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9話 ハジメと国見の確認と実験


「あ……」


 ハジメは一言つぶやくと同時に中空に目をむける。

 それと同時にハジメの脳内はこれまでにないレベルで思考が渦巻き始めていた。

 なぜなら自分の想定を超える事態が発生しているからだ。

 情報の保管や現状の整理にフル稼働しているのである。


 頭の中でたくさんのゴリラが話し合い、喧々囂々の会議の真っ最中だ。


 『女性が自分の部屋にやってくる事になったヤバイ』

 『部屋の惨状がヤバイ』

 『周りの住人がヤバイ』


 『『『よしっ! やっぱり断ろう!』』』


 満場一致で採決が下され、判決を国見に伝えようと中空から目を戻す。


 すると国見はなんとも嬉しそうな顔をしているではないか。

 そして、ハジメの目に気づき、言わんとする事を察したのか、なんとも悲しそうにまた上目使いをして見せた。


 『『『 これは断れない! 』』』


 またも脳内は満場一致の採決が下され、喧々諤々の会議が再開され、ハジメは両手で頭を押さえ『ぐおぉぉ』と唸りながらしばらく会議の行く末を待ったが、やがて結論が出て口を開いた。


「く、国見さん! あ、あっちに駐車場があるから、そこに停めて。

 で、5分だけ待って欲しいんだ! ちょっと部屋を片付けるからっ!」

「はいっ! わかりました。」


 国見が満面の笑みで返答するのを見届け、ハジメは全速力で部屋に走っていった。

 その様子を国見は『チョロイ』と表情を崩さずに思いながら車を移動させる。



 ――だが、その様子を国見の組織の監視班以外にも見ている者がいた。


 カーテンの隙間から、外を見ていた者が、ギリっと歯を鳴らした後、スマートフォンのアプリを起動し、凄いスピードで打ちこみ送信した。


 『ゴリが美女を連れ込む気だ』


 と。


 その瞬間


『ナンダッテー!』

『おい性質の悪い冗談いうな』

『ハハハハ。ハイハイ…………ウソ乙。 ウソだよな? おい。ナァ?』

『なんちゅー悪夢』

『ウワァァァァ!』

『デリか? デリなのか? とうとうデビューなのか?』


 と、それに対するコメントが無数に入り続けるのだった。



--*--*--



「おおおおおお!!」


 ハジメの動きは神速だった。


 万年床となっていた布団。雑多に散らばっていた物。他の入寮者からの借りもの等を速攻で押入れに押し込み、キッチンなんかの洗い物は全てユニットバスのバスタブへ移して封印。


 その他押入れに入れられないような物やゴミは、まとめてベランダに出し、そしてタオルを雑巾替わりに目に付くところを拭きとって、ざっと確認してから雑巾替わりのタオルもベランダに投げ。カーテンを閉めた。


 この間。わずか7分42秒の早業である。


 ふんっふんっと鼻息も荒く、とりあえずの不備が無いことを確認してから国見を呼びに戻る。


「す、すみません! お待たせしちゃって!」

「こちらこそ、なんだか返ってお手間をかけさせてしまって……もしお掃除でしたらお手伝いしたかったです。」

「い、いや、とんでもないッス! じゃ、じゃあ、えっと。こっちッス!」

「ハイ。」


 国見を連れて1階にある自分の部屋に入るハジメ。

 ハジメの部屋は、押し入れとユニットバス、ベランダと簡易キッチンの付いたワンルームの部屋。


 国見は部屋に入り『男くさっ』と一瞬眉を動かす。微妙な汗のニオイ、若干の海産物系なのか栗なのかが混じったようなニオイを感じたが、以降おくびにも出す事はない。


「お邪魔しま~す。

 わぁ~。スッキリとしたお部屋なんですね~。」


 スーツの上着は、わざと車に置いてきてタイトスカートとブラウス姿になっている国見。

 もの珍しそうに部屋を見回す。


 スーツの上着を脱いだのは普段上着で隠れている『女』を過剰にアピールする事で、ハジメの口を滑らかにするためだ。


「す、すんません。寮に住んでるヤツ以外で客が来ることもあんま無いので、座布団とか無いんで、そのソファーにでも座ってください。自分床で十分なんで!」

「いえいえ、家主さんを差し置いて座るわけにも。」


 大袈裟に両手を小さく振って拒否する国見。

 もちろん女性らしさアピールの為の素振りである。

 

「いや、さすがに女の人を地べたに座らせる方がまずいんで。ど、どうか座ってやってください!」

「そうですか? 私は構わないんですが……でも有難うございます。

 ……へー。男の人の部屋ってこんな感じなんですね~。すごーい。」


 もちろん『男の人の部屋に入ったことないんですよ』アピールである。本当に入ったことが無いワケがない。国見は武器として『女』を使うと決めたからには、男心を掴むアピールは徹底的なのである。


 そしてその効果は抜群だっ!


