10話 魔がつく
ハジメと国見が部屋で実験を行っていた頃、公園で憎々しげな表情をしながらスマートフォンをいじっている男が居た。
彼はウェーイ4号。
ユキにちょっかいを出したウェーイ1号と一緒にいたモブだ。
誰に聞いても、コイツは『4番目』と序列をつけられてしまう彼は荒れており、その怒りに任せて大型掲示板サイトの目に付くスレを荒らしまくっていた。
「クソっ! クソがっ!
死ねっ! 死ねっ! みんな死ねっ!」
彼が荒れているのには理由があった。
『居場所がなくなった』のだ。
ウェーイ1号がユキに蹴り飛ばされ、2,3,4号がハジメに説教をくらってから病院に運ばれたその後、1番のイケメンであるウェーイ2号が衝撃的な事を口にした。
「……俺、もうこんなこと引退する。
ちょっと真面目に生きてみるわ。」
この2号の突然の言葉。4号は開いた口が塞がらなかった。
ウェーイ達は役割分担が決まっている。1号が恐れ知らずの特攻をし、2号のイケメン力で場をつなぎ留め、3,4号がガヤ的に場を盛り上げて女を楽しませて、どんどんその気にさせる。これが必勝パターンだった。
つまり2号が相手の中で1番のいい女を落とし次点を1号が狙う。
そして余りを3,4号が狙いあう事になるのだが、その余りの女は、ある意味余って当然な性格や容姿な事が多く微妙なのだ。
そうなれば比較的にまともな方を狙って競いあう事になるが、その女も3号になびく事が多く、4号には貧乏くじしか回ってこない。
だが、最下位であっても相手がいるに越した事はない、逃げられる事もあるが盛り上げて関係を持つ事で自尊心を保っていたが、どこかでただのノリで股を開いてくれる相手に虚しさを感じていた。
でも、エロい事は大好きであるからこそ虚しさを我慢できていた。
それがどうだ。
イケメンである2号が引退することになれば、これまで狙ったような上質のグループは絶対に自分達の相手をしなくなる。
『男なら誰でもいーわー』的なクリーチャーか、メンヘラしかいなくなるのだ。
つまり、自分に回ってくるのはクリーチャーの中のクリーチャーか、メンヘラオブメンヘラ、もしくは、クリーチャーのメンヘラーの可能性もある。そんな相手は背筋も凍る。
それどころか2号が居なくなれば、1号は持ち前の行動力を発揮して単独で行動し始めるかもしれないし完全にグループが解散するかもしれない。
解散になれば、ただでさえモブの4号はいっそうモブと化してしまう! だからこそ必死に2号を繋ぎとめようとした!
だが――
「なんていうか、目が覚めたんだよな。
声かけた女……超いい女だったじゃん?
しっかり芯があるっていうか意思があるっていうか……見せかけじゃないプライド持ってるっていうの? なんか本当にいい女に見えたんだよ。
俺たちの今までの相手ってさ、そんなきちんとした自分を持ってないってゆーか、周りばっか気にして今がよけりゃそれでいいって感じに思えてさ……それにあのオッサン、超真剣に叱ってくれたじゃん。
『お前達は自分自身の価値をどんどん安い存在にしとるんだぞっ! マジメに生きてみろっ!』
とかさ……最初はウゼーとか思ったけど、あのオッサンはさ、あんないい女を連れてたわけじゃん。
……あのオッサンに言われたみたいにさ、もうちゃんとマジメに生きてみたら、もしかしたらあんないい女を彼女にできるのかもしれないと思って……ちょっと考えてみたくなったんだよ。
まぁそれに、ヤルだけならもう連絡先には困ってねーしさ、アハハ。」
2号の決心は固く心が離れている相手を繋ぎとめる事は出来なかった。
意識を取り戻した1号と病室で話してみれば、どこかビクビクとした怯えたような雰囲気になっていて持ち前の特攻精神が消えている事が見て取れた。
2号はそんな1号に優しく「もうやめよう」と一言。1号もその言葉に頷いて受け入れ、グループはあっという間に解散となった。
そんな突然の解散劇により4号は居場所を失ったのだ。
あのグループは4号にとって、ただ一つの居場所だった。
解散後に『一人でもやれる』と単身クラブに乗り込もうとしたが、まるで世界が変わって見え、踵を返して公園で座りこむ事しかできなかった。
居心地の悪さと手持無沙汰からスマートフォンをいじり始め、そして、ついその不平不満を全てぶつける先として目をつけたのが掲示板サイトだった。
また掲示板のスレッドを荒らし始める。
――その時。
世界が真っ暗闇へと変わる。
何もない『黒』
永遠に続くような闇。
突然の変化に戸惑い、怯え始めたその時、自分の真正面から近づく生き物の姿がある。
目をこらしてみると、その生き物は大きなヒルだった。
「ヒィイィィイイイっ!!」
暗闇の中ウネウネと近寄ってくる異形に悲鳴をあげ逃げようともがく。だが身体は暗闇にとらわれたように動かない。
「ああぁぁあ!! イヤだっ! 来るなっ! 近づくなぁっ!」
叫び声などまるで聞こえないなかのように一切の躊躇なく近づいてくる巨大なヒル。
もがき叫ぶが、ヒルの近づいてくる速度は変わらない。
やがて目の前にやってきて、立ち上がるかのように巨体を持ち上げるヒル。
見上げた先にある口は4号に向いている。
ガクガクと足が震え、あまりの恐怖に涙が流れる。
