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第24話 ルチカの覚悟

突如現れたモルバダイトに、ルチカと父は顔を見合せ、同時に視線を戻した。


「なんじゃその目は。わしが病院を訪れるのがそんなに不思議かね?」


「そんなことはないですけど……」


「わしとて人間じゃ。今日は八十肩とぎっくり腰と耳鳴りが酷くて来たんじゃよ」


「お忘れかもしれませんが、つい先日、八十肩とぎっくり腰と耳鳴りを治したの俺ですからね」


「ハテ、ソウダッタカノウ?」


「……素直にルチカの顔を見に来たって言えばいいのに」


カタコトで誤魔化すモルバダイトに、父は面倒くさそうに息を吐く。

そんな父にモルバダイトはほっほっほと笑ってから、瞬間魔法でルチカの前へすぐに移動する。


そのあまりの速さにルチカがビクッと肩を上げると、モルバダイトは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


「ルチカ殿、体調はどうかのう?」


「……あまり良くはありません」


父が舌打ちをした気がするが、ルチカは気にせずモルバダイトへ声をかける。


「お見舞いに来てくれたんですか?」


「それもあるが、何やら胸騒ぎがしてのう。ルチカ殿の身に何か起こっているんじゃないかと心配で駆けつけて来たんじゃ」


(胸騒ぎ……)


心当たりがあるが、ルチカはそれについては言わずに「大丈夫です」と答えた。


もしモルバダイトが病院へ到着するのが少し早かったらと思うと、ルチカは自分の起こした行動に恐怖を覚える。


「病室の入り口にいたペリアルトはどこへ?」


「あの子ならわしが見張るからと言ってトイレに行ったわい。何やら落ち込んでいたようじゃが大丈夫じゃろうか」


「……ッ!」


「会長、ペリアルトの話はもういいですって。それより、他に何かあるんですか?」


ルチカの苦い顔を察した父は、すぐに話題を切り替える。

モルバダイトは「お前さんから振ったのに」とでも言いたげに目を細めてからから、浮遊魔法で自分を浮かせて椅子に座った。


「お前さんたち、何やら先程まで面白そうな話をしておったじゃろう? わしもちっと出ていた気がするが、どんな話をしていたんじゃ?」


「どんな話って……」


父は何かに気付くと、モルバダイトをじっと見つめる。


「もしかして盗み聞きしてましたね?」


「見張りをしとったんじゃから、少しくらい聞こえても仕方なかろうて」


(……ってことは、ペリアルトおじさんも、あたしたちのお話を聞いていたのかしら)


そうだとしたら恥ずかしい。流石に丸聞こえではないと思うが……。


「あれじゃろう? ルチカ殿を呪術師の元へ連れて行くか否かについて話しておったんじゃろう?」


「盗み聞きどころから盗聴器具を隠していたとは……」


「魔法協会の会長が、そんなプライベートを踏み込むほど腐ってないわい!」


「……本当ですか?」


「本当じゃて!」


(とーさまとモルバダイトさんって仲良いのかな)


仮にも協会のトップにこの物言いが出来る父は、ある意味大物なのかもしれない。


何度か嘘か真か確認し、ようやく父が折れると、モルバダイトは腕を組んでため息を吐いた。


「……で、ヤクード殿はルチカ殿になんと言ったのじゃ?」


「呪術で身体が弱っているし、魔法協会でない子どもが協力するのは国民からの反応も良くないと言いました」


「ルチカ殿は?」


「大事な人を傷つけるのをとーさまが黙って見ているなら、あたしの魔法で救いたいと言いました」


「ふむふむ、なるほどのう」


モルバダイトは長い白髭を撫でながら、こくこくと頷くと、何やら満足気に微笑んだ。


「どちらにも譲れないものがあるのじゃな。いやはや昔のわしに似ているのう」


「昔の会長?」


父の疑問に、モルバダイトは懐かしそうに天井を見上げる。


「六十年前、わしはある魔法使いをこの杖で深い傷を負わせた」


「「えっ……」」


「その魔法使いは盗みを働いていてのう。若い頃のわしはそいつの事が許せなかった。逃げては盗みを繰り返すそやつに、わしは魔法を打ったのじゃ」


モルバダイトは懐から杖を出す。しわしわの手に握られたそれは昔から使っているのか汚れが目立っていた。


「本当はかすり傷にしろと当時の上司に言われたんじゃが、わしは自分の正義を優先して強力な魔法を当ててしまった。……それにより、盗人は片足が取れてしまい二度と歩けなくなった」


