16話 それでも喰う!
まさか……まさかっ!
ハジメはホールを飛び出し、そして叫び声を発せられたであろう場所へと走る。
嫌な予感が現実に起きていないことを祈りながら走った。そして見た。
血まみれで倒れている男。そしてその隣で蠢く大きなヒルを。
その蠢くヒルの足元にはハジメの見覚えのあるタクティカルベストや服が破り捨てられたように散らばり、そしてスリングベルトが切れた銃が落ちている。その落ちている物からハジメは蠢く大きなヒルが今、何を飲みこんでいるのかを察した。
そして察した瞬間に、背中が粟立つ。
怒りにより目の前が赤く滲んだようにすら感じる。
逃げたヒルのマガツキは国見を喰らったのだ。
ハジメより遅れてきた女を抱き上げているシンイチも状況を見て察した。
「サオリちゃん……」
蠢くヒルは自分を見ている気配を感じたのかハジメ達を見て、そして一度動きを止め、再び大きくうねり蛇のようにハジメに襲い掛かる。
ハジメは怒りのまま鉄拳を撃ちこみ反撃しようとした。
だが、その瞬間に国見の顔が思い浮かび、ヒルに拳が当たる前に拳が止まってしまう。
国見を喰ったヒルのマガツキはそんなハジメに一切の躊躇なく大蛇が獲物を絞め殺すようにハジメに巻き付き締め始める。
「ふぐっ! っおおぉお……」
あっという間に締め上げられ両手の自由を封じられるハジメ。
やがてヒルはハジメを頭から丸飲みにでもしようというのか、ハジメの顔の前で大口を開いた。
その時
オマエノ チカラガ ホシイ
オマエノ チカラガ ホシイ
と、ハジメの脳内にどこかで聞いた事があるような言葉、2つの声が合成されたような言葉が響く。
忘れようはずもない、髪のマガツキに襲われた時と、一語一句変わらない。
日本語に不慣れな外国人が発するような片言の日本語。
何かに気づきそう。
……だがハジメの視界は変化する。
大口を開けたヒルの前に男の拳が割って入り、そしてヒルに大きな爪痕が走ったのだ。
抱き上げていた女を下ろしたのか、ヒルを切り刻まんと爪を走らせるシンイチの姿。
シンイチの爪は的確にヒルの頭部分を切り刻んで、さらに追撃を放たんとしていた。ハジメは咄嗟に巻き付いているヒルを庇うように体を捻り、ヒルはハジメの動きにつられシンイチの攻撃を避けるように倒れた。
倒れ込んだ衝撃で、ヒルはハジメの体重を浴び「ギィピィっ!」と苦しそうに呻き声をあげる。締める力が緩みハジメは何度も跳ねるように暴れ、ヒルに体重を浴びせてヒルの拘束を解く。
仕切り直しのように向き合うと、シンイチが横にやってきて口を開く。
「折角の仕留めるチャンスを!」
「うるせぇっボケが! アレは国見さんなんだぞっ!」
「わかってるよ! こうなったらひと思いに葬ってあげるのが僕にできる唯一の事なんだ! 邪魔をするなっ!」
「ユキちゃんもそうだが、お前らなんで、そうやってすぐに仲間や知り合いを切り捨てられるんだよ!
俺にちょっと試したい事があるから少しくらい待てって! 戻せるかもしれないんだよ! 国見さんをよっ!」
ハジメの言葉にシンイチが冷たい空気を纏う。
「経験からだよ。
何をしても元に戻すのが無理だって知っているからだ。」
「じゃあ新しい経験をさせてやるから黙って何もせずに見てろっ! いいな!」
ハジメの剣幕にシンイチはそっと目線を外す。
そのシンイチの表情は、国見を諦めている事を雄弁に物語っている。
まるで試して諦めがつくなら好きにしろと言わんばかりに踵を返し、下ろしていた女をもう一度抱きかかえるシンイチ。
ハジメはそんなシンイチの様子など意にも介さず思考を巡らせていた。
今、ヒルのマガツキはさっきまでと違う状態になっている。
この状態は、あの髪のマガツキと同じような状態だ。
もしかすると……今ならヒルのマガツキを『喰える』かもしれない。
それに喰えれば国見が助けられるかもしれない!
なら、例え吐きたくなっても吐かないっ! 吐くほど不味かろうが絶対に喰いきってやる!
ヒルを喰らう事を決心し再度自分を襲おうとしているヒルを睨みつける。
ヒルはハジメの視線に感じる物があったのか、ブルブルと大きく震え、そして再び襲いかかってきた。
「おまえをっ! 喰うっ!」
ハジメは叫びながら、まるで蛇のように地を這いよるヒルの頭めがけて右手を打ちつける。
ハジメは拳を打ちつけるのではなく、手を広げ頭を掴むようにして打ちつけていた。そしてそのまま捉えたヒルの頭を地面に押さえつける。
ヒルはその状態から胴体でハジメを締め上げようと絡みついてくる。だが、ハジメは左腕でそれを受け止め、そして押さえつけていた頭付近を右足で踏みつけてヒルを動けなくした。
そして自由になった右手で胴を、むんずと掴み、両腕でヒルを引っ張りながら口元に運び、そして食いちぎった。
またも口内にヌメっとした、まるで腐った肉を口に入れたような食感が広がる。
ゴクンと飲みこみ、そして叫ぶ。
「まっずーい! だがなぁ!こんなもん問題になるかっ!
