新生、『銀の孤児院』
思わぬ静止はあったものの、ようやく俺は孤児院へと入る事ができた。
多量の金額を払っただけあって入口からして豪華なものだ。
敷地は白く塗られた木製の柵で囲われていて、以前の孤児院の4倍はあるんじゃないかという広さ。
そして敷地の中には大きな畑もある。シックスの要望が通った形なんだろうな、土いじりしたいって言ってたはずだし。
それとは別にリュオンとローレナが走り回れそうなくらいの庭もあるし、本当に見違えるようだ。
「……すごいな、本当にこんな立派な孤児院に生まれ変わってるなんて」
『新しい名前も付いてるのよ! ザックの考えたパーティ名、『銀の孤児院』! ここはそう命名したのよ!』
「え、それは嬉しいような恥ずかしいようなだけど……いいのかな」
「ヴェナはいいと思う」
銀はこの世界だと不吉なもの扱いされてたはずなのに、そんな名前を付けるとは。
シスターは反対しなかったんだろうか。
「あー、まあそん時はザックが帰ってくるか分かんなかったからな……。ならせめてここの名前ぐらいはザックが考えたもの残そう、って事でよ。ちょうど孤児院だしな」
「そ、そっか……。やっぱり心配かけてたんだな、俺」
「へへっ、そんな暗い顔すんなって! シスターも案外気に入ってたしよ。……あと、完成パーティーだってザックのいない分派手にやったんだぜ? あたしらみんなですげー美味いメシをいっぱい食ってさ」
「ぐぬぬ、俺があそこで逃げていなければ……!!」
いいなあ、リィンたち何食べたんだろう。俺も、みんなの前からいなくならなければ……、それだとカーナがビスクに殺されてたかもしれないのか。
まあいいか。美味しいごはんや祝いの席に参加できなかったのは悔しいが、人の命も大事だもんな。今さら再度祝い直すのもよく分からないし。
俺はみんなと、そしてカーナも背負いながら新築でピカピカの玄関に入った。
「バハムートは外に置いてったの、なんか申し訳ないなぁ」
『あんなにおっきいの、入るわけないじゃん。……ていうか、いつまでいるのよあいつ』
「俺には分かんないかなぁ……」
街の入り口に置いておくわけにもいかないので、とりあえず彼女はここの庭に待機してもらう事になった。
俺としては「いつまで居てくれるんだろう」という気持ちだ。色々と助けてもらったが、バハムートは空を飛ぶのが好きなだけなのだから、ずっと地上にいたくはないだろうに。
そんな事を考えている俺の前に勢いよくドアを開けて飛び出してくる小さな影が。
リュオンが、興奮を隠しきれない様子で現れたのだ。そして、その後ろにローレナも続いてくる。
「うお、ザック!? ほんとにお化けみたいになったんだな!」
「だ、だめだよリュオン、そんな事言っちゃ……!」
「あはは……まあそのくらいの認識で受け入れてくれてるなら別に俺はいいんだけど」
「まーいいやどうでも。それより庭のでっかいやつなんだよ! ザックが連れてきたのか!?」
「ああ。バハムートって言うんだ」
「触ってもいい!?」
「そこはバハムートと話し合って決めてくれ」
あの機体を見てリュオンはテンションが上がったみたいだ。危険がないのは知ってるし、俺は首を縦に振った。
ローレナも後を追いながら「危ないよぉー……!」って言いながらついて行く。
そして、俺とすれ違う時に振り返った。
「あ、あのね、ザック、おかえり……!」
「……っ。……ただいま!」
ローレナの方から、その言葉を俺に投げかけてくれた。
リュオンは好奇心旺盛であまり物怖じもしないタイプだから心配していなかったが、ローレナは若干臆病な所があるからな。今の俺を見て泣いたり怖がったりしないかと心配だった。
そんな彼女が「おかえり」と言ってくれたのは、俺としても非常に嬉しい事だ。こう、ジーンとくるものがある。
「看板は見たけど……本当に俺の事、みんな受け入れてくれてるんだな」
「ったく、当たり前だろ? ほら、お前の事を心配してる人はまだいるんだから、挨拶しに行くよ」
「あっちだよ」
『ザックが帰ってくるの、私たち以上にずっと待ってたんだよ』
リィンたちは俺をリュオンとローレナが出てきた方へと進ませる。
そうだな、ずっと俺の帰りを待っていた人。彼女に、今度は俺の方から「ただいま」と言うべきだろう。