「……」


「わしは喜んだ。もう誰かの物が盗まれることのない、平和な日々が訪れると。実際それは叶った。……同時に失った命があった」


「失った……命?」


「まだ幼い盗人の弟じゃ」


「……」


「盗人と弟は住むところも食べ物もお金もなかった。現状をどうにかしたいと思った兄は、人の物や食べ物を盗んで生きるしかなかったんじゃ」


モルバダイトは視線を下げて父を見やり、寂しそうに笑う。


「ヤクード殿、お前さんの考え方は決して間違ってはおらん。……じゃが、ルチカ殿がいない中、呪術師へお前さんが傷をつける可能性は大いにあるのではないかのう」


「……んなことねえよ」


父は否定するが、握った拳は爪がくい込んでおり、どくどくと血が流れていた。


「これ以上大切な人が傷つくのは、ヤクード殿も本意ではないじゃろう?」


「……はい」


「それならルチカ殿を連れて行きなさい」


「……でもルチカの体調は良くねぇ。いくら会長が言ったところで治癒呪術師として首を振るまでだ」


「あの魔法は使っちゃだめなのかな?」


モルバダイトではない声に、ルチカと父は部屋の奥を見る。

そこにはトイレに行っていたはずのペリアルトと、


「きゃ、キャミーシャ!?」


肩の上に乗るキャミーシャがいた。

キャミーシャは「にゃんにゃんにゃ〜」と鼻歌を歌いながらペリアルトの肩から降りると、ルチカの方へ走ってきて、顔をぺろりと舐めた。


「いっっ!?」


「おい白猫、ルチカは呪術で強く触れられると全身が痛むんだ! 舐めるならもっと優しくしろ!」


「い、いいのよとーさま。きっとキャミーシャはあたしに会えて嬉しかったのよ。だからつい力が入っちゃったの。そうよね、キャミーシャ?」


キャミーシャは申し訳なさそうにしっぽを下げて小さく頷く。

父は怒りを沈めるように深呼吸すると、「……言いすぎた」と言って謝った。


「どうしてキャミーシャがペリアルトおじさんと一緒にいるの?」


「オレに言われても……勝手に着いてきただけだし」


ペリアルトはどうしたものかと後頭部を撫でる。

その様子を見て、ふとルチカは病室から飛び降りた時のことを思い出した。


(……あの時私を助けた風は、きっとペリアルトおじさんの魔法だわ)


ペリアルトの魔法をルチカは直接見たことはない。でも、優しくて世話好きな彼がルチカの危機に気づかないとは思えなかった。


(お礼を言わないと)


「ペリアルトおじさん」


「なにかな?」


ペリアルトはいつもと変わらずにこにこと笑う。ルチカは少し息を吸って、言った。


「……さっきはごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」


「……こっちこそ傷付くことを言ってごめんね。生きててくれて、ありがとう」


「……うん」


ルチカとペリアルトは互いに微笑む。少しして父はパンパンと手を叩くと話を戻した。


「……で、あの魔法ってのはなんだ?」


「ヤクードも知ってるでしょ? 一時的に病を治すっていう、上級よりさらに上──神級魔法のテンプリアだよ」


(神級魔法……)


確か魔法使いの中でも、極々限られた者が使える技の総称だっただろうか。

父は国の中でも特に優秀な治癒術師。ペリアルトの反応を見るに、恐らく父も使えるのだろう。


しかし、父は何故か顔をしかめている。


「確かに使えるが……呪術に効くのか未知数だ。そもそも俺はこの魔法をほとんど使ったことがねえし、大体……」


「とーさま」


ルチカに呼ばれ、父は口をつぐんだ。


「……とーさま、お願い。あたしにその魔法をかけて」


「……」


父は悩んでいる。当然だ。ルチカの頼みを受けると言うことは、ルチカも一緒にランプキンの元へ行くことになるからだ。

危険な場所へルチカを行かせていいのか。生きて帰って来れるのか。色々な不安が過ぎるのだろう。


ルチカは父を見つめて、頭をゆっくりと下ろした。


「お願いします。あの子を……ランプキンを助けたいんです!」


「……」


しばらくして。


父は長い長いため息を吐くと、鋭い目つきでルチカを見る。


「あるんだな、覚悟が」


「……はい」


「声が小さい!」


「はいっ!」


ルチカが大きな声で返事をすると、父はもう一度ため息を吐いた。


「……わーった。やってやる」


「とーさま……!」


「だが俺が危険だと思ったら、すぐに病院へ戻すからな。いいな?」


「はいっ!」


かくしてルチカは魔法協会と共に、ランプキンの元へ向かうことになるのだが……。


「すぴー……」


作戦会議を始めてわずか数分。ルチカは疲労に耐えきれず眠ってしまったのだった。

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