第12話 ルチカの呪い
目を開けると、そこは真夜中のように暗く静かな空間にルチカは一人ぽつんと立っていた。
(キャミーシャは? さっきまで森にいたのに、ここって一体……)
困惑していると、突如目の前に映像が映し出される。
ぼろぼろの建物の下、まだ年端もいかない少女は坊主の男の手を握って不安そうに目の前の高齢な女性を見上げていた。
(あれ、この人って……)
ルチカは目を擦り、もう一度女性を見た。
シワシワの顔に、優しそうな瞳、白い髪は何だかふわふわしていて思わず触れたくなる。
何か言おうとしたが口をぱくぱくと開閉したまま言葉が出てこない。
女性はルチカの目線に合わせるようしゃがむと、にこりと微笑んだ。
『ここは今日からあなたのお家よ。ここにはたくさんお友だちがいるから、すぐに仲良くなれると思うわ。……よろしくね、ルチカちゃん』
その時ルチカは確信した。
(孤児院の院長さん……。あの女の子はあたしで、孤児院に引き取られてる時だ……)
しかしどうしてこんな幼少期の自分が映し出されているのだろうか。疑問に思いつつ、ルチカは続きを見た。
○○○
よろしく、とは言われたものの泣きそうな目で見つめてくるルチカに、院長は頭を撫でた。
『大丈夫、大丈夫。あなたはもう、一人じゃないからね』
『う、うぅ……うあああん!』
ぽたぽたと大粒の涙を零すルチカを院長はぎゅっと抱きしめ、孤児院の中へ入っていった。
映像が切り替わる。今度はルチカが孤児院に入って一週間が経過した頃だ。
他の子どもたちが一緒になって遊んでいる中、ルチカは一人、ぬいぐるみに話しては窓の外を眺めている。
それを見かねた孤児院のお姉さんが、ルチカへ背中越しに声をかけた。
『ルチカちゃん、お姉さんと一緒に遊ばない? 』
『…… 』
『……ルチカちゃん? 』
何も反応しないルチカを不思議に思い、孤児院のお姉さんはルチカの顔を覗く。
見るとルチカは大粒の涙をこぼして泣いていた。
孤児院のお姉さんはルチカを抱きしめると、背中をそっとさする。
『何かあったの?』
『……あたし、みんなみたいにまほうがつかえないの』
『……そう、だね』
『みんな、まほうがつかえないあたしはおかしいって、へんだってさけるの』
『……うん』
『きっとまほうがつかえないあたしはみんなとかぞくになんかなれないのよ。こんなわるいこなんか、みんなあいしてくれないのよ……! 』
ルチカはぎゅっと院長の服を握ると胸の中で泣いた。
他の子たちに変だと思われないよう、からかわれないよう、静かに泣いた。
映像が切り替わる。今度は孤児院に入って一年、みんなで一緒に公園に行った時だ。
他の子どもたちが一緒になって遊具で遊んでいる中、ルチカは一人、花を摘んでは空を見上げている。
それを見かねた孤児院のお兄さんは、背中越しに声をかけた。
『ルチカちゃん、僕も一緒にやっていいかい? 』
『……』
『ルチカちゃん?』
何も反応しないルチカを不思議に思い、孤児院のお兄さんはルチカの顔を覗く。
見るとルチカは大粒の涙をこぼして泣いていた。
孤児院のお兄さんはルチカを抱きしめると、背中をそっとさする。
『何かあったんだね』
『……あたし、みんなとなかよくなるためにがんばってみたの』
『……うん』
『じぶんからこえをかけてみたり、あそびにさそったり、いろいろがんばったの』
『……うん』
『なかよくなれそうなかぞくもいたの。でも、みんなあたしをおいてどこかとおくへいっちゃうの。……みんな、みんなあたしのことがきらいなのよ……!』
ルチカはぎゅっと孤児院のお兄さんの服を握ると胸の中で泣いた。
他の子たちに変だと思われないよう、嫌われないよう、静かに泣いた。
映像が切り替わる。今度は父に引き取られ少し経った時だ。
父の同僚である二人組みの男女が訪問してきて、今まさに帰ろうとしているところだ。
大事な話なので、ルチカは自室にいたが、せめて最後に挨拶くらいしておきたいと思い、父の所へ移動した。
父は驚き、二人組みの男女は目を丸くしている。
『あの、えっとあたしは…… 』
『さては前に言ってたヤクードの娘さんだな? 』
『は、はい……』
恥ずかしさにもじもじするルチカに、ふくよかな体型の女性は言った。
『まぁ何にせよ、ヤクードさんも早く家族を作らないといけませんね』
『……え?』
困惑するルチカ。一方父は舌打ちをすると、静止するよう促す。
しかし女性は父を無視して続けた。