そこは広い部屋で、いわゆるリビングだ。そのソファーには1人の女性が座っているのを見るや、俺は口を開く。
「シスター……ただいま!」
「あ、ザックさん。ずいぶんお早いお帰りですね」
紫色の髪のドリルみたいなツインテールに白い手袋。
そう、この人こそ俺の帰還を誰よりも待ち望んでいた人物である。カトレアさんだ。
「違う!!!!!!」
いや、違くはないんだろうけど。なんか優雅にティーカップでお茶なんか飲んではいるが俺が帰ってくるまでは孤児院を守ってくれる約束をしてたんだし、早く帰ってきてほしくはあっただろうけど。
「あー、カーナちゃんも相変わらずザックさんにベッタリですね。仲良くしてます?」
「カトレア様……。はい、仲良く、しております……」
「いないとは思ったけど……中にいたんですね、カトレアさん」
「おう、この人がザックの事情を色々教えてくれてな。なんだ、あの勇者だっけ? そういうのが来るかもしれないからってしばらくここに滞在してたんだ」
「ザックさんが中身は変わってないこと、ちゃーんと説明しておきましたよ、えっへん」
「それは普通にありがたいんですけども」
彼女のおかげですんなり受け入れてもらえたわけではない……と信じたいが、一助にはなっている気がする。
ビスクからみんなを守るだけでなくそんな事までしてくれていたのは、素直に感謝すべき点だ。
『それ以外も色々してくれてたのよね、カトレアさん。家事全般もそうだし、あの子供2人の遊び相手になったりもしてくれてたし』
「ごはんも美味しかったよ」
「ふふっ、夫に美味しい料理を振る舞いたくて、いっぱい勉強しましたので」
「へぇ、そんな事まで。カトレアさん、何でもできるんですね」
「それも私の愛の炎が燃えているからこそです。……みなさんも、愛する人への想いで日々研鑽しましょうねっ」
「あらザック、おかえりなさい」
自慢げに語るカトレアさんが胸を張るのに紛れてティーカップを手にしたシスターが現れる。
カトレアさんの対面に座ると、雑談に差し込むように俺にそう言った。
「……あら、ザック。その背中の子は?」
「アーレットさん、あの子こそ私がよく話していたカーナちゃんで」
「……ぐあああああああ!!!!」
がっくりとその場に膝を突き、俺は叫んだ。
「ど、どうしたのですかザック? まさか、何か怪我を?」
「や、違います……。俺個人の悶絶なので……。ただいまです……」
カッコよく俺の方から言おうと思ってたのに、完全に先を越されてしまった。
しかも雑談のついでみたいな感じで言われるとは……。まあカトレアさんの対面に当然のように座る辺り、事前に聞かされてはいたんだろうけど。
シスターからしたら俺の安否は気になるだろうし、安心させる意味でもカトレアさんは色々語ってくれてたんだろうけど、明らかに感動とかそういうの薄れてるよ。そんな飽きるほど俺の事話してたの?
言う相手を間違えるわ言いたかった相手には先を越されるわでなんとも締まらない再会となってしまった。
ま、これはこれで悪くもないか。俺もシスターの泣き顔が見たかったわけじゃないもんな。
と、そんな事を考えながら顔を上げたら、なんとシスターは口元に手を当て涙を流していた。
「え。……え? し、シスター!?」
「っ、ぁ、ご、ごめんなさい。この方からよく話を聞いていて、不安には思わなかったのですけれど……急に帰ってくるものだから、感情が、追い付かなくって」
声を出すたび、シスターの涙は大粒になっていき、震えも大きくなっていく。
……何気なく「おかえり」って言ったのは、気に留めてなかったから、とかではなかったんだな。
むしろその逆で、ずっとシスターは俺の事を心配してくれていた。だからこそいきなり俺が現れて、感情がバグってしまっていたのかもしれない。
彼女は立ち上がり、俺と目線を合わせるように膝立ちになりながら震える手で頬を撫でてくる。
「よく……無事で……! 元気な顔を、見せてくれました……ザック……! おかえり……おかえりなさい……!」
「……ただいま、シスター」
泣きながら、何度も何度も「おかえり」と言ってくれるシスター。
俺は彼女に多大な心配をかけてしまったのを詫びるように、心を込めてその一言を放った。