23話 常闇
「お前……目、変わってるな。
真っ黒で……なんだか真っ暗闇みたいだ。」
背中の粟立ちが時間差で腕に忍び寄ってくる感覚を覚えながら思った事がつい口から出る。
「真っ暗闇か。ほっほっほ。『暗闇』とは、これまた言い得て妙な。」
膝に座っている女の子が目を細め、その暗闇のような瞳孔が隠れると同時に鳥肌も消えていく。
質問の内容に得体の知れない目。もしかしなくてもこの子は国見さんの妹でもなんでもなく、もっと別の『何か』かもしれない。
「ほれほれ、我は質問に答えたから其方もさっさと答えんか。ほれぇ。」
目を細めたままグリグリと後頭部を押し付け回答を催促する女の子。
その様子は普通の女の子が我儘を言っているようにしか見えない。
女の子の存在に疑問を感じながらも、探る意図も含め話を続けることにした。
「食って何を得たって言われてもなぁ……別に何かを得ようと思って食ったわけじゃないしなぁ。」
「なんな? その的を射ぬ答えは? もっとちゃんと答えぇな。」
「いや、だって初めて食った時は単純に死にたくなかったから足掻いた結果、噛み千切っちゃって、それを間違って飲みこんだだけだしな。
そしたら無性に食いたくなったから仕方なくだし……二度目は……あぁ、得たと言えば得たな。
国見さんを。ただ国見さんを助けたかったから喰っただけだ。」
「ほ。成り行きと人助けという事な? それだけの素質がありながら自身の力を得ようと思ったわけでない?」
「素質もなにも、あんなもん食いたいと思うヤツはいないだろ……いや、食ってみたら美味かったけどさぁ。」
「ほっほっほ。美味かったか。我も一度喰うてみるかのう。」
「食えるのか?」
「ふふん。其方にできて我にできんはずもなかろ。」
「なぁ……おまえさん。なにもんだ?」
「知りたいか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、また女の子の暗闇のような目が見える。
既に知っているからか鳥肌は立たなかった。
「どう? ハジメさ――」
シンイチの声が聞こえ、不自然に途切れた事を疑問に思い入口に目を向けると、シンイチが鉤爪を出し飛びかかっている姿が見えた。
「シンイチっ!?」
あっという間に距離を詰めるシンイチに驚き声を上げるが、その時にはもう女の子の背中からシンイチの爪が見えていた。
かろうじて自分に爪は刺さっていない。だが、女の子の腹部をシンイチの爪が突き抜けている
「おまっ! 何をっ!」
動揺から咎める言葉を発するがシンイチは一切の躊躇なく、さらにもう片方の爪を女の子に突き立てようと動いていた。
「はぁ~……折角面白い物を見つけたというに、こんな邪魔が入ってはなぁ……」
爪が体を貫通しているはずの女の子は、そんな事実など無いかのように普通に声を発しながら笑顔を俺に向けてきた。
シンイチの敵対心を剥きだしにして動いた爪は女の子に刺さる事は無く、女の子の和服の直前でまるで刀の鍔迫り合いのようにギリギリと震え止まっている。
だが既に刺さっている爪は、背中まで貫通しているのは未だ変わりない。
異常な状況。
シンイチの敵なのだろうことは間違いないが、小さな女の子に爪が突き刺さっている状況が心配にならないはずもなく声をかける。
「おまえ……ソレ…大丈夫なのか?」
「ほほ。まさかこの状況で心配されるとは、また酔狂ななぁ。
人形の攻撃など痒い程度よ。」
女の子が軽く小蠅を払うような仕草をするとシンイチが刺した爪は抜け、シンイチごと吹っ飛んだ。
病室から吹っ飛ばされたシンイチは廊下に激しくぶつかり、その衝撃でガラスが幾つも割れる。
「おいっ!?」
女の子がやったであろうシンイチへの攻撃に思わず立ち上がると、膝に座っていた女の子は転びそうになり慌てた。だが、つんのめりながらも転ばずに堪え怒ったように振り返る。
「あぶないのぉ! 急に立ち上がるでない。」
転びそうになったことに少しむくれ、怒ってみせる女の子は、やはり普通の少女のように見えるが、もう確実に国見さんの妹でもなく別の何かである事を確信した。
「やれやれ……今日はもうゆっくり話はできなさそうじゃなぁ。残念残念。
また近い内にゆっくり話でもしようぞ、ハジメよ。」
「ソレの言葉に耳を貸しちゃダメだ! ハジメさんっ!」
答えようとした瞬間にシンイチの声に遮られた。
シンイチに目を向けると、これまでに見たことの無いような真剣な顔で女の子を睨みつけている。
「ソレは『大曲神』! マガツキ達の親玉みたいな存在! 理を曲げる諸悪の根源ですよ!」
シンイチの言葉に女の子に向き直ると、女の子はただ笑っていた。
「ほっほっほ。諸悪の根源とは結構な言われななぁ。変化を是とし異を唱える事が諸悪とはなぁ。」
「ハジメさん! オオマガツカミ迷い言に耳を貸しちゃダメだ!」
「ちぃと黙れ。人形。」
「ぐ――」
シンイチは両手の爪を盾のようにして構える。
暴風がシンイチにだけ吹き凄まじい風が襲いかかり、シンイチは守りに徹したのか口を噤む。
戦いの色が濃くなり、俺もすぐに動けるように髪のマガツキを全身に纏う。
「おー! ほっほっほっ! 本当に自分の物にしておるのな。
面白い。ハジメ。其方は面白いのぉ! ほっほっほ。 ほ?」
ころころと笑ったかと思えば女の子の目には白い矢が刺さっていた。
突然の矢に驚き、放たれたであろう方向に目を向けると、遠くに白衣をまとった高天 智恵が弓を構え、2射目を放たんとしている姿があり、そして放たれた。
だが、矢は先の爪同様、女の子の眼前でピタリと止まる。
刺さっていた矢もずるりと目から抜け、2本の矢が地に落ちた。
女の子はさも面倒くさそうな顔をして俺に口を開く。もちろんその顔には傷一つない。
「さて今日は帰るとする。また会おうな。ハジメよ。」
「逃がすかーっ!」「ほっ!」
ユキとマナが切りかかっていた。
女の子の直上より振り下ろされた刀と、横薙ぎに一閃された薙刀は、どちらも空を切る。
そこにはもう女の子の姿は無かった。
一拍遅れて、刀と薙刀が走った先にあった壁とガラスに切れ跡が走り、ガラスは盛大な音を立てて割れ散る。
「くっ、探せ! まだ遠くには行っていないはずだ!」
ユキの声にマナもシンイチも、すぐに窓から外へと飛び出して行く、すぐ後にトモエも跡に続いて窓から飛び出し病室は一瞬の戦いの爪痕だけを残し静かになった。
ユキちゃん達の鬼気迫るような雰囲気と、女の子の飄々とした雰囲気。
なによりシンイチの言った事が事実だとすれば、あの女の子は敵の親玉という事になるらしい。
一人、溢れる情報の処理が追いつかずに呆然としていると
「この部屋は……一体何があったんですか?」
国見さんが目を覚ました。




