11話 蛭のマガツキ
不思議と引きずりがちになる足を動かしながらクラブへと足を踏み入れる。
横を通りぬけるようにクラブから出ていく人間達は、皆自分から一定の距離を取っている。その様は気持悪い物を見て避けるかのような気がする。ふと目をやれば人間の表情からは隠そうとしない嫌悪感が見て取れる。
まぁいいか。
構わず足を進める。
ちゃんと歩こうとすると、なぜか引きずる様な感じになってしまう。不思議だ。
ホールに向けて足を進めているが、いつもの大音量は聞こえてはこない。
引きずる足に気が削がれつつも移動しホールに入れば、出ていった人間が多かったにも関わらず、未だ人がいる。
我を見つけた一人の男が何かを言って近づいてくる。
何を言っているんだろうか?
というか誰だ?
見ようと、聞こうと意識を向けると、視界がクリアになり男の声も聞こえはじめた。
「スゲーな。超リアルに出来てんじゃん気持ちわりぃ!
でもな今日はハロウィーンでもなんでもねぇぞ?」
クラブ内にも関わらずサングラスをしている男が認識できる。
コワモテ系の雰囲気。少し前の自分だったら声をかけられないように振る舞っている人種に違いない。
だが今は、そんな男が目の前に居ても不思議とまったく怖くない。
むしろ弱そう……
というよりも…ゴミそのものに見える。
なぜこのゴミは、ゴミのくせに我に対して尊大な振る舞いをするのだ?
ふむ……
《《まずそう》》だが、まぁいいか。
喰おう。
--*--*--
マガツキの気配を感じたウルフカットの温和そうな男。
名は生天目 親一という。
シンイチは気配を察してすぐに、その気配との距離から自分の今いるクラブに来る可能性が高いと考え、まずは知り合い達にこの場から離れるように告げた。
たとえクラブに来なかったとしても、マガツキの近くに居れば色々と邪魔になってしまう。
シンイチには知り合いが多く、その中にはシンイチが以前にも同様に『逃げろ』と告げた後、その場で人が死ぬような事件が起こったことを知る人間も少なくない。
故にシンイチを『危険察知に優れた人間』と理解している人間はすぐにその指示に従った。
店側にも『凶悪犯が現れた時期に人が集まる場所であるここにやってくるだろう』と情報を流した。
普通であればそんな情報が信じられるワケは無いが、ソレを信じさせるような人脈をもつのがシンイチである。
伝手を活かし国見達が対応するよりも早く、警察の知り合いからも店へ連絡を入れさせて避難を実行させた。
とはいえ突然の閉店。それに対して不満を露わにし文句を言い始め居座るような血気盛んな若者はどこにでもいる。
『いかにも』といった恰好の男女達のグループを中心に「ザッケンナ」「ッメンナ」と呪文を唱えては営業を続けるように抗議を行っている。
「はぁ。僕はユキちゃん程の威圧感はないから、きっと武装するまでマガツキも僕に気づかないだろうから、きっとマガツキは来てくれるだろうしなぁ……彼らを説得する為だけちょっと気迫だして、それでマガツキが気付いて逃げだしてもな~……」
温和な雰囲気のまま渋い顔をする。
「かといってこのまま戦いになれば、きっと巻き込んじゃうし……う~ん。どうやって追い出したもんか。 ……って、もう手遅れか。どうやらお客さんがいらっしゃったみたいだ。
最後に逃げるよう発破だけかけておこうっと。それでも逃げなかったら僕にはもうどうしようもないよ。」
そう呟き、気配を感じたクラブの入り口に目を向けると所々裂けたボロボロの服を着た異形が目に入った。
その服は肥大化した影響で内側から裂けたようで、裂け目から覗く肌は筋肉質――筋肉質というよりも、筋肉のような筋を持ったヌメヌメした生き物が集まって人を模っているような、そんな異形だった。
「うわぁ……アレと戦うの?
アレは僕向きじゃないよ。うん絶対違う。ユキちゃん向きだ。
あ~もう……勘弁してほしいな本当に。」
嘆きを呟き、諦めるように一息吐き捨ててからホールに入り叫び声を上げる。
「わぁあーー!!