「イヤだ! 死にたくない! なんだ!? なんなんだよっ!!? 誰か助けてぇっ!!」
―― お前の望みを我が叶えてやろう ――
響いた声に驚き、混乱と絶望にグシャグシャ濡れた顔でヒルを見る。
―― お前の望みを我が叶えてやろう ――
ヒルは動くことなく、まるで語りかけるようにこっちを見ている。
「……の…の、望みって」
沸き上がる恐怖の感情で言葉を詰まらせながらも声を発する。
―― 我がお前の居場所を作り出してやろう ――
「い、居場所……場所?」
―― 欲しいのであろう? ――
「そ、そりゃ、ほし、欲しいけど。」
未だ混乱のただ中にあり、ただ肯定の言葉を口にする。
恐怖の涙は止まらなかった。
―― あいわかった ――
ヒルの口が大きく開く。その大きさは人を容易に丸飲みできんばかりの大きさ。
そして口の中は釣り針の返しのように、一度飲みこんだ物が出ないように無数の牙が生えていた
「ひ、ヒッィ!」
―― 代価の贄となれ ――
「イヤアアァァア!!」
ヒルはそのまま男を頭から飲みこんだ。
しばらくの間、ヒルの体内から「イヤダ! イヤダ!」という声が響いていたが、その声も聞こえなくなる。声が消え去りヒルが少しウネウネと動いた後、まるで蛹のような形へと変化してゆくのだった。
--*--*--
男が公園で目を覚ます。
その顔はウェーイ4号。
だがその身に纏う雰囲気は、もう元の彼ではない。
「実に気分がいい……最高だ。」
まるで何かを受けいれたかのように一言だけ呟くと、ピシっとその唇から頬にかけて陶器が割れるようにヒビが入る。
「何だッケ?
……あァソウダ…イバショ…オレノ居場所。」
一言口にする度に広がってゆくヒビ、そしヒビから割れ落ちてゆく皮膚。
割れ落ちた皮膚の下からは、ぬるりとした異形が少しずつ姿を見せる。
彼は最初に行こうとしていたクラブへと足を向け始めるのだった。
--*--*--
クラブの中で楽しそうに女の子達と話をしているウルフカットの温和そうな男。
突然心底面倒臭そうな顔で中空を向く。
「あ~……みんなゴメンね~。
ちょっと野暮用入ったっぽい。」
女の子達が口々に「え~!」と不満そうな声を上げる中、少しだけバツが悪そうな顔をしてみせる男。
「ほんとゴメンネ。また今度遊ぼうよ。
あぁ後、今日はもう家に帰った方がいいよ。
これから出口が混雑するから裏口から出れる子はそっちから出た方がいい。」
男の言葉に数人の女の子がハっとしたような表情に変わり、自分の周囲の子に次々と声をかけ席を立っていく。
そしてウルフカットの男も店員と思わしき人間に声をかけ、その後スマートフォンを取り出して電話をかけ始める、かけた電話はコール音が2回もしない内に受信され電話口からは女の声。
「どもーサオリちゃん。
マガツキ出たっぽいよ。場所はクラブ。
一応足止めするから諸々手配よろしくねー。」
--*--*--
ハジメは国見の
「布っぽく見えますし、形とか変化できないですかね?」
という提案に対して右手の黒の形をイメージ通りに変化できないか意識し、色々と実験していると国見の電話が鳴った。
着信の相手を見て国見は『失礼』とハジメに目礼をして、すぐに電話を受けた。
「どうしたの?
……って周りの音がうるさくて…って、ええっ!? マガツキって、ちょっと、コラっ!
もっと詳細を………生天目さん!? 生天目さんっ!? もうっ! 切れてる!
………すみません。ハジメさん。 ちょっと緊急事態みたいで、ちょっと連絡します。」
ハジメはどこかに電話をかける国見を見ながら、またマガツキ関連の事が起きたらしいということだけ理解する。
「本部へ、マガツキが出たと一報がありました。
生天目 親一……すみません。和魂の元へ至急派遣を。
……ええ。和魂が対応を進めるそうですが、単独では火力不足の可能性もありますから、念のため荒魂か 幸魂に連絡をとって……できれば、荒魂は今朝方にマガツキと対峙しておりましたらから、可能であれば 幸魂に連絡を取ってもらえると…………ええ。お願いします。」
必要最低限の端的な言葉でやり取りをする国見。
凛々しく電話をしていたかと思えば、電話を切った後は軽く息を吐き頭を軽く押さえた。だがすぐにメガネを中指でなおしながら状況の整理を始める。
しばしの後、結論が出たのか、ボーっとその様子を眺めていたハジメの右手を掴む。
「ハジメさんっ! またマガツキが出たみたいなんですっ! こんなに連続して出る事なんて、これまで前例に無いことで……私怖いっ!
……でも行かなきゃいけなくて……うぅっ。 ……我儘なのはわかってるんですが…どうか私を助けてくれませんか! 私怖いの!」
またもすがる様な上目使いで迫る国見。掴んだハジメの右手をぐっと身体に寄せて胸を押し当てる。
「あ、うぉっ! ちょ、ち、あ。おっ――
も、もちろんです! もちろんですとも! 手伝いますっ!」
「あぁっ! 有難うございますっ!」
ダメ押しで、ハジメに対してハグをかます。
「おぉうっ!」
喜色に満ちた声を上げつつ驚くハジメ。
そんなハジメを尻目にサッと離れ、再度メガネを直す国見。
「それじゃあ早速ですけど移動しましょう!」
すぐに踵を返し駐車場に向かい始める国見だった。
もちろん内心は『チョロ過ぎ』と思っているのである。




