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20話 一癖ある女

「「 うわぁ…… 」」


 シンイチとマナがゲンナリとしながら息を漏らす。それは手刀を放ったユキに対してか、それとも『女らしさ』を感じさせない白目の剥きっぷりを晒すトモエという女に対してか分からない。

 白目を剥き白衣の襟首を持たれ脱力するトモエ。もちろん襟首を持っているのはユキ。


 ハジメは今、とても恐怖を覚えていた。

 仮の恋人であるユキが一切の躊躇なく女性に対して暴力をふるえる人間であるように思え、ソレが畏怖に繋がっているのだ。自分にはできない事を平然とやってのける女。ユキ。恐ろしい。


 だがしかし困った事に美しい。

 片手で襟首をもって女性一人の体重を支えている事を考えると、とても普通の女性ではないが、それをカバーしてあまりある美しさがあるのだ。


「はっ!」


 涎が垂れそうになっていた口元を拭い、白目から復活するトモエ。

 意識を取り戻した事を察したのかユキは手を離して口を開く。


「落ち着いたか?」

「……いった~。 あ~……首がぁあ……」


 首の後ろを手で押さえながら、首を左右に倒したり回したりしてほぐすトモエ。しばらく動かし、一度両肩を大きく動かして白衣のポケットに入れていた骨太のメガネを取り出し装着する。


「あ~……もうちょっと優しくできないの? ユキ?」

「ムリ。」

「そう。なら仕方ないわね。」


 野獣のような勢いで迫ってきた本人とは思えないような変わりようのトモエに戸惑うハジメ。

 そんなハジメに目をやり、メガネをくいっと動かしてからトモエはハジメに握手を求めるように手を伸ばした。


「さっきはゴメンなさいね。ちょっと溢れる好奇心が止められなくって。

 私は高天たかま 智恵ともえ。ここに居る面子でいうところの奇魂くしみたまと言った方が通じるかしら?」


 まるで人格が変わったのかような雰囲気に戸惑いながらも差し出された手を握る。

 その手は小さく、細い指は力を込めたら折れてしまうんじゃないかと錯覚させるような繊細さを感じさせられ『おてて柔らかいでござるぅ!』と、脳内で小さなゴリラが叫ぶのも当然のこと。

 そんな小さなゴリラを理性で覆い隠して口を開く。


「あ、ど、どうも。神喰かみじき はじめです。

 あの……今の『くしみたま』ってなんですか?」

「あら? 国見から聞いてない?」


 握手を終えた手を組みながら返答するトモエにコクリと一度頷く。


「ふぅん。では極々簡単に説明しましょう。

 アナタが既に2度……正確には3度かしら? 戦ったマガツキという存在は、この日本において特殊な能力と武器を持つ4人しか滅ぼすことが出来なかった。その4人は一霊四魂になぞらえて『荒魂あらみたま』『和魂にぎみたま』『幸魂さきみたま』『奇魂くしみたま』と呼ばれている。」


 くるりとまるで舞うようにユキの後ろに回り、その肩に両手を置くトモエ。

 ユキは目を閉じたまま動じることなくされるがまま。


「で、この天童てんどう 勇希ゆきが『荒魂あらみたま』。

 そこの笑顔の似合う男、生天目(なばため) 親一(しんいち)が『和魂にぎみたま』」


 突如腕に感じる柔らかさ。元凶に目を向ける。


「私が天野あまの 真愛まなちゃん。幸せの『幸魂さきみたま』だよ?」


 『はい。まさしく幸せですね。』そう心から思いつつベッドの上に座ったマナが腕に押し当てている柔らかさに固まるハジメ。

 空いているハジメの右隣りに腰掛けるトモエ。


「最後に私。高天たかま 智恵ともえが『奇魂くしみたま』。

 皆、前例のない事態と、それを巻き起こした張本人に興味津々になって見に来てるというわけです。」


 わざと見せつけるようにしてストッキングに包まれた足をのばし、ゆっくりと足を組むトモエ。その姿に『素晴らしいおみ足でございますね先生!』と思わずにはいられない。

 だが、もう既にユキが目を細めているであろうことが容易に想像できる今、まっすぐ前を向いて視界を最大限広げてうっすらとおみ足を視界に収めるだけで我慢する。


「さて、ハジメくん。私は研究が趣味でキミがユキに切られて運ばれて来た時から大体の事は把握しています。そこで一つ相談なのですが……ユキと仮の恋人ごっこをしているようだけれど、どうでしょう。ソレを私に変更しませんか?」