 ハジメは既に


 『そ、そっか。国見さんああ見えて男と付き合ったことないのかな? あぁ、清純なんだろうな。 っていうかそしたら俺と対等じゃん! 初心者同士! 相性いいんじゃね?

 気遣いもできるし……それになんていうかスリムに見えて出るとこでててエロいし………あ、ヤバイ。

 俺……国見さんの事好きかもしれない。いやいやいやいや、ユキちゃんという人がいるじゃないか! いや、でも国見さんももしかしたら俺の事――』


 と、脳内では色々考えが加速し始めているのだった。


 国見はニコニコと目を細めながらも、しっかりとハジメの様子を見て、きちんと自分の想定通りに動いている事を感じた。


「じゃあ、ハジメさん。

 あまり遅くなってもなんですから、早速色々とハジメさんの事を教えてくださいね」

「あ、お。おう! なんでも聞いてください! 国見さん!」


 ハジメの態度を見て、女アピールはもう十分と感じ仕事に移る事にした。

 もちろん表情や口調は仕事と違い、プライベートを感じさせるような柔らかめを心掛ける。


「……ん~と、そうですね~。

 ハジメさんは元からそういった事ができたのですか?

 その手に巻きつくようなヤツとか」


「い、いや。これは今日初めてですよ。

 まだわからんですが、この質感を見る限り……俺が食ったアレが関係してるんじゃないかと……」


 ハジメも自分の部屋に美人がいる事、さらに一人がけのソファーにタイトスカートで座り、足とそのタイトスカートの隙間が色々がとんでもない魅惑的な状態になっている事に動揺していたが、さすがにマガツキの話となると多少の落ち着きを取り戻す事ができた。


 また右手をビュルルルと髪が包み、ソレを眺める。


「……それって、私が触っても大丈夫でしょうか?」

「ん~? ……多分問題ないんじゃないでしょうかね? 俺は何の違和感もないんで。

 ……良かったら触ってみます?」


 国見は真面目な顔つきになり、一拍の後


「……触ってみます。」


 と、立ち上がり、ハジメの黒に包まれた右手に、まるでフライパンが熱くないか確認するように恐る恐るチョンっと触れる。

 なんの変化も無いことにツンツンに変わり。やがて撫ではじめた。


「私が触っても問題無さそうですね。

 触れた感じは……絹のような……それでいて、なんというかまるで皮膚のようにも感じますね。

 私が触れているのはハジメさんには伝わってますか?」

「お、おう。わかります。」

「何か違和感があるような感じですか?」

「い、いや。と、特に違和感は……ない、普通に撫でられてる感じ……です。」


 ハジメの挙動不審な感じに、なにか触れられる違和感があるのかと思ったが

 『あぁ、()に触られる事に緊張しているのね』

 と理解し、確認を続ける。


「コレの解除ですか? さっきはすぐできてましたが……自由自在にできるんですか?」


 ハジメはすぐに右手を素手の状態に戻してみせる。


「うん。思うだけで出したり消したりできるみたいだ。」

「意識だけで切り替えができるんですか……なんだかすごいですね。」


 国見がメガネの位置をなおしながら、ふと気づいたように言う。


「それって……手や腕だけですか?

