔法協会の一人だろう。


(……ん?)


何となしに馬車を流し見していると、最後の御者に違和感を覚えた。


それに気付いたペリアルトは、父の隣に行くとルチカの目線へかがんで耳元で呟く。


「大丈夫? もしかして体調が悪化した?」


「あの一番右の馬車に乗っている人は、魔法協会の人ではない……よね?」


「よく気付いたね。あの人は商人。他国から薬を売りに来たんだけど、上手くいかなくてね。それを知った魔法協会の人が全部買い占めたらしいよ」


「商人さんが乗っているのはそのお礼ってこと?」


「お礼というか、そういう取引をしたんだよ。もしかして知ってる人?」


「……ちょっとだけ」


ルチカとペリアルトの内緒話に、話が終わった父は眉をひそめる。


「……なーに二人でコソコソ話してんだ。俺には言えないようなことか?」


「そ、そういうわけじゃ……」


「あれ、そこにいるのはルチカさんじゃないですか!」


「ぴぎゃっ!」


噂をすれば商人が馬車を降りてやって来ると、弱々しいルチカを見るなり心配そうに見つめる。


「だ、大丈夫なんですか? 体調が良くない時は無理せず家で休んでいた方が……」


「おい待て。なんだってお前はルチカのことを知ってやがる。学園の先生ってわけでもなさそうだが」


父の鋭い目つきに、商人はヒッと悲鳴をあげてあわあわと両手を振る。


「る、ルチカさんとは数日前、レスティアへ行く際一緒に同行しただけでして……。決してやましい関係ではございません!」


「ほーん……」


まずい、とルチカは悟る。父からしてみれば、商人はルチカを遠い街へ連れ出した存在だ。ルチカから商人へ申し出たとはいえ、父の機嫌が晴れるわけもない。


「と、とーさま、商人さんは何も悪くなくて……」


「んなこたぁ分かってる。こいつに恨みはねぇよ。……ただこれだけは言わせてくれ」


「な、なんでしょう……?」


ぷるぷると震える商人に、父は肩を叩いて顔を近づける。


「お前の馬車にはルチカが乗る。だから今回も無事に俺の娘を届けてくれよ。……信じてるからな」


「……え? は、はいっ!」


てっきり怒られると思っていた商人は、一瞬きょとんとしてからこくこくと大きく頷く。

ルチカも不思議に思いつつ、父に抱かれたまま、商人の馬車へ乗った。

すでに魔法協会の人が三人乗っており、青白い顔のルチカを気遣うような視線を向ける。

それに対し、ルチカは必要以上に心配させないよう微笑むと、左右に視線を動かす。

前に乗った時と比べて幾分か木箱が増えている。きっと魔法協会の人の荷物もあるのだろう。


もっと見ていたかったが、ルチカは父によって床へ寝かせられた後、膝の上に頭を乗せられた。父の顔がよく見える。


(とーさまの表情、いつもより硬いわ)


それだけ今回の事件は、父にとっても魔法協会にとっても大きなものなのだ。


(あたしのせい……。ううん、そんなこと気にしてる場合じゃない)


ルチカは小さく首を横に降って、馬車の壁の先を見据える。


(待っててね、ランプキン。今、あなたの所に行くわ)



数分後、先頭の馬車が動き始める。ルチカの乗る馬車は最後に動いた。

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