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第22話 娘と父②

「……う、そ?」


どういうことだろう。ルチカが聞く前に、父はぽつりぽつりと言った。


「ルチカを助けたい。どうにかしてやりたい。その気持ちは本当だ。……だがそれ以上の気持ちは少しもない。俺はお前をただの患者として見ていたんだ」


「かんじゃ……」


「家族になろうって提案したのは、そう言った方がお前の孤独の感情が薄らぐと思ったからだ。……最低だろ?」


父は自分に言うかのように問いかけ、乾いた笑みを漏らす。


「……でも、とーさまはあたしをずっと娘でいさせてくれたわ」


もしルチカを患者として見ていたのなら、今頃ルチカを家から追い出しているはずだ。


「そうしないと俺がまた独りになるだろ」


「……え?」


「ルチカと会う前、俺は両親を失ってずっと寂しかった。家族がいないのがこんなにも胸が苦しいのかって絶望してた。独りになるのが嫌で嫌でたまらなかったたんだよ」


「……」


「そんな時、ルチカに会った。育った環境は違うが、家族がいないのは俺と変わらない。そんな似たような子どもと一緒なら、俺の心も安らぐだろうってそう思ったのさ」


「とーさま……」


そこにはルチカが長年憧れていた父の姿はない。

どこまでも自分優先で、どこまでも他人のことを考えない。ヒーローとは真逆の人がここにいた。


「ルチカ。俺はお前が思っているよりもずっとずっと悪い子なんだよ。ルチカが頭ん中に描くそいつは、俺なんかじゃない。どっかの物語に出てくる空想上の人物だ」


(くうそうじょうの、じんぶつ……)


「ルチカが俺を信用できないのも、振り返って見りゃあ当たり前だ。だって俺はしばらくの間お前を娘として見ていなかったんだから。だが……」


父は自分に呆れたように息を吐くと、ルチカの冷たく小さな手をそっと握る。


「魔法協会の野郎に言われた時に気付いたんだ。ルチカを大事な家族として見ていない俺は、魔法が使えるか使えないかで避けている野郎と、大して変わんねえんじゃないかってな」


「それは……」


違うと言い返せず、ルチカは口ごもる。

家族として見ているか見ていないか。魔法を使えるか使えないか。どちらにせよルチカが傷つくのは変わらないのだ。


「だから……ごめんな、ルチカ。俺はお前を幸せにするとかいいながら、結局のところ自分のことばかり考えていた。お前の幸せをずっと願ってやれなかった。……すまなかった」


父はルチカの手を握ったまま深く頭を下げ謝罪した。


(とーさまがそんなことを……)


ルチカは今の話を聞いて父をヒーローだと胸を張って言えることができなかった。


父もルチカと一緒で、口には出せない酷いことを考えて、それをずっとずっと後悔し続けている。物語の主人公でも、ヒーローでもない、ただの一人の人間だったのだ。


「確かにお前は悪いことをしたのかもしれない。誰かを傷つけ悲しませたのかもしれない。そんな過去は変えられないし、これからもきっと後悔することが五万とあるだろう」


「そんなの、あたし耐えられないわ……」


ぎゅっと目を閉じるルチカに、ヤクードは頭をゆっくり撫でた。


「耐えなくていいんだよ。嫌なことがあったら俺に吐き出せ。ふと昔のことを思い出したなら落ち込む前に叫んじまえ。心ってのはルチカが思ってる以上に脆い生き物だからな」


「もろい、いきもの……」


ルチカは以前ランプキンが言っていたことを思い出す。


『人の心は脆い。君の心も私の心もちょっとしたかすり傷で致命傷を負ってしまうものなんだ』


(あたし、あの時のことも、自分の心のことも、何も分かっていなかったんだ……)


この数日だけで、たくさん悪いことをルチカはしてきた。

人を悲しませ、巻き込み、迷惑をかけてきた。

それを今更なかったことにはできないし、これから先何年経っても、その時のことを思い出しては後悔するだろう。


過去は変えられない。でも、今はきっと何だって変えられる。


(さっきまであたしは悪役だったのかもしれない。でも、今のあたしは──)


ルチカは父の手をぎゅっと握り返す。

痛みはある。悲鳴を上げたくなる。でも、今はこうしていたい。


「……とーさま、あたしもごめんなさい。家出をして、嘘をついて、危険なことをして、いっぱいいっぱい悲しませて、ごめんなさい」


「別にいいよ。いや、できれば一人で抱え込まないで俺に相談してくれたら一番いいんだが。……でも、無事でよかった、ルチカ」


「……うん!」


ルチカは満足そうに頷き、慌てて首を横に振ると、父の目をじっと見つめる。


「あたし、とーさまを許すわ。例えあたしが思っていたとーさまと少しくらい違くても、あたしを救ってくれて、育ててくれたのは変わりないもの。だから……」


ルチカは倒れるように父に抱きついた。


「大好きよ、とーさま!」


「ルチカ……」


父はぷるぷると肩を震わせながら、ルチカの背中へ優しく触れて、


「俺も大好きだ、ルチカ!」


ルチカに自分の想いを伝えた。


それが嬉しくて同時に恥ずかしくて、ルチカは緩む口元を何とか抑える。


(とーさまの愛、ちゃんと感じる。もう疑うことなんて絶対にないわ)


そう確信していると、どこからか声が薄らと聞こえた。誰だろうと思い、ルチカは耳を澄ます。


『……ねぇルチカ。なんだかあたしの心がお日様みたいにぽかぽかするの。ついさっきまで雷雨だったのに、いったいどうしちゃったのかしら』


(……あたしの心なのに分からないの?)


『だってこんな天気は産まれて始めてなんですもの』


(……そう、なんだ)


ルチカは父の腕の中で驚くと、静かに目を閉じた。


(ねぇ心のあたし)


『どうしたの、ルチカ』


(……今まで傷つけて、ごめんなさい)


『ルチカ……』


心のルチカは瞳を揺らすと、一雫の涙を流した。

目の前で見えているわけではない。でも、ルチカは何となくそう感じるのだ。


『ねぇルチカ』


(どうしたの、心のあたし)


『……癒してくれて、ありがとう』


(……どういたしまして)


ルチカが微笑むと、心のルチカは安心したように息を吐いて、やがて声も聞こえなくなるのだった。

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