第百六話「リターン・オブ・プリンセス」
デストラの最北に位置する高台に全高100マルトを優に超す巨大な塔が建っている。
築120年を超えるこの古ぼけた塔を訪れる者は今となってはあまりに少ないが、
今、その錆びついた扉がゆっくりと開かれる。
扉を開け、時計塔の中へ入ってきたのは、シロウだった。
かつてエタニティとして活動していたが、ルトヴァーニャ大武闘会で射殺されかけたのを機に離反。
以後エタニティへの復讐と罪滅ぼしの為一人でエタニティと戦っていた。
黙々と階段を上り最上階にたどり着くと、シロウがこの塔を訪れた目的がそこにあった。
エタニティの首魁、アルバス・ロアが。
「…貴様か」
アルバスは振り向きもせずそう言った。
「随分と残念そうだな」
「確かに。裏切り者のお前は勝手に死んでくれてれば良かったが、
私自ら手を下さなくてはならなくなったのは残念と言えば…残念だな」
「ふざけろ。俺は須磨に狙撃されてからずっと、お前に復讐する事だけを胸に生き永らえてきた…。
アルバス・ロア。俺はお前を……殺す!!」
「無理だと言う事を理解しろ」
「それこそ無理だね!!」
そう吐き捨てシロウはアルバスに殴りかかった。
アーサレナの未来を賭けた戦いが、誰も知らぬ場所で始まった。
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リゼルの急降下の勢いを借りた突きをコウは少し状態をそらして回避した。
カウンター攻撃を挟む事も無く、ただ避けるだけ。
着地したリゼルがすぐに反転し横薙ぎに剣を振るうもコウはまたしても避けるばかり。
リゼルに一切攻撃を加えようとはしなかった。
「貴様…ふざけているのか!!?」
「本気に決まってんだろ…!俺はお前を傷つけたくはない!!」
「戦場で敵に向かってそんなセリフを吐くのは、冒涜だぞ!!」
「敵じゃないから言えるんだろ!!」
「かつてはそうだったかもしれない…。だが今はお前たちの敵だ。
お前を殺すことだって何の躊躇も無く…」
「なら何故泣く!!」
リゼルの言葉をコウは遮った。
「!?私が…泣いているだと?」
「ああ。泣くだけじゃない。怒ったり、声を荒げたり…。
本当に洗脳によって心を失くしたと言うのならそんな事不可能なはずだ!
そしてその剥き出しの感情こそ、お前がまだ心を失っていなくて、抵抗を続けている証拠なんだ!!」
「言うな!それ以上言われれば、頭がおかしくなってくる…!」
「姉さんだって今のアルバスやマサツグに従う意味が無いって事は理解できるはずだ!!」
コウに続くようにシドもリゼルの説得を始める。
「だとしても…だとしてももう後戻りできないでしょ!!
私は貴方達を裏切った!過程はどうであれ、裏切った事実に変わりはない…。
その罪を今更頭を下げて許してもらおうなんて虫が良すぎる!」
「お前が自分を許せなくても、俺は…いや俺達はお前を許す!
お前が後戻りできないと言うのは、お前が罪を犯したと自覚している証拠だろう…?」
「そうよ!だから…」
「どうしてもって言うなら」
コウは背中から魔剣を抜いた。
誰しもがコウが戦うものと思っていたが、コウは無造作に魔剣を放り投げ、両手を広げてみせる。
「俺を斬ってけじめをつけてみせろ。
たとえアルバスを倒して平和を取り戻したって、お前がいないんじゃ意味がない………。」
「正気ですかコウさん!?自分から姉さんに殺されようとするなんて!!」
「たとえエタニティ側でい続けたとしても俺が生きていると知れば彼女は殺される。
アルバスはそう言う奴だ。」
「でも、だからってコウさんがここで犠牲になる必要は…」
「大丈夫だ、俺はまだ死ぬつもりはない」
そう言うとコウは再びリゼルの方を見やり、
「…やるなら思い切り一発でやってくれ。その方が苦しまなくて済む」
リゼルは、一呼吸すると泣き叫びながらコウに詰め寄り、右手の細剣をコウの脇腹に深く突き刺した。
刺傷からは血が噴き出し、コウも血を吐き出し苦しみだす。
「カハッ…!」
「コウ!…どうしてっ……!!」
「言ったろ…。けじめをつけろって。それに」
コウはリゼルに自らの唇を重ねる。
「!?なにを…」
「解呪の呪文を、お前の身体の中に直接流し込んだ。
異能を魔法で打ち消せるかどうか、核心は無かったがやるしか無いと思ったんだ…」
「なら、それを早く言ってよ」
「知られたら絶対邪魔が入る。それともう一つ」
「なに?」
「愛してる」
「…それ今言う事?」
リゼルはクスリと笑みを浮かべてみせた。
リゼルは、正気に戻った。
「ヴォアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ゴア!ゴアアアア!!!」
「ガアアァァァァァァァアア!!!!!」
コウとリゼルを取り囲んだクローン兵たちが猛獣の如く雄叫びやうなり声をあげがなり立ててくる。
統率する者を失い混乱しているのか?
