第21話 娘と父
ひとしきり泣いたルチカと父は、病室へ戻り互いに口を閉じていた。
ルチカは自分の行動に、父は娘の取った行動に混乱しており、上手く言葉を出すことが出来ない。
ちなみにペリアルトは「親子の話し合いの邪魔をしたくない」と言い、病室の外へ待機してもらっている。
(……なにやってるんだろ、あたし)
あれからルチカの心に聞いてみたが全く反応はない。さっきまで我慢していた身体の痛みが時折ズキズキとするだけだ。
何故ルチカはあの時変な衝動に駆られたのだろう。呪いの影響か、それとも心が壊れたのか。……多分どちらも間違っていないだろう。
(謝っても許してくれない……わよね。でも、ちゃんとごめんなさいって言わなきゃ)
そう思い何度も口を開くが、陸の上で呼吸する魚のようにパクパクと開閉するだけで、ルチカは声を出すことができなかった。
(言いたいこと、伝えたいこと、沢山あるのに……)
ルチカは唇を噛み締めて、椅子に座り無言でこちらを見つめる父から目を伏せる。
「……ルチカ」
しばらく経ち──最初に切り出したのは父だった。
「……ごめんなさい」
「……え?」
どうして父が謝るのか分からず、ルチカは顔を上げた。
(悪いのはあたし、なのに)
家出も騒動もさっきのことも、全てルチカに非がある。だというのに、何故父は謝ったのだろうか。
「俺は仕事ばかり優先して、ルチカのことをちゃんと見てやれていなかった。言いたいことは言え、なんてルチカに責任転嫁して、俺から話そうとしなかった」
「ちが……」
「何も違くない。俺はルチカのことをこれっぽっちも考えてなかった。ただでさえ魔法協会のことで一杯だってのに、患者を笑顔にしたいって理由で医療訪問を始めちまう野郎だよ」
「それの……それの何がいけないのよ」
「なに?」
ルチカはぎゅっと拳を握り身体を起こす。全身に鋭い痛みが伝う。……そんなのお構い無しだ。
「とーさまは困っている人のために、苦しんでいる人のために、自分の治癒魔法を使ってたくさんの人を助けたかったのよね? 立派じゃない! すごいことじゃない!」
「だがルチカ、それは……」
「謝らない理由にはならない? そんなことない。だって、とーさまが誰かを元気にしている姿を見て、あたしも勇気をもらったもの。だから、とーさまは何も悪いことなんかしてないわ」
「悪いことなんだよ。その時間をもっとルチカに当てていれば、こんなことにはならなかった。俺がお前を傷つけたんだ。だから……」
「謝らないでよ、とーさま」
ルチカはゆっくり首を横に振ると、胸に手を当てて微笑んだ。
「とーさまは何も悪くないの。色んな人を助けたいと思える、優しくて小説に出てくるようなカッコイイヒーローなのよ」
「……ルチカだってそうだろう? 前に言ってたじゃねえか。困っている人を救える治癒術師になりたいって」
「嘘よ、そんなの」
「……え?」
衝撃的な発言をするルチカに、父はぽかんと口を開ける。
父がそんな表情をするなんて珍しいな、とルチカは思った。
同時に、父はルチカをヒーローだと勘違いしていたのだと気づいた。……そんなわけがないのに。
「誰かのためじゃない。全部自分のためにやったことよ」
「……夢ってのはどんな形であれ自分のために叶えるものだ。そんなに卑下する必要はない」
「卑下、するわよ。だってあたしの夢は……」
ルチカは閉じようとする口を強引に開けて声を上げる。
「とーさまと、家族になることだもの……」
「……どういう事だ?」
父はルチカの言っている意味が分からず眉を寄せた。
「……俺とルチカは家族だろう?」
「そうよ。あたしととーさまは家族。分かってる。分かってるのに……信じられなかった。とーさまのくれる愛を疑ってしまった」
「……」
「とーさまと家族になってしばらく経った時、お家に魔法協会の人が来たの、憶えてる?」
父は何も言わずにこくりと頷く。
「その時、魔法協会の人に言われたの。『どうして魔法がない子を引き取ったのですか』って……」
「ルチカ……」
「あたし、怖くなったの。いつかとーさまは魔法すら使えないあたしを見限ってしまうんじゃないか。嫌われるんじゃないかって」
あの後ルチカは父に抱き止められ、『大丈夫。俺はずっとお前のそばにいるから』と言ってくれたのを憶えている。
でも、ルチカは父の言葉を信じられなかったのだ。
何故なら魔法を使えない者は、この国では嫌という程虐げられる運命にあるからだ。
仲良くなってもならなくても、避けられてしまうことをルチカは知っているからだ。
「とーさまみたいにすごい治癒術師になれば、きっととーさまと本物の家族になれる。だから辛いことも苦しいことも胸に秘めて前に進んで幸せになろう。そう思って、あたしは治癒術師を目指したの。でも……」
ルチカは自嘲したように笑い、父の目を見た。
「上手くいかなかった。いくら頑張ってもとーさまどころかクラスのみんなに追いつけない。何度も試験に落ちて、何度も挫けそうになった。前の試験は二回も不合格になって、あと一回ダメだったら、もう学園には通えなくなる。……それが怖くて家出したの」
「……」
「今回の騒動もあたしが家出をしなかったらこんなことにはならなかった。全部全部全部、あたしが落ちこぼれで悪い子なのがいけないの。だから……」
ルチカは込み上げる涙を我慢してニカッと笑った。
「とーさまは何も悪くないのよ。だって責めるのも責められるのもあたしの役割なんだから」
物語には悪役がいる。間違ったことを犯したことにより、登場人物や読者にヘイトが向けられ、やがて誰からも許されることなく朽ちていく。
もしこれが誰かの手によって作られた物語なら、ルチカほどふさわしい悪役は存在しないだろう。
悪役に謝るヒーローなどかっこ悪い。誰よりも勇敢で誰よりも優しいヒーローは、何も言わずに悪役を倒すのがセオリーだ。
だからルチカは父を責めない。父に物を言う資格などルチかにはないのだから。
「……なるほどな」
父は腕を組んで何やら納得した様子で頷く。
(あたしの思いが届いたのかしら)
そんなことを期待していると、父は──再び頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……えっ? な、なんで、どうして!?」
「俺は悪い子だからな。悪いことをしたんだから謝るのは当然だろ?」
「ち、違う! 違うわ! とーさまは、とーさまは……」
どうして父は頑なに自分は悪くないと認めないのだろう。
これではむしろ自分より父が悪役のようではないか。
「とーさまは悪くないの! 悪い子は、責められるのは私だけなの! だからとーさまは謝らないで。ごめんなさいって言うのは、あたしだけで……」
「んなこたぁねえよ。だって俺も、ルチカと同じくらい伝えられてないことがたくさんあるんだからな」
「……つたえられてない、こと?」
父の衝撃的な発言に、今度はルチカがぽかんと口を開けた。
父はゆっくりと頭をあげてがしがしとかいた。
「……ルチカと家族になろうって言った日、覚えてるか
?」
「……うん」
「ありゃ嘘だ」
「……え?」
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