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第11話 おわかれ

「にゃっ! にゃにゃっ!」


久しぶりに心地よい夢を見ていたルチカは、猫の声に重い瞼を開ける。


「どうしたのぉ……キャミーシャぁ……」


まだ寝ぼけているルチカは、キャミーシャととーさまがごちゃ混ぜになりながら身体を起こす。

目を擦ると、足元にはキャミーシャがにゃーにゃーと声を上げている。

キャミーシャが呼びに来るのは珍しい。というかそれ以前に……。


「まだ安静にしてなきゃだめよキャミーシャ」


幸い怪我もなく頭を打って気を失っていただけだが、完治しているとは言い難い。

治癒魔法ならすぐに治るが、キャミーシャに魔法を唱えてはいないのだ。


「にゃあっ! にゃーにゃっ!」


しかし、キャミーシャはルチカの注意を無視して声を上げ続けている。

ルチカの目はすでに覚めているため、もうやめてもいいのだが……。


(……ランプキンさんに何かあったのかしら)


いつもルチカを訪問してくるのは決まってランプキンだ。その屋敷の主がここにいないということは何か良からぬことが起きているのかもしれない。


ルチカはベッドから立ち上がり、机に置いてある三角帽子と肩下げカバンを身につけて、キャミーシャの傍に行く。


「キャミーシャ、案内できるかしら?」


「にゃっ!」


任せたとばかりにキャミーシャは頷くと、半開きのドアを肉球で押して早足に階段を降りていく。

ルチカもキャミーシャに続くと、肩下げカバンのチャックを開けて杖を持った。


(もしランプキンさんが怪我をしていたら……治してあげなくちゃ!)


出来るのだろうか? 昨日のように失敗しないだろうか?

そんな不安を胸に押し込めて、ルチカは三角帽子を押さえ進み続ける。


階段を降り、暗い廊下を抜け、玄関を開けると、無数の花が咲いている庭に着いた。


「どこにいるのかしら……」


いくら沢山の花が咲いていると言っても、そこまで広大な庭ではない。

実際、以前水やりをした時もそこまで時間はかからなかった。


「本当にここにいたの?」


「にゃ、にゃあ……」


キャミーシャは不安と混乱で左右に顔を動かしている。

いつもは上機嫌に揺れているしっぽも、今はしゅんと垂れていた。


ルチカはキャミーシャの頭を安心させるように優しく撫でる。


「キャミーシャは左を探して。あたしは右の方を探すから」


「にゃ、にゃっ!」


自分を奮い立たせるように頷いたキャミーシャは、言うが早いか左の方へ走っていく。

一方のルチカはゆっくり歩きながら慎重に辺りを見回す。


(ぱっと見てランプキンさんが分からないのはおかしいわよね……)


何せ客室からでも見えるくらい、ランプキンの見た目は目立つのだ。

今日は曇りではあるが、霧で視界が見えにくいわけでも、薄暗いわけでもない。


なのに分からないとなると、すでに屋敷へ戻っているか、倒れているかの二択である。


「ランプキンさん、どこにいるの……!」


ルチカが目線を下げて探していると、突如強い風が吹く。

反応が遅れ、三角帽子が風に舞い、森の方へ飛んでいってしまった。


「……森?」


ルチカは三角帽子とは別の理由で気になり、森の中へ入っていく。

先程と打って変わり、まだ日中だと言うのに視界が薄暗く見えずらい。


ルチカは森で迷子になった時を思い出し、心臓がドクドクと鳴り響く。


(大丈夫、大丈夫……)


そう言い聞かせて一歩一歩進むと──木の幹にルチカの三角帽子が刺さっていた。

幸いにもルチカでも届く高さで、背伸びをして三角帽子を取ると、ぱっぱと砂埃をはらう。


「傷はついてない……良かった」


ルチカはほっと胸を撫で下ろし、ふと不思議に思い首を傾げる。


(どうしてこの辺りだけ明るいのかしら……?)