国見さんがかかっとるんじゃーボケがーっ!!」
シンイチはその様子を、必死に無駄な抵抗をしている人間を見るような、まるで可哀想な物を見るような目で眺めている。
ハジメはすぐにビチビチと跳ねるヒルを殴っては大人しくさせて噛みつき食いちぎる。
さっきは2口目で強烈な吐き気が襲ってきた。
今アレが襲ってきても吐くわけにはいかない。
意地でも喰いきってみせる。
…………
思い切り目を閉じながら強烈な吐き気が襲ってくる事に耐えられるように踏ん張り飲みこむハジメ。
ヒルも何とか脱出しようと暴れている。
「ん?」
飲み込んでしばらくたっても吐き気が来ない。
量が少なかったのかと思い再度むしゃりと齧る。
すると
「あ。
……うまい。」
ヒルのしっぽにビシビシと顔面を叩かれながら、3口目を飲みこんだハジメが呟いた。
「え?」
シンイチはそう呟く事しかできなかった。
なぜなら、これまでに経験したことも無いような、とんでもない光景を目の当たりにしていたからだ。
まっ黒ゴリラが、
「あぁ。こりゃ美味ぇな。
なんだろ、例えるなら……チーズ?」
「……ちがうな、んぐ。
こう……豚肉のステーキにとろとろなチーズが半分混じっているみたいな?」
「ん~? なんだろ」
「でも、さっき食えなかったのに……」
「美味いんだけど……あれぇ?」
と、むしゃりむしゃりとヒルを一口食べるごとに呟き、その様はまるで食事を楽しんでいるように見えた。
ゴリラが心底うまそうにマガツキを食べているのだ。
その食欲は凄まじく、到底人間の食べれる量ではない量をどんどんと食っていく。
ヒルはうねり齧られた部分を修復しながら、その形を変え、やがて棺桶程の大きさへと変化する。
シンイチがひたすら呆気にとられていると、ハジメが叫んだ。
「おいっ! ヒルがなんかする気だ!」
ハジメの叫び声にシンイチはハッとし構える。
すると棺桶大だったヒルが分裂するように別れ、ハジメに拘束されている物ともう1体の2体のヒルに別れた。
シンイチはハジメが拘束していない方が自分に向かってくるかと構えたが、分裂したヒルは予想に反し、血まみれで倒れている男に向かっていき、そしてその男をヒルが飲みこむ。
そして男を飲みこんだヒルは、成人男性を飲みこんだにも関わらず、まるでツチノコのような大きさのヒルへと変化する。
「国見さんっ! しっかりしろ!」
シンイチが響いた声に視線を奪われると、そこにはまたも信じられない光景があった、ハジメが拘束していたヒルを裂き、その中から国見の顔が露出していたからだ。
シンイチが国見の姿に驚いたことにより生まれた隙。
小さなヒルはあっという間にその場を逃げ出し始める。
「しまったっ!」
シンイチは女をおろしヒルを追おうとする。
ハジメも国見の無事を確認し、ヒルとシンイチに視線を向け現状を悟る。
ヒルのマガツキは、一度撤退する事を選んだのだろう。
本体は、あの小さなヒル。
国見は取り返したが、放置すればまた国見のような犠牲者が出る。
このままだと延々と終わらない戦いになってしまうかもしれない。
だが、国見の安否も不明。どうする――
そう戸惑っていると、ヒルが逃げようとした先から、気の抜けた間延びしたような声が聞こえた。
「マガツキめっさーつ。てーい。」
その声と共に、逃げ出したヒルの首が刎ねられ飛んだ。
マガツキの血が付いたのが気に入らないのか、バトントワリングのように器用にクルクルと薙刀を振り回し、そしてピタリと止め、ピッと刀身についた血を飛ばす女の姿。
ハジメの視線はその女に固定される。
薙刀の扱いの美しさもある。だが、それで固定されたワケではない。
豊満な胸に対して、ゆるゆるの胸元の服。
そして『パンツ? 見たいなら見れば?』とでも言わんばかりのミニスカート。
金髪でカーリースウェルの髪型の女がそこにいたのだ。
「あれ~? 真愛、早速お仕事終わらせちゃった感じかな? 超活躍~。
…………って、ゴリラがいるーー!! ヤバイんですけどーーっ!!」
再度、薙刀をクルリと回したかと思うと、すぐにピタリと止まる。その刃先はハジメに向けられていた。




