第10話 月下のカボチャステップ
食堂に戻りランプキンと共にキャミーシャへ応急手当をしたルチカは、席に座って視線を落としていた。
ランプキンから水をもらったが、口に入れる気にすらなれず、自分の不甲斐なさにため息を吐く。
(なんのための治癒魔法よ。なんのための学園よ……!)
なにもしなかった。なにも出来なかった。本当はもっとやれたのに、練習なら成功したのに、結局助けることが出来なかった。
幸いにも大した怪我ではなかったけれど、もし打ちどころが悪かったら、キャミーシャは死んでいたかもしれない。ランプキンを今よりもっと悲しませていたかもしれない。
(きっととーさまなら失敗しない。すぐに怪我人へ杖を向けて助けるわ。クラスメイトも……)
ルチカは溢れそうになる涙をグッと堪えて、何度も何度も責め続けた。
そうでもしないと、この胸に締め付ける罪悪感を誤魔化すことができないのだ。
「ルチカさん」
(なんのために魔法が使えるのよ! 苦しんでいる人やモンスターを助けたいんじゃないの!? なにやってるのよ……!)
「ルチカさん」
(このままじゃ治癒術師になんかなれないわ。とーさまみたいなカッコイイ魔法使いになんて、夢のまた夢よ……)
「ルチカさん!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
正面に座っていたランプキンから大声で名前を呼ばれ、ルチカは肩をビクッとさせながら素っ頓狂な声をあげる。
ランプキンは足を組みながらこほんと軽く咳払いをした。
(もしかして怒っているのかしら……)
当然だ。ずっと一緒に暮らしている大事な同居モンスターに怪我をさせてしまったのだ。ルチカを責めるのも無理はない。
そう思い、ルチカは目尻に浮かんでいる涙をゴシゴシと拭き取って、
「ようやくこちらを向いて──」
「ごめんなさいっ!」
「……え?」
話を遮られぽかんとするランプキン。ルチカは構わず続けた。
「あたしがキャミーシャをちゃんと見ていたら、あの子をちゃんと注意していたら、こんなことにはならなかった」
「……」
「許してほしいなんて言わないわ。でも。……本当に、本当に、ごめんなさい」
ルチカは机に額を擦り付けそうになるまで頭を下げてランプキンに謝罪した。
すると、ランプキンはぽりぽりと頭をかきながら椅子から立つと、ルチカの近くへやってくる。
げんこつの一つでもぶつけられるんじゃないかと思い、ルチカは身構える。
しかし、ランプキンから発せられたのは意外な言葉だった。
「キャミーシャを助けてくれてありがとう」
「……え?」
ぽかんと口を開けるルチカに構わずランプキンは続けた。
「先程の応急手当は見事だったよ。キャミーシャに声をかけ続け、素早く治療を終わらせたあの手腕は素晴らしいものだった」
「……ランプキンさんも手伝ってくれたじゃないですか」
「私がやったことと言えば、応急箱の準備だし、手当はルチカの指示に従ったまでだ」
「でも、あたしがもっとキャミーシャを見ていたら怪我すらしていなかったわ」
「……かもしれないね」
ランプキンの言葉にルチカは視線を下げる。
「しかし、キャミーシャを助けたのは紛れもない君自身の力だ。君がいなかったらキャミーシャを気付くのに遅れていただろう。上手く手当ができず、さらに傷口を深くしていただろう」
「……」
「だから、ありがとうルチカさん。キャミーシャを……私の大切な友人を助けてくれて」
そう言ってランプキンは深く頭を下げる。謝罪でも怒りでもなく、感謝を伝えてくれたのだ。
(あたし、悪い子なのに……)
治癒魔法が使えるのに、結局実践では役に立たなかった。自分が治癒術師と言える勇気すら持ち合わせていないちっぽけな奴だ。
(こんなあたしでもありがとうって言ってくれた。それってちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嬉しい……かも)
ルチカは顔が緩んでいることに気づき、ぶるぶると首を横に振った。
(だめよ、こんな隠し事ばかりの自分を許しちゃ。嬉しいなんて思うのはいけないんだから……)
「ふむ、何か面白いことでもあったのかい?」
「な、なんでもないです!」
恥ずかしくなったルチカはぷいっと顔を横に向ける。
ランプキンは何やらふむ……と唸ると、窓の前へ移動してカーテンを開けた。
(外の様子が気になるのかしら)
ルチカは不思議そうに窓の外を見て、少し驚く。いつの間にやら空に月が輝いていたからである。
どうやら掃除やキャミーシャの件でバタバタしているうちに一日が終わろうとしていたようだ。
(……早いわね)
ルチカが肩を下げると、ランプキンは窓を開けてその先にあるバルコニーへ足を進めた。
食堂にバルコニーがあるんだ……と感心していると、ランプキンが手招きをしてくる。
ルチカは席を立って三角帽子を被り、おずおずとバルコニーの前へ移動した。
「っくしゅ!」
風は出ていないが、太陽が沈んでいるので、寒いものは寒い。
一方、ルチカが寒さに身体を縮めているのとは裏腹に、ランプキンはただただ月を見つめている。マントで身体を覆っているため、寒さを感じないのかもしれない。
(何をするのかしら)
しばし待つこと数分後。
ランプキンはトン、トン、トンと足踏みをしたかと思うと突如ステップを始める。
それがダンスだと気付くのはそうかからなかった。時折父がやっているところを見たことがあるからだ。
かぼちゃ姿の怪人が月をバックに踊るその姿は、不思議と似合っており妖艶さも感じられる。どこか寂しさも漂うのは、音楽がないからか、それともペアがいないからか。