「え? ……ええっ!?」


 突然の提言と仮の恋人ごっとを知られていることに驚きつつ右隣を見れば、50デニールのストッキングの艶めかしさを白衣が一層強調し、タイトスカートのスリットに大きな引力が発生し、どうしても目が見ようと動いてしまう。

 慌てて引力の基から目をそらすと真面目な顔をしているトモエが映る。マニッシュショートの黒髪がよく似合い理知的な雰囲気。


「どうせ『仮』がついている以上は男女の付き合いとしては何もできないでしょうし、ユキの性格上あなたが欲しがるご褒美は無い。でも私に変更すれば、条件に応じてあなたが欲しがるご褒美を私は提供できます。

 そうですね……分かり易く例をあげるとすれば採血一回で私の胸を直に揉んでもいいとか、もちろん実験体として体をはって頂けるのであれば、性的な要望をされようとも体をはって答えましょう。いかがです?」


 まったく想定外の提言に戸惑いつつも、そのご褒美として挙げられたトモエ自身の肉体に思わず目が向く。

 きちんとした服で隠されているが姿勢の良さからふっくらとした胸のふくらみに目が移ってしまう。


「え~? なにそれ?

 そんな事しなくても、えっちなことがしたいんなら私と遊ぼ?」


 左隣りで腕に抱き着いていたマナが距離を詰め始める。

 それに対してトモエがさらに距離を詰める。


「ふふふ。ハジメくん。

 無条件のマナに惹かれるのも当然ですが、私はマナよりもキミを喜ばせることができますよ?

 なんせ私は男性との性行経験がありません。処女です。私の初めての経験を自分のモノにする事が出来るんですよ? 男性の憧れでしょう?」

「なにそれー? ただ経験がないだけじゃない。

 マナなら心も体も満足させてあげられるよ?」


 系統の違う美女に左右から詰め寄られハジメの視点は両方を彷徨い続け、そして思考の大渦はどんどん大きくなってゆく。その思考の大渦の拡大に伴いその視線からは意識の色が消えはじめた。

 なぜなら自分の想像もできていなかった嬉しい事態に直面しているが、それを喜んでいいかどうかは分からない。さらに次々と情報が増え続け、その情報の保管や現状の整理に脳がフル稼働しているのである。


 頭の中ではたくさんのゴリラが『情報』という名のダンボール箱を抱えて走りまわり棚に積んで行くが、入り口には新しいダンボール箱がどんどんと山積みにされていく。

 ダンボール箱を運んでいるゴリラは汗だくになり、いかにも疲労困憊。今にも倒れんばかりだ。


 『もう情報過多! ムリ! 捌ききれない!』

 『とりあえず大事な物だけ先に運べ!』

 『倒れてんじゃねーよ! 邪魔だなぁ!』


 『『『 ああああああああああ 』』』


「はーい。トモエさんもマナさんもそこまでー。ユキちゃんも顔が怖いよー?

 病み上がりの人に急に負荷をかけるのは止めようね? ほら、ハジメさん頭から湯気が出そうになってるじゃない?」


 シンイチが手を叩きながら割って入る。


「ねぇトモエさん。トモエさんがこっちに来たって事はサオリちゃんと話ができるって事?」

「ん? 国見なら横になっているけど話すことは問題ないよ。」

「そっか、じゃあハジメさん。僕とサオリちゃんのお見舞いにでも行かない?」


「……行きますっ!」


 思わぬ救いの手に気が付けば口は勝手に開き、身体も勝手に立ち上がりシンイチの方へ動き出していた。


「はいはい。じゃあ行こうか。

 あっ。胸を見ちゃったことも土下座で謝ってくるから今は男だけで行くね~。」


 シンイチはそう言って女性3人を残し、あっという間にドアを閉めるのだった。

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