19話 勢ぞろい
人はショックを受けると灰のように真っ白になると言われる。
この例えは今のハジメの為にある言葉なのかもしれない。
外見を揶揄された程度であれば慣れもあり正直どうという事は無い。
もちろん仮の恋人に『ゴリラ男』と悪感情を込めて呼ばれればそれなりに傷つくが、せいぜいへこむ程度で済む。
だが自分の下心や欲望。それを手にできそうで喜んでいた性根を見抜かれてしまい、それをズバリ『心根が汚い』と直球で罵られた事による破壊力たるや凄まじい。
前者の言われ慣れた侮辱や誹りは、ボクシングでいうところのジャブ程度。
後者の本質を刺し、そして射った言葉は、ボクシングでいうところのグローブに鉛を仕込んでのクロスカウンターストレートのような威力を持つ。
そんなパンチを食らえばどうなるか。
そう。崩れ落ち、身動きすら取れなくなるのは当然のこと――
「ゴメンなさい。エロい事ばかり考えていて本当にゴメンなさい。
あんな状況でも内心喜んでしまってゴメンなさい。ゴメンなさい。」
大きな体をベッドの上で小さくなり、そしてうわ言のように謝罪を口にし続けるハジメ。
「いえ、ハジメさん……だからアレはそこの女に向けた言葉であって、ハジメさんに向けた言葉だったワケではないんです。私だって男性の生理現象くらいは理解していますし、そういった意味ではないんです。本当に。」
「あ~あ。ハジメさんあんなに可愛かったのに、こんなに怯えちゃって。かわいそーに。
ふふ。マナが癒してあげよーか? ハジメちゃーん? だっこしてあげるよー?」
「ゴメンなさい本当にごめんなさい。」
ユキの放った『汚らわしい』はマナに当てた言葉だった事が本人の口から伝えられても、仮の恋人である女子高生が好まない事をハジメがしていた事実はなくならない。
ユキが隣にいる今、ハジメ自身、何故こんなにも美しい仮の恋人がいるにも関わらず自分の心が揺れ動くのか分からなかった。
そう。ハジメは負の思考の迷宮に誘われてしまったのだ。
しかも自分が苦手とする恋愛だの女性だのの迷宮ゆえに逃げ出す術を知らない。
あぁ。この手の迷宮からの脱出は不可能。
「はーい。怖かったでちゅねー。」
自分の頭が抱えられるような手の動き。そして感じる柔らかさ。
『ぷに』とも『ふるん』とも言えるような柔らかさ。あぁ、柔らかさ。
そして何よりイイニオイ。
いいニオイと柔らかさ。これは一体なんだろう。
そうだ。オッパイだ。
…………
なん……だと!?
負の思考の迷宮は爆散した。
視力を取り戻した視界。そこには褐色の肌しかなかった。
だが今見ている肌の部分は、脳裏にお宝画像としてストックしておいた谷間の線そのもの。間違いなくゆるゆるに空いていたマナの胸元だという事がすぐにわかる。
あぁ、なんという幸運。なんという幸せ。
この世におっぱいがあれば、きっと世界は平和になる。
あぁオッパイ。それは哲学。そして人生なのかもしれない。そうオッパイがあれば、きっと誰しも自由に生きていける。
そうだ、きっとこのマナと名乗っている人は天使なのだ。薙刀ぶんぶん回していたけどあれは錯覚。ビッチっぽく見えた気もするけど錯覚。そう天使。天使のおっぱい。幸あれ!
