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8話 国見さんの3分交渉術


「ちょっとハジメさんっ! 一体何をしたんですか!」

「いや俺もわかんねぇっ! なんだコレっ!? きっ、消えろっ!」


 ハジメが『消えろ』と叫ぶと同時にシュシュシュと、まるで出現してきた時の巻き戻しを見ているかのように手袋は消えていく。


 その様子を見たハジメと国見は少しの沈黙の後お互いに顔を見合わせ、そして二人同時に下を向き落ち込んだように溜息をついた。


『『今日は、もう帰って休めると思ったのに……』』


 まったく同じ気持ちであった。


 黒い手袋現象を見ていなければ、そのまま解散とし帰宅して疲れた体を休める事も出来たであろうが

『見てしまった』。怪現象を見てしまったのだ。

 二人は再度顔を見合わせ、再び大きくため息をついた。


 ただ流石に切り替えの早さは女性の方が強く、先に立ち直ったのは国見であった。


「このままにしておいても気持ち悪いですから、とりあえず害が無いかだけでも一度確認をした方がいいと思います。

 ハジメさん! 一度病院に戻って検査しましょう!」


 ハジメはもう一度美人とドライブが出来る事は嬉しくおもう。だが、もう目と鼻の先に自分の寝床があり、正直なところ身体は寝慣れた布団を欲していた。


 つまり『面倒臭い』気持が7割を占めている。

 それにもし病院に行って検査入院となったら、さらに面倒な事になるかもしれない。


 ……ちなみに残りの3割の内、2割は『国見の足を見たりエロ妄想ができるし行ってもいいか』1割が『国見のニオイクンカクンカできるなら行ってもいいか』である。


 正直なハジメは自分の心に従い、行かなくて良い方向での言い訳を必死に考えた。

 そして思い出す。


「あ。そうだった……国見さん。コレ多分問題無いッスよ。

 俺が髪のマガツキを倒した時、そういえば手がこんなんなってましたわ。

 あん時は夢中で気が付きませんでしたが、今思い返すと確かこんなんになってました。」


 ハジメは自分の右手を見ながら『もう一度右手を包め』と念じると、またビュルルルとどこからともなく髪が出現し右手を黒く包む。


「なっ……」


 国見があっけにとられているのを尻目に、ハジメは『離れろ』と念じると黒髪はシュシュシュとほどけ霧散していく。

 素手に戻った右手を国見にヒラヒラと動かして見せる。


「ね?」


 と愛想笑いを見せるゴリラ。

 国見はその様子に状況を整理し始めたのか、右手で頭を抱えている。


 国見の考え込んでいる様子に、どうしたらいいものかと手持無沙汰になったゴリラは左手も黒くしてみたり素手に戻したりなどしながら国見の様子を伺う。

 1分程無駄に素手から黒に、黒から素手にを左右どちらの手でも繰り返し、完全に自分の意思で出来る事を確認したゴリラは、『よし!大丈夫そうだし、もういいよな。寝よう。』と、心が決まる。

 未だ頭を抱える国見に向き直り、


「じゃ、そういうことなんで、おやすみなさい!」


 と言葉をかけ、足を動かした。


「ちょ、ちょっと待って! 待ちなさい!」


 見た目にはハジメの方が年上だが国見は自分がハジメよりも年上であることは調査の上で理解していた。そして年功序列の影か見て取れる組織に染まっている事もあり、咄嗟のあまり、つい命令形の言葉を発してしまった国見。