やがてランプキンはダンスをやめると、額にない汗を拭って、吐息をついた。
遅れて拍手するルチカを見て、ランプキンは不安そうに目を細める。
「説明もなしに踊るのは不快だったかい?」
「そ、そうじゃないの。とても、とっても素敵なダンスで見惚れちゃって……」
「君の心を撃ち抜けられたようで何よりだよ」
「ごめんなさい。あたし、将来はとーさまみたいな男の人と結婚したくて」
「ふーむ、考える間もなく振られてしまったね。少し残念だよ」
ランプキンは特に残念がることもなく片手を手すりに置くと背中越しに月を眺める。
「物語に出てくる怪盗みたい……」
脳裏に浮かんだことがうっかり言葉に出てしまい、ルチカは慌てて口を手で覆った。
当然ランプキンは聞こえているようで、ふふっと笑ったあとルチカの方を見た。
「満月の夜、全身をマントで隠したかぼちゃ頭の怪盗が大切な宝物を奪う。考えてみたが中々面白いね」
どうやらランプキンは乗り気のようで、ルチカはほっと胸を撫で下ろす。
「ランプキンさんは、何か欲しいものがあるんですか?」
「欲しいものかい? うーむ、そうだね……」
ランプキンは目を閉じてしばらく考えると、ぽんと手を打った。
「誰とでも打ち解けられることかな。お化けだから難しいとは思うけど」
「確かにお化けは怖がる人がいるかも……って、え?」
何やら衝撃的なことを言われた気がして、ルチカは固まった。
「い、いまお化けって言った……?」
ランプキンは無言で首を縦に振ると、目を閉じたり開けたりして、ない眉を寄せた。
「あれ、言ってなかったかい? 」
「……一度も聞いてないけれど」
会った当初は屋敷に住むかぼちゃ頭のお化けと思っていた。しかし、会話ができて物に触れることができるので違うのではと感じていたのだ。
(え、本当にお化けだったの!?)
混乱するルチカにランプキンは苦笑いを浮かべると人差し指を立てた。
「一人で遊んでいたら何もないところでうっかり躓いて、階段から転げ落ちてしまってね。目が覚めたら何故かこんな姿になっていたのさ」
「怖かった?」
「最初はね。でも今はむしろこっちの方が気に入っているかな」
そう言ってランプキンはマントを脱いでルチカに見せる。
そこには身体が存在せず、かぼちゃと両手がぷかぷかと浮かんでいる。長身のようにも見えたが、それはランプキンの頭が常に高い位置に浮遊していただけなのだ。
ルチカが思わず凝視しているのを見て、ランプキンは恥ずかしいのかすぐにマントを着る。それからルチカに背を向けて月に向かって手を伸ばした。
「生前、私は魔法学園にも行かず家にこもってばかりだった。夜中にここで美しい月を眺めては、現状に落胆していたものさ」
「学園に行けないから……?」
「他人と比べて何も出来ない自分に苛立ちがあったからだよ」
「……」
どうしてランプキンは、見ず知らずのルチカを屋敷に迎え入れてくれたのか。
どうしてランプキンは、無力な存在であるルチカに対してこんなにも優しく、時にはダンスで気を紛らわせようとしてくれたのか。
それはもしかしたら、生前の自分とルチカを重ねていたからなのかもしれない。
ランプキンの行動の意図が少しだけ分かった気がして、しかしルチカは不快な思いにはならなかった。
(あたしだけじゃない。みんなきっと、なりたい自分に苦しんでるのね。どれだけあたしより魔法が上手でも、夢を叶えていても、誰かと比較して笑顔の裏で落ち込む時もあるのね)
そう考えると、ルチカの傷んでいた心がほんの少しだけ治るのを感じた。
「どうしたんだい、ルチカ? やはり私の昔話は面白くなかったかな?」
「ごめんなさい、ちょっと物思いにふけっていました。ランプキンさんのお話、もっともっと聞きたいです」
「私から話を振っておいておかしな話だが、そんなに興味があるのかい? 」
「だめ、かしら?」
ルチカの悲しげな声音に、ランプキンはちくちくとなる胸を抑えると、身体をルチカの方へ向け直す。
「なら、私のおかしな失敗談でも話そうか」
「っくしゅ!」
「……室内に戻ってからね」
「そ、そうですね……」
ルチカはくしゃみと一緒に出た鼻水を慌てて拭いて、バルコニーから背を向けた。
○○○
ランプキンの過去の話を聞くこと数時間後。
自分の部屋に戻ったルチカは、書庫で読んだ本の内容とランプキンの素性をノートにまとめ、ぐいっと背を伸ばして吐息をつく。
(やっぱりランプキンは、『あの魔法』が使える珍しい人だったのね……)
もしそうなら、父に一度相談しなければならない。
(……ううん、その前にランプキンに聞いておかないと。患者さんの意志を無視して治療するのは良くないってとーさまも言ってたし)
ルチカは深く頷いてノートと羽根ペンをカバンに入れると、毛布の中に潜った。
(明日、家に帰ろうかしら……。でも……)
帰ったところで、ルチカが落ちこぼれなのは変わらない。下手をすれば今よりもっと傷付くことが起こってしまうかもしれない。
父やクラスメイトに会うのは怖い。怒られたり変な目で見られたりするだろう。それでも。
(このままランプキンの優しさに甘えていたら、もっと自分のことが嫌いになる。みんなを悲しませる)
それなら勇気を出して帰る以外選択肢はないのだ。
そう決意した瞬間、急に眠気が襲ってくる。
「ランプキン……あたし……もうちょっと……がんばって……みるぅ……」
腕を上げて小さな声で呟き、ルチカは静かな部屋で目を閉じたのだった。
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