『あなたは優秀な治癒術師の家系ですのに、どうして魔法がない子どもを引き取ったのです?』
『おい、てめぇいい加減に…… 』
『あたし、かぞくじゃないの?』
『なっ……』
父がルチカを見ると、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。
父はルチカを抱きしめると、背中をそっとさすった。
『パパみたいなつよいちゆじゅつしじゃないと、かぞくになれないの? なるしかくがないの?』
ルチカはぎゅっと父の服を握ると胸の中で泣いた。
客人がいるにも関わらず、声を出して泣いた。
○○○
映像が止まり、ルチカは膝から崩れ落ちる。
暗闇の中ぽたぽたと床に染みるのは、誰であろうルチカの涙だ。
(そうだ。あたしは誰かを助けたいなんて最初から思ってなかった。ずっとずっと一人になりたくなくて、頑張ってきたんだ)
学園に入ってからルチカは自分の夢に嘘をついた。だって、みんな誰かを救いたいと心から願っていたから。
(なら、ここで立ち止まっている暇はない。早くとーさまみたいな立派な治癒術師になって、家族にならないと……)
そうすれば、きっとルチカはもう傷つかない。一人にならない。苦しまない。幸せな人生が待っている。きっと、きっとそうだ……。
「……」
ふと誰かに肩をつつかれ、ルチカは身体を後ろに向けた。
見るとそこには自分によく似た女の子がいた。
(ううん、この子……あたしだ)
何故もう一人いるのか首を傾げると、もう一人のルチカは口を開けた。
「もう、やめて」
「…………え?」
直後目に映ったのは、胸に無数の矢が突き刺さり、膝から崩れ落ちたルチカだった。
父からもらった三角帽子はくしゃくしゃに紙くずのように床に丸まっていて、目からは赤い涙を流している。
「おねがいだから、なにもしないで。つらいの。こわいの。くるしいの」
「……」
「これいじょうあたしをきずつけないで。これいじょうあたしをいじめないで」
「い、いじめてなんか……」
「……たい」
「……え?」
何を言ったのか分からず、ルチカは一歩前に出た。
すると、もう一人のルチカは地面に這いつくばり、ルチカの足を掴んだ。
「いたい。いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」
「ヒッ……」
どうにかして手を離そうとするが、力が強く中々離れない。
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」
「やめて……!やめてよ!」
「いたいいたいくるしいくるしいつらいつらいこわいこわいやだやだやだやだだだだだだぁぁぁあああ!」
いくら耳を塞いでも頭に響くその声に、ルチカは膝を抱えて背中を丸める。
何度も何度も言われ続け……ルチカはついに心が壊れた。
床に倒れ、呆然と見つめるその先には、もう一人のルチカが透明な涙を流していた。
意識が途切れる直前、自分に似た声がぽつんと言った。
「たすけて」
○○○
ルチカが目を開けると、白い天井が見える。視線を下げるとカーテンに囲まれていて、ルチカのすぐ横には青い花が入った花瓶が机に置かれていた。
「……」
ルチカはこの光景に見覚えがある。小さい頃、酷い風邪を引いてしまいここと似た部屋で数日間入院したことがある。
(るもんと、だいびょういん……)
ぼーっと天井を見ていると、さっきのことを思い出す。
胸に矢が刺さり、苦しい痛いと叫び続ける自分によく似た人物。
(ちがう。あのこは、あのこは……あたしだ。あたしの、こころだ……)
「うっぷ……」
突然腹の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。ルチカは我慢しようと口元に手を当てようとした。
「……ッ!?」
その瞬間全身が金づちで打たれたかのような重い衝撃が走り、ルチカは悲鳴混じりに吐いた。
「おい、ルチカ、開けるぞ!」
異変に気づいた誰かがカーテンを開ける頃にはルチカの吐き気は収まっており、はぁはぁと荒い息を繰り返している。
涙ととしゃ物で見えにくいが、そこに立っていたのは白衣を着た父──ヤクードだった。
「とーさまぁ! とーさまぁあああ……!」
「大丈夫、大丈夫だ。俺が絶対お前を治してみせるから」
「うわあああん……!」
ルチカは小さな子どものように泣きわめくのだった。
読んでくださりありがとうございます! もし良ければ下の星やブックマーク、感想などで評価をお願いします!