そう思われた時、クローン兵たちの両腕から赤黒い糸が伸び、それらは複雑に絡み合って巨大な人型を作り上げた。
向こうの方で別の赤黒い装束を纏った巨人が驚いた様子を見せたが、無視してもよさそうだ。
「見せつけるんじゃない、殺すぞ…とでも言っているのかしら」
「リゼル、お前の復活祝いだ。蹴散らすぞ!」
「でもコウ、その怪我…」
「問題ない。やるぞ!」
リゼルとコウは同時に駆け出し、コウが魔剣を拾い上げると同時にリゼルが赤黒の巨人の左の踵を切り裂く。
赤黒の巨人がバランスを崩しながらコウ目掛け右拳を振り下ろすも、コウはこれを左へ回避。
返す手で巨人の右手首を斬り落とす。
もだえ苦しむ巨人を前にコウとリゼルは横一列に並ぶと、互いに剣を納刀して両手を突き出し、意識を両掌に集中させる。
「ぶっつけ本番だが、行けるか?」
「もちろん」
「その意気だ。宵闇よ、雷鳴よ、一つに溶け合い、混ざり合い巨大な渦を成せ」
リゼルが頷くのを見やるとコウは呪文の詠唱を始める。
これは上位の呪文を発動しようとする、何よりの証明だ。
「そして我等に立ちふさがる全てを打ち払う嵐となれ…」
リゼルも続いて詠唱。
2人の前では巨大な魔力の塊が渦巻き、唸りを上げていた。
「ライトニングッッ」
「パニッシャァァァァァァァーッッ!!!!」
コウとリゼルが同時に腕を突き出し、魔力の塊が巨大な紫色の波動となって赤黒の巨人を呑み込んでいく。
波動は巨人に避ける暇も身構える暇も与える事無くその身体をみるみる内に削ぎ落とし、
波動の嵐が止む頃には既に赤黒の巨人は人型を維持できず、音を立てて崩れ去っていった。
眼前の敵を倒すと、コウは力なく膝から崩れ落ち、血反吐を吐いた。
「ちょ…大丈夫なの!?」
「あぁ、大丈夫だ。大丈夫だが…少し、休ませてほしい」
リゼルは、いやシドとツバキも彼の要求を受け入れた。
彼は大切な者を取り戻す為ここまで来て、そしてそれを成し遂げた。
まだ道程としてはようやく一つの山を乗り越えただけかもしれないが、
これからの事を考えると今はむしろコウを休ませるべきなのだろう。
例えそれが瞬きほどの僅かな時間であったとしても。
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形勢は完全に逆転していた。
フェニックスとペガサスの羽ばたきはマンダの放つ猛毒の気を吹き飛ばし、
マンダの振るう鞭は二匹の鳥獣に跨るシャインとシャッテには届かないからだ。
「くぅっ…卑怯だぞガキ共!!降りて戦え!!!」
「卑怯…?貴方達エタニティにそんな言葉を使う資格があると思って?」
マンダの言葉をシャッテは冷たく切り捨てた。
シャインもシャッテに頷き、同意する。
「貴方が逆の立場で、同じように卑怯だと言われたらこう返すつもりなんでしょう?
"これは戦争だ。キレイも汚いもない。だからどんな手でも使う"と」
何も返さずただシャインとシャッテを睨み返すマンダ。
どうやら図星だった様だ。
「…結局その日その時都合がいい言葉を選んで、自分が有利な立場でい続けたいってだけなのね。
実力者を気取ってはいるけれど、一皮むいてしまえば何て底の浅い…」
「喋るな!!なまじそこらの子供より賢しいだけに余計腹が立つ!!
その生意気な口、今すぐ黙らせてやる!!ヴェノムオーラ・サーペント!!!!」
マンダから放たれた気が無数の黒い蛇の姿を成し、不規則な軌道を描きながら各々にシャインとシャッテを乗せたフェニックスとペガサスへ殺到する。
フェニックスとペガサスは散開すると上空高く舞い上がり、黒蛇型のオーラを翻弄していく。
左、右、上、もう一回左、下とフェニックスが跳び回り、更に螺旋軌道を描きながら急降下すると黒蛇型のオーラの内二つが錐もみ状態に入り、もつれ合って爆散する。
続けてフェニックスが火を吐き黒蛇型のオーラを焼き払い、ペガサスも翼から氷のつぶてを放ち黒蛇型のオーラを次々撃ち落としていく。
「ば…バカな!?あれだけの数のオーラを一瞬で……!?」
「私達姉妹には、心が繋がっている家族がいる!守りたい人たちもいる!!
1人きりの貴方なんかに負ける筈はない!!」
シャインとシャッテが互いに杖を頭上高く掲げ、2人を乗せたフェニックスとペガサスも自らの目の前に魔法陣を展開。
可能な限りの魔力を集中させる。
「受けなさい!私達家族の!」
「絆と結束を込めて放つ最大魔法!」
「ギャラクシィィィー!!!!」
「インッパルスッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
2人と一匹と一羽から放たれた波動が混ざり合い、巨大な一つの波動となりマンダを呑み込まんと迫りゆく。
「何をするかと思えば、こんな単調な魔法!!」
マンダは狼狽える様子も見せず左へ飛んで回避。
しかしギャラクシーインパルスと名付けられた合体魔法はマンダが避けた瞬間四つに分かれ、
四方からマンダを襲う!
「ッ!?う、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
マンダは成す術もなく襲い来る波動に呑まれ、絶叫と共に消滅する。
戦い終え、フェニックスとペガサスが地上へ降り立とうとするが、
「待ってお母さん!」
「?どうしたのですか」
「このまま、兄ちゃん達の所へ向かって。
多分…兄ちゃん達の方も一段落してるだろうから」
「…解りました。もしも敵と戦っている最中でしたら、私達で勇者コウに加勢いたしましょう」
「勇者…。私が現世を離れている間に色々状況が変わって来ている様だな」
「そういえば、お父さんはにーちゃんとは初対面になるんだったね」
幾年ぶり、いやシャインとシャッテにとって初めてとなる一家水入らずの談話を交えながら二人と一匹と一羽は勇者コウの元へ飛び立った。




