第九十七話「怨念の戦士 田島京蔵」
「せい…ぎぃ?」
京蔵が不満げな表情でコウを睨みつける。
その形相はまさに鬼。
常人であればその一睨みだけで射竦められるか、ショック死してしまうであろう。
しかしコウ達はその常人を超える者。
怖気づく事なく京蔵を睨み返すと、
「不服そうだな。目的も理由もなく人を殺す自分が正義だとでも思っているのか?」
「目的ならある。あるが教える訳にはいかん。これから死にゆく者になどな」
目の前の京蔵を注視しながらコウはエルマの青年を視界の端に捉えていた。
脱兎の如き速さで戦闘の巻き添えを食いかねない範囲から逃げ出しているのが見える。
まずは一安心と言ったところだが、ここで負ければまた彼が、いや彼だけでなくここのエルマ全てが犠牲になりかねない。
それだけは、何が何でも避けたい。
「俺は死なない。死ねない理由が山とあるから…ここで死ぬわけにはいかない」
「ほざけ!!」
京蔵が叫び、切りかかる。
コウは後方に飛びこれを回避。
切っ先が僅かにコウの衣服を切り裂く。
更に京蔵は横薙ぎに刀を振るう。
コウはこれを見事なブリッジで回避。
それと同時に、
「シド!ツバキィ!魔法攻撃!」
コウの指示を受けシドが土掌で京蔵を覆い、
京蔵の身体が完全に隠れるより先にツバキが火を吹いた。
火炎吐息。
その名の通り炎を帯びた息で攻撃する単純ながら高い威力を発揮する火属性の魔法だ。
そして、火炎吐息は土掌の結界の中に滑り込むように侵入。
熱される事で土掌の結界は更に硬度を増し、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。
京蔵は土の牢獄の中で炎に焼かれる形となった。
「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ああぁぁ!あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
苦悶の叫びをあげる京蔵。
「苦しいか!?苦しいだろ!!それはお前が今まで殺してきた人たちの怒りの炎だ!」
「怒り…?そんな物は必要ない‥‥‥ワシに必要なのは」
土掌の結界に亀裂が走る。
「なにっ!?」
「内側から土掌を破るなんて…!!」
土掌の結界自体の硬度に加え結界内は燃焼により酸素が失われつつある状態。
外からならともかく内側から破るのは並大抵の事ではない。
亀裂はさらに大きく広がり、ついには結界が砕け散り、中から炎を纏った京蔵がその姿を現した。
「…怨みと、憎しみじゃ」
こいつは腕一本失うくらいの覚悟が無ければ倒す事は難しい相手だ。
そう確信し、コウは覚悟を決めた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
コウと京蔵の戦いの一部始終を遠目で見ていた族長は森のさらに奥へと向かっていた。
「族長!何処へ行かれるのですか族長!!」
後を追うエルマが必死に族長を呼び止めようとするが、
族長の足は止まる事を知らない。
まるで何かに吸い込まれているかのようだ。
「今のままでは、あの男…勇者コウと言ったか。彼はあの鬼のような男には絶対に勝てん!
しかも持ってきた武器が使えんとなるともはやなりふり構ってはいられまい」
やがて族長は小さな蔵にたどり着くと、その扉をゆっくりと開け放つ。
蔵の中には一本の剣が飾り立てられていた事から
この蔵に安置されている剣が由緒ある剣である事は明白の筈だが、
聖剣や名刀と言われる武器とは違いその剣は何処か禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「族長、私は反対です…!それは手にした者を狂気に駆り立てる魔剣。
いくら勇者でも魔剣に憑りつかれてしまっては…」
「あの鬼のような男に一族を見皆殺しにされるよりはマシだ。」
族長は魔剣を手に取り、蔵を後にする。
そしてコウの下を目指し一心不乱に走り出した。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
戦いは京蔵の方が優勢だった。
京蔵の激しい攻撃にシドとツバキは防戦一方。
武器のないコウは徒手空拳で何とか対抗しようとするがやはりリーチの差はどうしようもなく、やはり京蔵の攻撃を避けるのが精一杯。
「ツバキ!あいつと得物一緒だろ!?何とかならないのか?」
「無理よ、あいつ一撃が重すぎるし、当たったかと思ったら目に見えない何かに攻撃が弾き返されるし…