 命令の言葉をかけられたハジメが足を止める。


 国見は内心『しまった』と感じていた。

 命令とは上に立つ人間が出すものであり、今の自分は『あなたより私の方が格上よ』と宣言したとも取れるからだ。

 これから良好な関係を作ろうというのに大失態である。

 ただ、国見は迂闊な発言をしてしまうほどに焦っていたのだ。


 監視班は一応自分達を追跡し一部始終を記録しているが監視班の仕事は『監視』と『記録』のみ。

 不測の事態が発生したとしても自分を救助してくれる事はない。

 そして自分の身を守ってくれるかもしれないユキもこの場にはいない。

 つまり、何かしら危険が迫った場合『自分は死ぬかもしれない』そう理解していたからだ。


 そして現にハジメの身体からはマガツキと思わしき不測の事態が発生した。

 動揺しない方が難しいだろう。


 だが、そんな動揺あっての言葉などは、知り合って間もないハジメに全く関係の無いことであり、居丈高とも取れる言動に内心舌打ちし国見の印象を悪くしても仕方がない。



「…な……なんスか? 国見さん。」


 照れたように頭を掻きながら振り返るハジメ。


 ……どうやら普段むさいオッサン達に命令されることに慣れており、むしろオッサンからではない美人から命令されたのが嬉しかったようだ。


 国見はその様子に自分の考えが杞憂であったことに胸をなで下ろすと、同時に『このゴリラ……Mなのかしら?』と一瞬だけ考えるのだった。

 そんな内心を軽く首を振って宇宙の彼方にすっとばしてから、改めて口を開く。


「えっとですね……ソレがハジメさんにとって今すぐに害が無いという事はなんとなくですが理解しました。

 ただ私の立場上ソレを見てしまっての放置は難しいので、ハジメさんには申し訳ないのですが、一緒に病院にお越しいただけませんでしょうか?」


 ハジメは素手で頭を掻きながら悩む。


「正直、今日はもう休みたいので……また機会があれば病院にでも伺いますんで、勘弁ねがえませんかね?」


 国見はハジメの回答を受け思案する。


 無理に連れて行って心証を悪くする事は避けたい。

 だが今この男は『とんでもない情報を持っている』可能性が高い。

 そして様子を見るに自分に害が及ぶ可能性も低いように思える。

 であれば、せめて少しだけでもその情報を手に入れ理解しておきたい。


 ……だがどうやって?


 ……そういえば車内で、ねばっこい視線を向けられていたようにも思うし、それにちょっと胸を当てただけでチョロかった。

 女が苦手ではあるが興味津々という事は理解している。俗にいうむっつりスケベだ。


 であれば『女』を使えば120%イケる。

 素振りから童貞に間違いないし、ユキと私の関係を考えれば、誘惑をしても私に無理矢理手を出してくる事も無いだろう。


 わずか2秒の間に表情は一切かえずに思考を巡らせて結論を出し、口を開く。


「そうですか……わざわざ機会を設けてまでしてお越し頂けるのであれば、今はこれ以上無理強いする事はできませんね。」


 ゆっくりと話しながら脳内で数種の展開を構築する国見。

 そして遂行するルートをみつける。


「でしたら個人的なお願いなのですが、私自身がどうしてもハジメさんに興味があるので……もう少しだけ…私とお話していただけませんか!」

「……えっ!?」

「お願いします! ハジメさんに興味があるんですっ!」


 ガバっと腰を折る国見。


「えぇっ! ちょ、」


 美人からハジメ個人に対して『興味があるから話しをする時間をくれ』とお願いされたことなど無かった為、焦るハジメ。

 もちろん国見の言葉を正しく表現すると


 『ハジメさんに興味がある』ではなく『ハジメさん(の能力)に興味がある』なのだが、意図的に好印象を与えるように隠されているのは言うまでもない。


「どうか、お願いします! 私に少しだけ時間をくださいっ!」

「ちょ、ちょ、国見さん! 声が大きいですっ!

 わかりました!わかりましたから! 顔をあげてください。」


 ハジメが焦るのには理由があった。


 いま、独身寮の目の前にいる。

 そして時間は9時を少しまわった頃。

 つまり、独身寮に居る独身共は大抵が各々でプライベートな時間を楽しんでいる最中だ。


 逆に言えば『ヒマな時間』を過ごしている。


 そんな時に普段しないような女の声が、すぐ近くからしたらどうなる。

 十中八九、窓から様子を見る。


 もちろん普通の独身寮ならそんな気にすることは無いだろうが、この独身寮には癖のあるヤツが多いのだ。

 特に1階に住んでいるヤツラはヤバイのだ。


「わぁ! ありがとうございます! ……と、ゴメンなさい!

 私ったら周りも考えずに……すみません。

 これ以上騒がしくして、ハジメさんにお手間をおかけしてもなんですから……少しだけハジメさんのお部屋にお邪魔させて頂いてお話できませんか?」


「………………………へ?」


 キュっとハジメの服の端を掴み、上目遣いで、どこか熱っぽいような潤んだ瞳でハジメを見る国見。


「……ダメ……かな?」


 ハジメは固まった。

 内心では火山が噴火したような衝撃を受けていた。


「よかですっ!!」


 気が付けばハジメは全力でOKを出していた。


 そして、じんわり自分の部屋の惨状を思い出し青くなるのだった。


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