い、入り口からバケモノが入ってきたーー! 殺されるーー!」
音楽が消えていた事もあり言葉は全員の耳に入り、不穏な言葉を耳にした人間がホールから出て目を入り口に向け、ソレを目にする。
戸惑いが生まれ始めた群衆に向け、もう一度叫んだ。
「こ、殺されるー! 逃げろーー!」
その言葉をキッカケに半信半疑ながらも逃げ始める人達が多くなり、つられるように次々と逃げ出す人達。動き出した人達を横目に異形を監視していると、その異形はどうやら人自体にあまり興味が無いように見え、異形を遠巻きに見ながら逃げる人を襲う事はなかった。犠牲が少なくなったことに小さく安堵の息を漏らす。
引き続き異形を観察していると、この異形は人ではなくクラブに来ることに目的があるように見受けられた。
この様子なら自分が戦わずともユキなりが来るのを待てばよいかもしれない等の考えが頭に浮かび、少しの幸運を感じたところで依然として十数人の人間がホール内に残っているのが目に入った。
「なんの意地でこんな所に残ってるんだよ……さっさと逃げればいいものを。」
小さく舌打ちをした後、また大きく息を吸い残っている人間に向けて声を放つ。
「逃げろ! 死ぬぞ!」
だが、彼らは動かなかった。
むしろ、ホールに侵入してきた異形に向けて話しかける始末。
「……はぁ。
もう僕に出来る事はないよ。後は彼らが判断すればいい。
どっちにしろ、もうなんらかの巻き添えで死ぬ可能性の方が高くなってるんだから。
危機管理を怠ったヤツが悪い。」
そして残った十数人の人間の行く末を見守る事にした。
--*--*--
「あぁ? んだテメー。なんのコスプレだよそりゃあよ。」
サングラスをかけた男が異形に向けて、その見た目から感じ取れる気味悪さを隠すことなくぶつける。
その男に連れだって数人の男女も後ろから似たようなヤジを飛ばしている。
「てーか、スゲーな。超リアルに出来てんじゃん! 気持ちわりぃ!
でも今日はハロウィーンじゃねぇぞ?
さっさと帰れよ、マジ気持ちワリィからよ!」
ヌメヌメした生き物の集合体から目のような物が飛び出てきて、ギョロリと男を見据えた。
「おっ? ま、マジでよくできてんな。
でもな、お呼びじゃねーんだよ!」
男は蹴って追い出そうと片足をあげ、勢いよく蹴りを放つ。
すると男の蹴りはそのままズブっと膝まで異形にめり込んでいった。
有り得ない光景に蹴った本人や、後ろでヤジを飛ばしていた人間達からの声が止まる。
蹴った本人がその違和感から足を戻そうと引く。すると――めり込んだはずの足。膝から先は、すでに存在していなかった。
「おっ? ……えっ?」
次の瞬間、異形は男を包み込むように飲み込む。
その光景を見て、ようやく後ろにいた女が金切声をあげて腰を抜かし、残っていた人間達も危機感から次々と逃げ出し始めていく。
異形が男を貪り喰っている様子と、近くで腰が抜けたのか立てずに一人残された女を見ていシンイチは再び大きな溜息をつく。
「これは相性が悪そうだなぁ本当に。あぁ、ユキちゃん来てくれないかなぁ……でももう、アレどうみてもあの子襲われるんでしょう?
はぁ……女の子を見捨てるのは性分じゃないんだよなぁ……あぁ。嫌だなぁ。本当帰りたい。」
異形は『ついでに』と言わんばかりに触手のような物を腰を抜かしている女に伸ばし始める。
シンイチはそれを横目に再度大きく溜息をつきながら、翠色の勾玉を取り出した。
翠の勾玉はシンイチが駆けだすと同時に形を手甲鉤へと変化させ、シンイチは伸びた触手を切り裂き、異形と女の間に割って入るのだった。
--*--*--
シンイチが触手を切り裂く少し前の事。
国見が本部へと連絡を入れた、その少し後のどこかの公園で一組の男女が口づけを交わし、舌を絡め合わせながら、情熱的にお互いを求めあっている。
交わされるキスに男の我慢が効かなくなり、その手を女の胸に伸ばすと、女が口を離した。
「あんっ。
……もう、こんな所でェ?」
「いいじゃん。
もうたまんねぇんだよ。」
「ふふっ。私も別に嫌いじゃないヨ?」
自分の胸をまさぐる手を服の下から素肌に直に触れるようにエスコートし、またキスを交わし始めると女のスマートフォンが鳴った。
女は電話に出ようとするが、男はそれを拒むように体を押し付けて女の身体をまさぐり続ける。
だが、女はするすると顔と身体を男から逃がしスマートフォンの通話を押す。
「ふふっ、いい子だからちょっと待ってね。
は~い。真愛だよ~。
アンっ! ちょっとぉ、いじっちゃダメぇ~ふふふ。」
マナと名乗った女の空気が電話口の言葉を聞き、落胆したような表情へと変わる。
「はーい……わっかりました~。」
女はスマートフォンの通話を切ると自分の背後から胸を揉みしだきながら逃がすまいとする男から、スルリスルリと簡単に抜け出して衣服を正した。
「ごめんねー。ちょっと外せない用事入っちゃったの。まったねー。」
そして残された男に振り返ることなく走り出すのだった。