ホントなんなの!?」
「攻防両面において抜かりなし。ここまで手強い相手をデストラが仕向けてきたのだとすれば…」
あり得ない話ではなかった。
デストラの現大統領にして秘密結社エタニティの首魁アルバス・ロアは
世界中に散っている転生者たちをあの手この手でかき集め世界の破壊を目論んでいる事を以前コウは聞いていた。
国家転覆を名目とするテロリストどころじゃない。
ここまで来るともう大魔王とか破壊神の狂信者と言った方がいいくらいだろう。
しかし今は目の前の男―田島京蔵。だが名乗っていないためコウ達は彼の名を知らない―だ。
目の前の男を何とかして倒さなければアルバスを止める事もできない。
コウは一度ツバキとシドを自分の傍まで近寄らせ、周囲に聞かれないよう小声で話しかける。
「ツバキ、シド。奴の左右に回り込み、俺が合図したら同時に攻撃。いけるな?」
「バレない様に立ち回れるかは心配ですが」
「でもやるしかないのよね」
「そういう事だ。2人とも、散開!」
コウの指示でシドとツバキが京蔵を挟み込むように左右に展開。
当然ながら京蔵も二人の動きに気付き、身構える。
「何を企んでるかは知らんが、浅知恵を一つ二つ巡らせた所でワシには勝てんぞ」
「今だぁ!!」
煽る京蔵を無視してコウが叫び、シドが横薙ぎにロッドを振るい、ツバキが抜刀した刀を垂直に切り上げる。
京蔵は日本刀でツバキの刀を、猟銃でシドのロッドを受け止める。
そこへコウが全力疾走で近づき、咆哮と共に黒い炎を纏った右ストレートをお見舞いする。
助走と黒い炎の威力を加えた渾身の一撃。
少し訓練を受けた程度の戦士なら一撃で戦闘不能に陥らせられるだけの破壊力があるのは明白だが、
コウの拳は京蔵の胸の一寸手前で何かに阻まれ静止していた。
このまま押し切ろうにも押し切れない。
まるで見えない壁に遮られているかのようだ。
「言ったろう?ワシには勝てんと」
「この感覚、魔法とは違うこの感覚…やはり異能の力!そしてお前の異能とは……」
コウは京蔵が先ほど言った言葉を思い出していた。
必要なのは恨みと憎しみ。そして外敵と自身とを隔てる見えない壁。
そこから導き出される結論は…
「自分が今まで殺してきた相手の怨念を、鎧の様に身に纏う力!!」
「…お前さんの言うとおりだお若いの。だが!!」
京蔵が一喝すると彼を中心に衝撃が走り、シド、ツバキ、コウが三方向に吹き飛ばされる。
「この怨念は鎧として纏うだけでない。武器として扱う事だってできると言う事を見落としておるぞ」
「当たり前…だッ……!言わなきゃ何も解らん………!」
コウはよろめきながらも立ち上がり、京蔵に悪態をついてみせる。
「ほぅ?なおも立ち上がるか。ワシのこの『怨怒・雄負・覇悪斗』は攻防一体。
弱点はないし、お前らに勝機などと言うものは万に一つどころか京に一つとないと言うに」
「弱点ならあるだろ。お前のその『自分に弱点なんてない、自分は無敵だ』と言う驕り高ぶりこそが弱点だ」
「ワシに一矢報いる事すら出来ぬくせに、偉そうな口を!」
言いかけて、京蔵は何かが近づいてきている事に気が付いた。
京蔵の様子に気が付いたコウも振り返ると、何かを手にした族長がこちらへ走ってきていた。
手にしているのは武器、それも剣に見えるが、鞘に納めたまま運んできているのが気にはなった。
「!?あっぶねぇぞ近寄るな!!」
「勇者よ!これは我らエルマが代々守り続けていながら、
その強大さゆえに人の手にわたる事は禁忌とされてきた剣!!
しかしエルマが存亡の危機にさらされている今はこの禁忌の力に頼らざるを得ない…。
勇者よ、この剣を使え!そして使命を果たせ!!」
族長が持っているのが剣と解るや京蔵は血相を変え、
「!?それを渡せジジイィィ!!!」
吠えながら猟銃を族長に向け一射。
弾は族長の左肩を抉るも、族長は歯を食いしばり、剣を鞘ごとコウ目掛け投げつけた。
コウが投げ渡された剣を掴み取ると、頭の中に声が響いてくる。
感覚的には聖剣ペンドラゴンの時と似ているが、今回は女性のような声だった。
『欲しい…血が…欲しい……。』
『うるせぇよ…』
コウは頭に響く呪詛のような囁きを無視して鞘から剣を引き抜く。
赤黒い気を纏った刀身が露わになると、コウはその切っ先を京蔵に向け言い放った。
「族長…アンタの意志は受け取った。こいつもデストラもアルバスも、
みんなまとめてぶっ倒してアンタ等エルマが再び静かに暮らせるようにしてやる!」