 足とかそういった箇所にソレを纏う事はできますか?」


 ハジメは『それは盲点』と言わんばかりの表情をした後、意識をしてみたようで、途端に両足にビュルルルと髪がまとわりつき、そして覆った。


「……スゴイですね……ハジメさん。

 問題はなさそうですか?」

「あぁ、全然問題ないな。

 全身とかもできるかも。」

「ちょっ!」


 国見が止めるのも聞かずに、ハジメは実験をしてしまう。

 途端にハジメの全身を覆う髪の毛。

 目元まで多いつくし、全身が黒く染まった。


 国見はその様子を見て目を見開き、口が勝手に動いた。


「すっごいゴリ……っパ!」


 その姿はまごうことなき『ゴリラ』であった。

 国見はかろうじて『ゴリラ』と言いかけたが踏みとどまり、ハジメを気遣い『ご立派』と言う事が出来た。


「ハジメさん! 大丈夫ですか!? 私が見えますか?」

「あぁ。これ全然問題ないですね。見えてます見えてます。」


 ハジメが解除したのか全身からシュシュシュと黒が霧散していき、国見がその様子にほぅっと息をつく。


「……急に実験しないでください。ハジメさん。

 もし万が一ハジメさんがマガツキ化したらと、私すごくドキドキしたんですから。」

「あ。全然考えてませんでした。すみません!」

「もう……気をつけてくださいね。

 ……でも大丈夫そうでしたね。」


 ふふふ。と場を和ませる為に笑う国見と、少しバツが悪そうなハジメ。


「……ちょっと簡単な実験お願いしてもいいですか?」

「え? えぇ。いいですよ?」

「叩いてみたりして、付けてる時と付けてない時で差があるか見てみたいのです。」

「あぁ、なるほど。」


「えぇ。といっても軽く私が叩く……そうですね『シッペ』をしてみるくらいしか思いつきませんが」

「ははっ、それくらいならどれだけでも。」

「有難うございます。

 では、まず素手の状態から確認して、それと比べて痛みが減るか確認しましょう」


 右手を国見に出すハジメ。

 国見は大きく振りかぶり人差し指と中指で腕を叩き、バチーン!と快音が響く


「イッテぇっ!

 ちょ、国見さんのシッペ超イテェ!」

「ふふふっ、私も凄く痛いです。

 でもハジメさんにはこれくらいしないと通じないでしょうから……」


 国見が痛そうに右手を振って苦笑いしている。


 これだけ強く打たれれば右手もさぞかし赤みがさしていることだろうとハジメが自分の腕に目をやると、右手に変化がなかった。

 そしてすでに痛みも引いている。

 『こんなにすぐに痛みがひくか?』と、疑問を感じたが国見が

「じゃ、付けてください」

 と言うので、言葉に従い右手を黒くする。


 国見が鼻からフーンと荒々しい息を吐きながらハジメの右手を押さえ、シッペの体勢を構える。


「ちょ、国見さん! どんだけ気合いれるつもりなんスか!」

「ふふ、これも実験ですから!

 行きますよーっ!」

「ああっ!」

「行きますっ!」


 パチーン!と音が響き、国見が二度目の全力シッペで相当指が痛かったのか


「っいったぁー!」

と、手を押さえ飛び跳ねる。


 対するハジメはその姿を『可愛いな』と眺める余裕がある程度の痛みしか感じなかった。


 シュシュシュと黒を解除し右手を見ると、なんの跡もない。

 そんなハジメの様子に国見も


「……どうやら違いはあるようですね。ますます興味深いです。」


 と、目をギラつかせるのだった。



--*--*--



 一方その頃、ハジメの部屋の隣には男達が集結していた。

 そのうちの一人が聴診器のような物を壁に当て、隣の様子を伺っている。


「チェーロウ。様子はどんなだ!」


 まるで戦場の中にいるかのように、あくまで小声ながらもハッキリとした意思を聴診器を当てている人間にぶつける男と、ソレを見守る男達。


 チェーロウと呼ばれた男は、憎々しげに奥歯を鳴らし呟く。


「…………キャッキャウフフしてやがるっ!」


 その言葉は男達に戦慄をもたらし、ある者は膝を抱え小さくなり、ある者は食いしばり自分の膝に拳を打ちつけ、それぞれ不満の行き場を探し始めた。


 チェーロウと呼ばれた男も、左手の聴診器は固定したままだが、壁に当てている右手は拳をにぎり、小さく震えていた。


 その震えがハタととまり、チェーロウが男達にバっと振り向く。

 その異変を知らせるかのような表情に周りにいた男達は注目し、言葉を待った。


「…………女が……『触ってもいいですか?』……って」


 男達は天を仰ぎ歯を食いしばった。

 チェーロウも下唇を噛み、その目は今にも涙が溢れんばかりだった。


 そんなチェーロウの表情が再び凍りつく。

 男達は敏感にその変化を察し、言葉を待つ。


「……女が……『ご立派』って……でかい声で……後、『ドキドキする』って」


 まるで死刑宣告を受けたようなチェーロウの顔に、男達は拳を噛んだり、頭を抱えたりと絶望が蔓延し始めていた。


 そして、しばらくの後、チェーロウが全てを諦めたかのように小さく笑った。

 男達は「まさか……」「嘘だろ……」とざわつき始め、それを絶望したような表情のチェーロウが見据える。


「……肌がぶつかりあうような音……ゴリの『イッテェ!』って声。

 ……その後に女の『イキますっ!』…『イったー』って声……が」


 チェーロウはその言葉の後、その場に倒れた。

 すぐに一人の若ハゲが駆け寄り


「チェーロウ! おいっ! チェリー長老! しっかりしろ」


 と、揺さぶるがチェーロウは既に、こと切れていた。

 男達はチェーロウの様子に、最後の言葉が真実であると悟り

「まさかゴリが俺より先に……」

 という絶望に打ちひしがれ、嗚咽をもらすのであった。


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