そんな事を思っていると……少しだけ思い出す。
そうだった。
今、ユキちゃんがいるんだった。
少し慌て、無意識にその場に残りたがる顔をオッパイから脱出させ、ユキがいた方を恐る恐る向く。
そこにあるは目を細め、見下すユキの姿。
負の思考の迷宮が改良増築復活した。
「ゴメンなさいゴメンなさい。オッパイ当たって嬉しいとか喜んでゴメンなさい。」
次の瞬間、ガっと襟首を掴まれる。
「しっかりせんか!」
『バシィっ』という音と、耳鳴り、揺れる脳。そして徐々に熱を感じ始める頬。
負の思考の迷宮どころじゃなくなった。
「……ユキ…ちゃん?」
「ようやく正気になりましたか? 意外と精神面が弱いんですね。
私の言葉程度で落ち込むのはどうかと思いますよ?」
「わぁ~野蛮ー。
暴力とかヒドイよねーハジメちゃーん。」
ユキに平手打ちをされ、その打たれたところをマナが撫でてくる。
「あ、いや。大丈夫だ。というか……近いから!」
軽くマナを押して距離をとると、途端に不満を眉間と口の形で表現するマナ。
対してユキは平然とした涼しい顔をしている。
「その……ユキちゃん。なんか…ゴメン。」
「何か謝るようなことを?」
「いや……そう言われると難しいんだが……とにかく謝りたい気持ちでいっぱいだ。」
「でしたら、私もゴメンなさい。打ってしまって。」
ユキの言葉と共にジンジンと痛みはじめる頬。かなり強く打たれたのだと感じ撫でる。痛みを覚えながら打たれた理由を思い返し、情けなさについ失笑する。
ユキもまた、笑いを漏らした俺を見て小さく笑うのだった。
二人の様子を見ていたマナが不満げに口を開こうとした時、コンコンコンと開いているドアをノックする音が聞こえる。
「どもー。三人でなんだか面白い事してるね?」
「あー、シンイチく~ん。後始末任せるとかヒドクない?」
「ごめんねーマナさん緊急事態だったから。埋め合わせはするから許してよ。」
「まぁ? マナって優しいから許してあげるんですけどね。」
「ありがとー。」
笑顔を作るマナに笑顔を返し病室に入ってくるシンイチ。
「やー。それにしてもハジメさん?
スゴイよねーマガツキ倒しちゃうんだもん。」
「いや、倒してない……あっ! 国見さんは!?」
「サオリちゃんなら無事だよ。
意識も取り戻してるからトモエさんが興味津々で問診してるよ。」
「そっか、無事だったか……良かったー……」
息をつく俺をじっと見て、シンイチの雰囲気が真面目な物に変わる。
「正直に言うと、僕はあの時サオリちゃんはもう助からないと思ってた……助けてくれて有難う。ハジメさん。」
「いや、俺も国見さんを助けたい一心で無我夢中でよく覚えてねーんだ。 ……あ。でも、あの時、なんか、もしかすると暴言とか言っちゃったような気がする。変なこと言ってたらゴメン!」
「いやいや、特に言ってないよ? せいぜい『ボケ』くらいだし悪口にもなってないね。僕もまぁ色々言っちゃったしさ。おあいこって事で。」
シンイチの雰囲気がすぐに柔和な物に変わり、病室の雰囲気も柔らかく変わる。
「うんうん。サオリの生オッパイみて『でかいっ!』って叫んでたくらいだしねー。」
マナがニヤニヤしながら放つ言葉。
スっと細くなるユキの目。
「ハジメさん?」
「いや、その、あ、アレは緊急事態で緊急事態が緊急で……」
だらだらと汗が流れはじめたその時
「神喰 一ー!」
大きな声を発しながら目だけが異様を放つ喜色満面の笑みの白衣を纏った女がシンイチを押しのけて病室にズカズカと入ってきた。
「ど! どちらさまで!?」
「あぁ神喰 一! 面白い! 面白いよキミは! 最高だ!
さぁ研究しよう! 研究させて! 報酬は私の身で払おうじゃないか! そういうことが大好きなんだろう! さぁさぁっ遠慮せずっ!」
まったくこちらの意見を聞こうとしない女を前に逃げようとするが、距離感なく詰めよって俺の手を握る黒髪ショートカットの白衣女。
その距離は今にも唇が触れ合ってしまうんじゃないかという距離。
顔もきれいなのだが、いかんせん目が怖くて有難くない。
「落ち着けトモエ。」
「うっ!」
ユキちゃんが何かしたような気配と共に、白衣女は白目を剥いて崩れ落ちた。
なぜだろう……トモエの声だけ小林ゆうさんで脳内再生された……