一度空を見上げてみる。木の葉同士が当たって分かりにくいが、天候は先程と変わっていないように思える。


ルチカは眉を寄せながら先に進もうとすると、左の方がやけに眩しいことに気付いた。

杖を両手で握り、そーっとその場所へ向かうと──。


「……え?」


そこにはきらきらと光る黒色のかぼちゃ頭がちょこんと置かれていた。

その周りには黄色に光る粒子や、いかにも怪しい黒いもやがかぼちゃ頭を守るように囲んでいる。


「もしかして、ランプキンさんなの?」


粒子はまだしも、黒いもやは見覚えがある。あの日、ランプキンと接触した際、一瞬だけ出たあれと同じだ。

それにこのかぼちゃ頭。もしかしたら森に捨てられていたのかもしれないが、庭にいたはずのランプキンがすぐ近くの森に移動した可能性の方が高いだろう。


ルチカはかぼちゃ頭──ランプキンから少し距離をとって杖を持ったままかがんだ。


「ランプキンさん、どうしました? どこか身体の調子でも悪いんですか?」


「……」


「あたし、何か出来る……かもしれないので、良かったら何があったのか話してくれると嬉しいんですけど……」


バクバクとなる胸を押さえつつ、ルチカはランプキンの次の言葉を待った。

しかし、ランプキンは一行に声を出さず、低木をじっと見つめている。


(ど、どうすればいいのかしら……)


持ち帰ろうにも絶対に触れるなとランプキンから言われている。ランプキンの約束を破って無理矢理にでも持っていくことはできるが、ルチカはそれをやるだけの勇気はない。

なぜならランプキンの魔法は──。


「……か」


「ランプキンさん?」


ボソッと声が聞こえた。くぐもっていて聞き取りにくいが、間違いなくランプキンの声音だ。


「キャミーシャに呼ばれて来たんだけど。えっと、大丈夫なの?」


「るち、か」


「な、なに?」


名前を呼ばれ、ルチカはごくりと唾を飲み込む。

しばらくしてランプキンはかぼちゃ頭をルチカの方へ向けると、低い声で呟いた。


「逃げろ」


「……え?」


直後、ぼふっという音と共にランプキンから黒いもやが盛大に溢れ、ルチカを飲み込まんとする。


その時、突如ルチカの前に木々を遥かに超える巨大な氷の壁が現れたかと思うと、もう一つの小さな氷の壁に押され、坂を転がって行った。


やがて速度が落ち、雨に濡れて凹んだ地面に止まると、ルチカはずきずきと痛む頭を撫でる。


「いったい何がどうなって……」


「にゃにゃ!」


正面を見るとそこには荒い息を吐きながらしっぽを揺らすキャミーシャがいた。


「もしかして、さっきの氷の壁って……」


確認しようとしたところで、背後から黒いもやが近づいてきていることに気付く。

ルチカは慌てて起き上がると、頭上に氷の矢を浮かべながら走るキャミーシャを追う。


(整理してる暇はない。とにかく逃げないと)


折れた木を避け、川を飛び越え、落ち葉に気をつけながら走り続ける。

キャミーシャは時折ルチカがついてきているか確認しているが、ルチカには後ろを見るほどの余裕はない。


やがて目の前から光が溢れているのが見える。ランプキンの光の粒子でも魔法でもない、太陽の光だ。


(あと少しで出られる!)


……その一瞬の油断に、ルチカは気を取られた。


「しまっ──」


ルチカは太い枝に躓き転んでしまったのだ。

後ろを見れば黒いもやがすぐそこまで迫っている。


(急がないと……いっ!?)


しかし、強烈な左足の痛みに立とうにも上手く立てない。おそらく、転んだ拍子に足を捻ってしまったのだろう。


(魔法……治癒魔法……)


ずっと握っていた杖を足に向けようとする。しかし、迫る恐怖によって手が震え、杖が落ちてしまった。


(早く……早く立って! 立ってよ! 立てって!)


ルチカの心の叫びは足に届いてくれない。這いつくばり必死に光の先へ進むルチカに気づき、キャミーシャは走ってこちらへ向かってきた。


「だめよキャミーシャ! あなただけでも……」


ルチカの涙声に、キャミーシャは首を振って思いっきりジャンプする。そして、


「ニャーニャッ……ニャアアァァァッ!」


先程と同じ……いやそれ以上に大きな氷の壁を作り、ルチカを守った。


「きゃみー、しゃ……らんぷ、きん……」


直後、急激に瞼が重くなり、意識が薄くなるのを感じる。


「まって……まっ……て」


ルチカはこちらに向かって走るキャミーシャに手を伸ばそうとする。

しかし、視界は徐々に暗くなっていき、やがて何も見えなくなった。

左手が温かい。もしかして、キャミーシャが握ってくれているのだろうか。


「とーさま……」


誰にでもなくぽつりと呟き、ルチカの意識は途絶えてしまうのだった。

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